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2005年の夜に口笛を吹けば


2005年12月24日 時代屋忘年ライブ

 昨晩は、当HPでも告知していた茶寮時代屋さんの忘年ライヴへ。
 北大通店を閉めてから駆けつけたので、一番手のたそがれさんの ポエトリー・リーディングはおしまいに差しかかっていました。
 ほどなくして、アキラ・カリウスマキさんの出番(カウリスマキではない模様)。 中也や朔太郎ら近代詩に曲をつけたものでスタートし、西田佐知子や浅川マキ、オリジナルのブルースなどなど、アンコールも含め十数曲。
ご本人は「後ろ向きの歌ばかり」と冗談めかしておっしゃいますが、 いえいえどうして、路上や放浪への共感にみちたじわじわと熱い歌が多く、 「前向き」に楽しませてもらいました。
 このアキラさん、くしろシネマパラダイス事務局長としての顔もお持ちです。
 時代屋さんが事務局のシネパラでは年三回の上映会以外に、 公共施設に35ミリ映写機がない釧路市 (映画館もない!ワーナー・マイカル・シネマズ釧路はあるけれど、お隣の釧路町なのです) に映写機設置を求める署名活動も行っており、十一月の上映会ではもちろん署名をしてきました。
 たそがれさんこと田村龍識さんは市内桂恋にあるお寺の副住職だそう。
 お話をうかがううちに、彼がこの秋、自費出版した第一詩集『桂恋哀歌』を北大通店で扱うことが決まりました。 十代のころからの詩作をまとめたもので、装画も自ら手がけた自信作です。
 北大通店のレジ付近に置いているので、ご来店の際は、お手にとってご覧ください。


2005年12月21日 頭がほんとは尻尾

 (承前)
 大西さんはこの日、北海道立釧路芸術館でひらかれた催し 「シゲチャンとコルクアートで遊ぼう!」を終え、帰ろうとしていたところ。 そこへ当店の看板を見つけ、本好きの血が騒ぎ、お立ち寄りくださったということでした。
 かつて装丁なさった探偵小説のカバーがいかに内容と合致した記憶に残る仕事であったか、 長年の感想を(舌足らずながら)ご本人にお伝えすることができ、とてもうれしかったです。 あんまり昔の話なので忘れてしまったとおっしゃっていましたが、 たまたまパソコンに残していたシリーズ第一作文庫版のデジカメ写真をお見せすると、思い出していただけたようです。
 その後、大西さんがお好きな小説家の話もお聞きすることが出来ました。

 大西さんがシリーズ初期の装丁を手がけてから二十数年。
 全十部予定の物語は今も書き継がれており、六作目が雑誌に連載中です。 つい最近目にした作者の近況報告によれば、 シリーズ探偵役のモデルのひとりだった年長の友人が今年亡くなったそうです。
 先日の新聞記事には、来年ローリング・ストーンズが世界ツアーの一環で来日し、北海道初公演を札幌で行うとありました。 第一作の扉に「悪魔を憐れむ歌」の訳詞が引かれていたのを思い出します。
 ほかにも書きたいことはあるのですが、スペースが足りないのでまたいつか。


2005年12月16日 警察どもが犯罪的で 罪人たちが聖者

 二週間ほど前のおはなしです。

 「シゲチャン!」
 北大通店に入るなり、地元のフリーペーパー「じゅう箱のスミ」編集スタッフのS氏が声をかけました。 呼ばれた先客の男性は、よく見れば先月出た同誌アート特集掲載記事で見覚えのある方。 立体作家の大西重成さんではありませんか。
 70年代半ばよりさまざまな媒体で活躍をつづける大西さんは、 96年から活動拠点を故郷の網走管内津別町にうつし、私設美術館「シゲチャンランド」を開設しています。 当初は私も同行するはずだった津別への取材。 後日、S氏からランド内の展示作品をうつした写真を見せてもらい、 その素晴らしくへんてこりんで愛らしい佇まいに、「も、もっと見たい」と歯噛みした私は、 そこでようやく「シゲチャンランド」HPを発見し、熟読、知ったのでした。
 坂本龍一やハービー・ハンコックのレコード・ジャケットのイラスト、 「ひらけ!ポンキッキ」のオープニング・タイトルといった高名なお仕事のほかに、本の装丁も手がけておられることを。
 これまで何度読み返してきたかしれない、 とある魅惑的な探偵小説シリーズの表紙のいくつかも大西さんの手になるものだということを。
 (この項つづく)


