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音楽コラム 「レコードの溝」  平位公三郎・文


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 の最新回です。
 ピンク・フロイド集中連載もとうとう20回目に到達しました。 ロジャー・ウォーターズ在籍時の最後のアルバム 『ファイナル・カット』 を取り上げます。 ちなみに文中の 「K店長」 というのは北大通店の川島のこと。

 ピンク・フロイド 『The Fletcher Memorial Home/ザ・フレッチャー・メモリアル・ホーム』 (You Tube より)

 レコードの溝  第35回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その20・『ファイナル・カット』)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 フロイドのアルバムについて書き始めて、ついに20回目まで来てしまいました。
 そのタイトルが、『ファイナル・カット』 (「ディレクターとプロデューサーによって承認された最終編集バージョン」 という意味と 「致命傷」 という意味がある。) です。

 実質的には、前作で揉めたライトは解雇されていて残りの3人で作られたが、 前作以上にウォーターズの個人作品になっているし、演奏者もメンバー以外を多数入れている。
 1979年に2枚組アルバム 『ザ・ウォール』 を発表し、1982年に映画化した 『ザ・ウォール』 を制作するうちに、 4人の関係はさらに悪くなった。

 ただし、最近のメイスンのコメントによると、メンバー間の対立こそが創造を生んだと述べている。 仲良しこよしではない複雑な大人の関係が創造の源だということか。

 そして、1983年に全編ウォ―タ―ズ作品の 『ファイナル・カット』 が発表され、 ウォーターズはこれを最後にフロイドを封印しようとするのだが、その強引さが逆に反発を招き、 フロイドを持続させるのは人生の皮肉だ。
 ウォーターズは終わらせる積もりだったが、メイスンとギルモアはまだまだ欲求不満が残っていたので、 これでフロイドを終わらせる気にはならなかったということだ。 他人の気持ちは確かめないと分からないものだ。

 私がリアルタイムで買ったフロイドのレコード盤はこれが最後になる。 この後はCDの時代になる。 (以前に80年代をボロクソにけなしましたが、1つだけ80年代に夢中になったのがMTVで、 高いビデオデッキを買いましたね。 初期はビデオテープも高かった!)

  ★

 この何ヵ月間の軽い <悪夢> について告白すると、『ザ・ウォール』 について5回も書いていると、 最低5ヶ月間はこのアルバムを聴いていたことになる。 (途中からはCD を買って) ずっと聴いていた訳ではないにしても頭の中ではどれかの曲が鳴り響いていたのです。

 すると、最初はとても馴染めなかったピンクが、<この野郎> のイメージが私の中で動き始めました。 そして、SIDE 3からは明確になりました。
 そして、ついに最後には私自身が狂ってるのかまともなのか分からなくなりました。

 「ザ・トライアル」 あたりになると、片方に <正気> もう片方に <狂気> と書かれた薄い紙を縦にした上を、 『これが現実だ!』 と考えながらフラフラと歩いてる感じがしました。
 <狂気> 側に傾くと、いやいや俺はまともだよと思い直し、 <正気> 側に傾くと俺はおかしいと思うのですよ。

 ――ひょっとすると、これはまともな感覚かもしれない。
 ――えっ!?
 (誰か、まともな第三者さん、判定してくださいよ。 しかし、その第三者が <まとも> だと誰が判断するのだ?) と、いう無限地獄に陥ったのですよ。

 もう、危ないですよね。 フロイドは危険です。 (ちなみに、『ザ・ウォール』 の呪縛から抜け出るために 『原子心母』 と 『永遠 (TOWA)』 を聴いて浄化したのです。)

 最初に、田舎の中学生を解放してくれたのはビートルズだったが、 (この <解放> の意味は、アイデンティティ形成の手助けということですね。) ロ―リング・ストーンズはビートルズよりもずっと不良に見えたし、ブルースなんて分からなかった。 でも、ワルはかっこ良く見えた。 (自分がなれないから…。 結局、アイデンティティとは自分のなりたい形なのでしょうか? アイデンティティ形成過程でのモデルとしてそういうスターやアイドルは有りかもしれないし、身近な人でもいい。)