2005年12月3日 鍋となかぽんと消防計画書

 めっきり寒くなりました。
 鍋が美味しい季節です。
 味ぽんのCMで、唐沢寿明が「次は何ぽんにする?」というたびに「中ぽん!中ぽん!」(注1)と、 学生時代の後輩の仇名をテレビに向かって連呼してしまいます(しかも手を挙げて)。
 脊髄反射というやつかもしれません。困ったものです。
 しばらく会っていないけれど、中ぽんは元気にしているのでしょうか。おそらのお星さまになっていなければよいのですが。
 つまらない内輪ネタで失礼しました。

 遅番の土曜日。
 南浜町の中央消防署へ消防計画書なるものを提出してきました。
 北大通店二階は大掛かりな工事がすでに終了。 本日は業者の方に玄関口の照明を直してもらったり、吹き抜けのショーウィンドゥを拭いてもらったり、少し早めの大掃除のよう。
 おかげでいつもよりきれいな師走の北大通店です。

注1 × ちゅうぽん
   ○ なかぽん


2005年11月23日 英題「The Sea Inside」

 釧路市生涯学習センター大ホールでくしろシネマパラダイス第5回上映作品 『海を飛ぶ夢』を見てきました。
 主人公は四肢麻痺で長いこと寝たきりの男性。 不自由な生に縛られることを拒む彼は、尊厳ある死を希求して止みません。 家族や支援者といった身近な人々との細やかな交流が描かれますが、 「私を本当に愛するのは、私を死なせてくれる人」 という彼の主張は、周囲を二律背反へと押しやることに。
 設定の妙が意表をつきます。
 スキャンダラスな題材でありながら、大文字の宗教にも政治にも入れ込まない、 日常感覚を大事にした穏やかな語り口が好ましくうつりました。
 主人公の部屋をわざわざ不便な二階に設定し、 階上と階下をつなぐ階段を重要な場面が継起する場所として活用する創意工夫もまた (神父来訪時の「伝令」の馬鹿馬鹿しさがお気に入り。ユーモアも本作の重要な要素です)。

    〜以下、映画の結末に言及します〜

 想いを綴った手記の完成に邁進する映画の作中人物ラモンの姿は、自らの尾を呑みこむ蛇を想起させます。 書き上った作品が印刷機にかけられ大量生産されていく場面においては、なおのこと。 なぜなら、この手記を元にして本編『海を飛ぶ夢』が作られるのですから。
 実話の映画化に対して、設定の妙だの創意工夫だの倒錯的な物言いをしたくなるわけです。
 己の死を記録するため用意した作中のキャメラを通して、 主人公のまなざしがスクリーンのこちら側にまっすぐ注がれる終盤、フィックスの長廻し画面。 ハビエム・バルデムの説得力ある演技と、キャメラの二重化というメタ的な仕掛けを得て、 実話の映画化という収まりのよい感動物語の大枠に揺らぎが生じたように見えました。
 ただし肝心の死の間際で、海中に沈んでいく主人公のインサートショットが画面を断ち切ってしまう。 長廻しを強行したその先を見たかったのに。
 即物的な死の描写と向き合うのを回避しているようにとれて残念でした。

 上映終了後のアンケート記入。
 ふとあたりを見回すと、観客はほとんどいなくなっていました。その間せいぜい五分。
 最終回で夜九時をすぎているから仕方がないと思う反面、でもやっぱりあっさりしすぎなのでは (前回七月の上映会でも同じだったので、帰りが寒いせいばかりとは思えない)。 以前、他の土地でこの種の上映会に参加したときは、もっと熱心に回答していた人が多かったのですが。
 釧路ラーメンの細麺あっさり味の謂れと結びつけるのは、深読みのしすぎ? (せっかちな漁師向けにゆであげる時間を短縮するため細麺になったとか、ならないとか)