 それからかなり後から知ったフロイドは、 ロックが文学や心理学の分野にまで浸透できる可能性があることを証明したのだ。 (ボブ・ディランにもハマったが、彼の場合は言葉の重心が大きくて、サウンド的にはあまり響いて来なかった。)
 言葉を超えて心の奥まで入り込んで来たのはフロイド・サウンドだけだった。

 その証明が、フロイドの作品追求の過程で、私が振り返る (いや、振り返ってしまう!) 自分史の深層心理だ。 思わず、あの時の自分は?と思うのですよ。 いや、思い直すのです。
 それは、<思い出の (懐かしの) 一曲> という表層のレベルではない。 あの時の自分を掘り下げてしまうのだ。 その心の奥への染み込み様は、言葉よりもサウンドの力が大きい。

 こんなバンドはあっただろうか?
 いや、この5ヶ月間は参りましたよ、ウォーターズさん。 いや、やはり4人のフロイドさんたち。

 ワタシ的には、『ザ・ウォール』 を (4人の) 最後の作品 (と) したい。 この後の作品は、ウォーターズとギルモアの個人的作品ですね。
 この 『ファイナル・カット』 とは、『ザ・ウォール』 のファイナル・カット、 つまりは 『ザ・ウォール』 の3枚目、または 『ザ・ウォール』 のどこかに入るアルバムとも考えられるらしいのです。

 一説には、映画 『ザ・ウォール』 のサウンドトラックを作る積もりだったとか、 アルバム 『ザ・ウォール』 に使われなかった作品をまとめる積もりだったとか言われているが、よく分かりません。
 とにかくウォーターズは、これでフロイドを終わりにする積もりだったのです。

  ★

 それでは、これも今現在までまともに聴いたことのない、 (いや、一度だけ真剣に聴いたな。古本屋のK店長さんが良く聴くと言うものだから…。) 『ファイナル・カット』 を聴いてみます。

 このアルバムが苦手なのは、私がフロイド・サウンドだと思っている、 あの 「原子心母」 や 「コンフォタブリー・ナム」 のボヨ〜ンとしたマッタリ感が無いからだ。 敢えてウォーターズが排除したのかもしれない。 フロイドファンでも、各アルバムの評価は人それぞれで、 好きなアルバムも異なるから、本当に不思議なバンドではある。

 それは、フロイドの歴史を振り返れば分かるが、バンドのリーダーが3人替わっているからだ。 初期のサイケデリック・サウンド時代のシド・バレット。 それからこのアルバムまでのロジャー・ウォーターズと、この後を引き継ぐデイヴ・ギルモアの流れがある。
 当然、サウンドも変わるから、どの時代のフロイドが好きかで好きなアルバムも異なるということだ。 それに、3色の味を味わえるし、それらのミックスもあるからなかなか多彩なのですよ。

 それにしても、このアルバム 『ファイナル・カット』 は評価の分かれる作品だと思う。
 ウォーターズが、ライトのオルガンやメイスンのドラムを外した (1曲だけ) のは、 エッジの効いた鋭いサウンドを作りたかったからではないか。 つまり、ウォーターズ個人の <締め> として、所謂フロイド・サウンドを封印したかったのではないかと思う。

  ★

 このアルバムを、ざっくり説明すると、
 「それぞれの歌詞には内容的なつながりがあり、 戦後の繁栄と、その裏に潜む戦争加担者としての悔恨や、 いびつな政治・経済の情勢に翻弄される一般市民の苦悩との矛盾が、 ひとつの大きなストーリーとして描き出されているため、 相対的にリード・ギターやロック・バンドの演奏よりも、言葉に比重が置かれているのである。 しかも、内容が内容だけに、曲はどれも暗く重く、聴き手の耳に深い余韻を残す。」 (出典:文藝別冊 「ピンク・フロイド」 増補新版、文=松井 巧) より。

 ざっくりという感じではありませんでしたね。 でも、ロックが社会状況をタイトに反映できる最も鋭い表現手段だということだと思います。
 これが、このアルバムの総てです。

 これ以上私の書くことはない!と言えばお仕舞いなんですが、やはり礼儀上各楽曲についても書きます。 K店長のためにも。(と、言いつつ引き延ばすのは、何故?…)

 ウォーターズが、どういう閃きと計画に基づいて制作したのかは、前に述べたように明らかではないにしても、 このアルバム制作当時、イギリスに於いて大きな社会的事件と経済状況の悪化があり、 それがウォーターズの作詞に明確に表れている。

 ひとつは、1982年に勃発したイギリスとアルゼンチンのフォークランド紛争であり、 もうひとつはバブル景気前の日本経済の世界進出だ。 この頃、日米経済摩擦は激しさを増していたし、日本経済の触手は世界中に伸びていたのだ。

 アルバムジャケットの内側には旭日旗が写っている。 旭日旗とは、旧日本海軍の旗です。
 これは、ウォーターズの皮肉の裏返しと見れば、かつて世界の海を支配した大英帝国を表しているのかもしれない。 (1970年代後半のブリティッシュ・パンク出現も、元を辿ればイギリス国内の不景気による若者の不満と、 政治と社会の混乱の影響が大きい。 つまり、日本経済の世界進出がブリティッシュ・パンクを生んだ遠因とも言えるかもしれない。)

 と、いうことで、このアルバムはディラン並みに言葉に歌詞に重きが置かれています。

  ★

 1曲目の 「ザ・ポスト・ウォー・ドリーム (戦後の夢)」 は、 『ザ・ウォール』 のラスト曲を引き継いだようにウォーターズの呟き・囁き?ヴォーカルで始まる。 ウォーターズさん、このパターンがお得意ですねぇ〜。

 「正直に言ってくれ、なぜイエスは磔刑になったんだ/父さんが死んだのはそのせいなのか?」 で始まる。 やはり父親の戦死が出て来る。 この時点で重苦しさ満杯だ。
 でも、このアルバムは <ロジャー・ウォーターズによる戦後の夢のための鎮魂歌> というサブタイトルとともに、 亡き父親に捧げられている。
 そして、「日本人が/こんなに船作りに長けていなければ/クライド河の造船所はまだ続いていただろう」 と日本を非難する。 そして、「ああ、マギー、オレたちが何をしたというんだ?」 と嘆く。

 2曲目の 「ユア・ポッシブル・パスツ (過去)」 は、 「彼らは、おまえの過去をあれやこれやと背後で騒ぎたてている」 と戦争加担者についての内容で、 ひたすら後悔している。

 3曲目の 「ワン・オブ・ザ・フュー (選ばれた人間)」 は、 アメリカ映画 『ア・フュー・グッドメン』 を想起させる内容で、軍隊に於けるしごきか? 次の 「ザ・ヒーローズ・リターン (英雄の帰還)」 は、戦争帰還者の心の傷を歌っている。

 「愛する恋人よ、ぐっすり眠っているのか、それはよかった/こんな時にしか僕は君に話しかけられない」 と言い、 「僕には心の奥底にしまいこんだものがある/つらすぎて太陽の光には/耐えられない思い出だ」と戦争の傷を語る。
 そして、「教会の鐘がなった/その時僕の心の中でくすぶっていたのは/インターコムに聞こえた /射撃手の今際の言葉だった」 と、戦争の悲劇を見事に表現している曲だ。

 5曲目の5分以上に及ぶ 「ザ・ガンナーズ・ドリーム (射撃手の夢)」 は前の曲とつながっている。 射撃手は、ささやかな平和を夢見る。
 「もう誰も子どもたちを殺しはしない/もう誰も子どもたちを殺しはしない」 の繰り返しが印象深いが、 この夢は現実にならないのか?