2005年11月12日 時間線を遡って

 遅番の土曜日です。  図書館で文芸誌を借りてから、丸井今井釧路店に向かいました。
 「新市の誕生を受けて「昭和」のはじめから80年間の 釧路の街のあゆみを写真や地図などでたどるとともに 当時の「くらしの空間」なども再現」した(チラシ紹介文より) 「釧路市なつかし展」が開かれているのです。
 アンティーク時計やクラシックカメラ、昭和の電化製品に混じって郷土作家のコーナーも設けられており、 啄木初刊本の復刻、原田康子『挽歌』初刊本(函欠)、佐佐木武観の直筆脚本といったあたりが少々。
 「十勝沖地震こわかったわぁ」
 「そうそう、オリエンタルデパートってのがあったっけ」
 狭い場内のあちらこちらから往時を懐かしむ声が聞こえてきて、 なるほどそうした実感のこもった呟きとともに眺めると一層興味深い展示なのですが、 しかし何よりわたしの目を惹いたのは、 「平成8年10月4日 丸井今井釧路店グランドオープン当日の賑わい」と題された モノクロのパネルでありました (注、丸井今井は北海道最大手の百貨店。長年親しまれてきた地元の丸三鶴屋を 引きつぐ形でオープンした釧路店だが、経営悪化により来年八月の閉鎖が決定)。
 釧路店の閉鎖という「未来」もすでに「なつかし展」という回顧のなかに折込み済みのように受け取れたから。

 「釧路市なつかし展」は入場無料。丸井今井釧路店5階催事場で21日月曜日まで開催されています。


2005年11月6日 ゾマホンはたけしの付き人をやっているのですね

 レイトショーで『TAKESHIS’』を見てきました(於ワーナー・マイカル・シネマズ釧路)。
 監督北野武=俳優ビートたけしの「夢の中での日常」が紡がれるこの映画、 ご覧になった方はおわかりのように、 中盤以降は間延びしたクライマックス風の場面がいくつも連続する構成になっています。 どこで終わっても誰も困らない、私的な夢の論理に支配された映画 (なにしろ開巻まもなく、エンドクレジットが流れるのですから)。

 黒幕の登場。
 黒幕の黒幕の登場。
 さらに黒幕の黒幕の黒幕……。
 思えば、前作『座頭市』の「ためにする」どんでん返しの連続にも、似たような匂いがありました。 本筋をうっちゃり、主要登場人物たちの過去の因果話をウザイくらい繰り出してくる歪さとも相俟って、 全編これ脆弱なプロットを無理やり糊塗しているとしか思えず、 作り手のシニシズムばかりが際立つようで、全く好きにはなれませんでしたが。
 『8 1/2』風の個人映画の色あいが強い最新作の場合、 クライマックスの数珠つなぎは夢の論理を体現したものなので、 『座頭市』のようなおはなしの水増しとは意味合いが異なります。
 少し安心しました。

 「クライマックスの数珠つなぎ」と記したところで、和田誠の『きなきな族からの脱出』を思い出しました。 さまざまなジャンルの掌編を22編、それもすべて終章ばかりという画期的な創作集です。
 和田誠の新作劇映画もそろそろ見たいですね。


2005年11月5日 一匹や二匹

 北大通店のそばに栄町公園という少し大きな公園があります。
 昨日の朝、出勤途中にそこを通りがかった際、一匹の黒猫が歩いているのを見つけました。
 毎週土曜日は13時からの遅番です。 デジカメを用意して、昼頃いそいそと公園に出向いてみると、期待どおり、物陰で黒猫が寝そべっておりました。 カメラを向けると逃げもせず、かといって近づきもせず、物憂げな様子でモデルを務めてくれます。  この微妙な距離感がたまりません。
 名前をクロ子と名づけてみました。
 ついこの間、レンタルDVDで欽どこ「クロ子とグレ子のどこまでやるの ?」 を見たばかりなもので。
 夢中になって撮りつづけていると、クロ子とそっくりの黒猫があらわれ、二匹でじゃれあいだしました。仲はいいようです。 ちっともグレーではない真っ黒な猫ですが、仕方ありません。行きがかり上、二匹目のほうはグレ子と名づけました。
 瓜二つの黒猫なので、すぐに見分けがつかなくなってしまいました。
 三匹目が出てきたら、欽ちゃんつながりでよい子悪い子ふつうの子と呼びたいと思います。

11/5 市内栄町公園 モデル:クロ子とグレ子


2005年10月11日 釧路市合併

 釧路市・阿寒町・音別町が合併し、新しい釧路市になりました。
 当店ホームページでは、これまで通り三市町を分けて掲載いたします。


2005年10月7日 猫

 『ニッポンの猫』(新潮文庫)、『私は猫ストーカー』(洋泉社)と、猫本二冊をつづけて読んでいるところです。 前者は岩合光昭の写真集の文庫化、後者は「彷書月刊」の連載でも知られる浅生ハルミンのイラスト付き猫探しエッセイ。
 どちらも猫と人と町の関わりを生活感たっぷりに掬いとった眺めて愉しい本なので、読むうちに自分なりの猫の写真を撮りたくなってきます。 「めぼしい“標的”を見つけるには」「とにかく町をくまなく歩きまわ」り、「時間帯は朝方と夕方」が吉だというので(浅生本より)、 そのうち撮れたらHPのトップに載せてやろうと、夢想している次第。
 ところで、きょう十月七日はエドガー・アラン・ポーの命日なのだとか。『黒猫』を書いたポーの(1849年没)。
 ついでに記しておきます。


2005年9月28日 風見鶏名人に会いにいく

 前日、地元のフリーペーパー「じゅう箱のスミ」の編集スタッフの方々といっしょに、 市内在住の「風見鶏名人」の作業場にお邪魔してきました。
 プラスティックや金属類をさまざまに加工し、 幾多のカラフルな小鳥や飛行機を生み出してきた名人は、今年八十歳になる元気なお爺さん。 創意工夫に富んだ開発秘話のおもしろいことといったら。おはなしだけでも満腹でしたのに、 帰りに風見鶏を一羽、お土産にくださいました。
 名人の元を飛びたった小鳥は、いま、北大通店のレジの横で羽を休めています。 お立ち寄りの際は、嘴のプロペラに触れてみてください。ホントによく廻りますから。
 なお今回の訪問は、十月中旬発行の「じゅう箱のスミ」最新号に掲載されます。




2005年9月19日 空耳アワーのお時間です

 外国人の方に「愛の本」はあるかと問われ、 心理学の棚にお連れしようか、それとも少し気取って黒田三郎あたりの詩集を薦めてみようかと 気負っていたら、「アイヌ語の本」だったことがありました。
 ウィンドウに飾ってある「アルプス」の本を見せてほしいといわれ、 ハテ、そんな山の本置いていたかいなと首を傾げていると、 「バルテュス」の画集だったことがありました。
 小太りの男性が「太る」というタイトルの文庫本を探しているというので、 ダイエットや栄養学関連の本を思い浮かべていたら、 青心社の「クトゥルー」本だったこともあります。
 つい先ほど、「サザエさん」を「太宰さん」と聞き間違えたばかりです。

 今度、耳鼻科に診てもらいに行ってきます。


2005年9月11日 衆議院選挙

 開店前に投票してきました。


2005年9月4日 みんなゾンビ

 レイトショーで『ランド・オブ・ザ・デッド』を見てきました (於ワーナー・マイカル・シネマズ釧路)。
 いま現在おこなわれている戦争にストレートに言及した社会派ロメロの地力を見せつける佳作です。 ゾンビのリーダーのぬめった頭が夜の川面からあらわれるカットは、 バックにドアーズの『ジ・エンド』が流れてきそうな、『地獄の黙示録』のあからさまな引用。 街の支配者役にデニス・ホッパーを配していることですし、 ベトナム戦争にも目くばせしているのでしょう。

 前日、大勢のなかで大漁どんぱくの打ち上げ花火に見惚れていた身の上ゆえ、 夜空に花火が上がるたび呆けたように動きを止めてしまうゾンビたちの習性がやたらと可笑しくうつったことは、ここだけの話です。



2016年の夜に口笛を吹けば

2015年の夜に口笛を吹けば

2014年の夜に口笛を吹けば

2013年の夜に口笛を吹けば

2012年の夜に口笛を吹けば

2011年の夜に口笛を吹けば

2010年の夜に口笛を吹けば

2009年の夜に口笛を吹けば

2008年の夜に口笛を吹けば

2007年の夜に口笛を吹けば

2006年の夜に口笛を吹けば


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