 A面最後の6曲目は、「パラノイド・アイズ (妄想狂の瞳)」。 「戦後の夢」 や繁栄が妄想であり、今やその夢を信じた人たちが中年になった <悲劇> を歌っている。
 酒場の騒音の中で、正気を失った人たちは狂気を隠しながら狂って行く。 (CD では、映画 『ザ・ウォール』 に使った1曲がボーナス・トラックで入っているらしいが、私は持ってません。)

  ★

 B面の1曲目 「ゲット・ユア・フィルシイ・ハンズ・オブ・マイ・デザート (オレのデザートに手を出すな)」 は、 モロにフォークランド紛争を歌っている。
 マギーとはマーガレット・サッチャー元首相のことだ。 「鉄の女」 だ。そういえば1曲目の 「戦後の夢」 にも出て来てましたね。 よほど腹に据えかねていたと思える。

 「そしてマギーはある日お昼時に/乗組員ごと巡洋艦を奪い取った/ 当然ユニオン・ジャックを返してもらいたかったんだ」 と静かに歌う。 当時の世界の首脳たちが出て来るたった6行の短い曲だ。

 2曲目の 「ザ・フレッチャー・メモリアル・ホーム (フレッチャー老人ホーム)」 は、 結構面白くて 「オレのデザートに手を出すな」 とつながっている重要な曲ではないかと思う。 というのは、この架空の老人ホームには、元権力者や元軍人などが暮らしていて、過去の栄光に浸りながら狂っている。
 ウォーターズは、オペラ風に歌い上げる。 大袈裟に。 ――権力者を笑いものにしている。
 権力の無い私たちは、それぐらいで憂さ晴らしするしかない。 ――しかし、それさえも許されない国はまだまだ世界中にたくさんあるのだ。

 3曲目の 「サザンプトン・ドック」 は、イギリス南部の重要な港町で、軍港として栄え造船所もあり、 第二次世界大戦では1940年に空襲を受けた。
 「ヤツらが上陸したのは45年だった/誰も口をきかなかった、誰もにこりともしなかった」 で始まるが、 戦争が終わり帰還して来た若者たちだ。

 この歌詞のラストに 「心の奥底には/致命的な傷を負った」 と出て来て、 次の 「ファイナル・カット (致命傷)」 につながる。 この曲の主人公は剃刀で自殺しようとするが実行できない。 自殺の理由はよく分からないが、どうやら戦争の後遺症で家庭が崩壊したようだ。

 そして、アルバム唯一のロック曲 「ノット・ナウ・ジョン (今はダメだよ、ジョン)」。
 この曲は、徹頭徹尾日本人を攻撃する。 三菱地所がロックフェラーセンターを買ったとか、ソニーがアメリカの映画会社を買収したとか、 後の 「ジャパン・バッシング (日本叩き)」 以前の先駆的?な曲で、 ジョンというイギリス男子の代表的な名前で 「今は耐えろ!」 と言う。
 「アルゼンチン人には見せてやった」 は、もちろんフォークランド紛争のことだ。

 そして、それから30年以上経ち、日本に80年代の経済的な勢いは無く、 今となっては数年前の中国人を見ているようだ。 ― <盛者必衰> か…。

 今年の経済を予測する番組を観てると、最先端の経済学者かな?が 『儚い』 という言葉を使っていた。 また、他の学者は通貨はフィクションであり、それを信じているからこそ資本主義が成り立っているとも言っていた。 また、神でも未来は予測できないとも言っていた。
 じゃあ、一体どうすりゃいいんだい?

 どうやら、資本主義もドン詰まりですね。 共産主義も社会主義もダメでした。
 トンでもない大金持ちの欲望を抑えて、皆に分け与える方法は無いものでしょうか?

 アルバム最後の曲、「トゥー・サンズ・イン・ザ・サンセット (日没の二つの太陽)」 は、原爆のことかな? ホロコーストが出て来るから、と思ったがよく分からない。 錯乱してるようにも思えるが…。

  ★

 とにかく、一応全部聴いて読んでしてみたが、 ウォーターズ独特の表現方とその訳詞によっても受け取り方が変わるかもしれない。 今現在は、私自身よく飲み込めていない部分も時が経って聴き直せば、 また違う理解ができるかもしれないアルバムでした。

 ただ、ギルモアにしてもメイスンにしても欲求不満なのは、曲が短いのですよ。 出番が少ないですよね。 フロイド特有の曲の長さが無いのです。
 これでは、彼らは解散に納得できないと思いますねぇ〜。 そこらへんをウォーターズは読み違えたのか、それとも分かっていて敢えて押し通したのか? 謎です。

 いずれにしても、4人で話し合ってもう1枚アルバムを作っていたら、本当に最後の1枚になったかもしれない。 けれども、ウォーターズとギルモアは裁判沙汰になるから無理だな。
 嗚呼!これは、もどかしいアルバムだなぁ〜。

 では、ウォーターズさん、さようなら! ウォーターズは存命です。 このアルバムで <お別れ> という意味です。

 2016年の大晦日に、邦題 『原子心母』 の名付け親の石坂敬一さんが亡くなりました。 ご冥福をお祈りします。 『原子心母』 には随分お世話になりましたからねぇ〜。感謝です。

                                            (その21につづく)



                                  (2017年1月16日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 をお届けします。  今回は、『ザ・ウォール』 の虚構の大伽藍が 「壁」 を介してアメリカ大統領選挙の結果と正対するの巻です。
 ちなみに、私も平位さんと同じく 「ザ・トライアル」 は苦手な曲。

 ピンク・フロイド 『The Trial/ザ・トライアル』 (You Tube より)

 レコードの溝  第34回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その19・『ザ・ウォール』 SIDE 4 と まとめ)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  (承前)

 <追記> を付け加えた (注:「レコードの溝」 の前回、第33回を参照。 学生時代の先輩・友人と約43年ぶりに再会したときのこと) のは、学生時代は特に自分を信じられなかったので、 そんな自分が周りに理解される <はずはない!> と思い込んでいました。 だから、周りに対して本音を言うことは殆どなかった。 むしろ、周りに合わせることの方が多かったと思う。

 もっと言えば、本音が <本当の自分> だと確信できないという無限地獄に陥っていたからだし、 自分が周りに影響を与えるほどの力があるなんて思いもしなかった。
 でも、影響を受けるということは、ある部分は相手を理解したということだから、 その部分があれば友だち関係は成り立つのかな?と今は思います。

 しかし、人間観察の得意なK先輩でも私の <正体> は把握しにくかったみたいだ。 それは無理ですよ。 だって、私は正体を隠してる訳ではなくて、私自身が把握できてないんだから…。今でも。

  ★

 いや、それは嘘だな。
 自分自身を把握できてないのは事実だが、学生時代は周りとは違うことをわざとやって、 試してたというか、孤立するのを楽しんでいたような節がある。 ある意味の被虐趣味がありましたね。 <所詮オレのことなど分かるまい!分かられてたまるか!> という強がりみたいなね。 とにかくアイデンティティが欲しかったんです!

 暇だから頭の中だけは盛んに働いていたのですよ。 仕事の無い今現在は、言うなれば学生時代に近い生活なので、当時の感覚を思い出すのですよ。 でも、仕事という仮のアイデンティティの無い今現在が本来の <ワ・タ・シ> かもしれない。 (だから、仕事を辞めるとみんな戸惑うのだ。)

 その <ワ・タ・シ> は、相変わらず肉体と精神と意識が分裂しそうになります。 そして、いずれ残るのは意識だけです。 そして、その意識が移動する時が死なのかな?(無くなるとは思えないのですよ。)

 それにしても、仮のアイデンティティである仕事を <天職> として認識する人もあれば、 宗教に託してしまう人もある。 私の場合はロックを当てはめようとしたが、それは薬というよりもサプリメントみたいなものだったから、 幾らかの助けにはなりましたけれど、やはり自分で見付けるしかありませんね。 (本当は、見付かるとも思わないんだけれど… <思想> を見付けたいのですよ。)

  ★

 それでは、残りの楽曲に行きます。 いよいよ、この大作 『ザ・ウォール』 も残り5曲となったが、この5曲が難物なのだ。

 ピンクの大演説の後に、ギルモアとウォーターズ最後の共作となる 「ラン・ライク・ヘル (死にものぐるいで走れ)」 が始まる。 これも、1994年のライヴで知っている名曲だ。 直訳すれば、「地獄のように走れ」 か。 どこへ向かってピンクは走るのか?逃げるイメージが強い。
 この曲は、このアルバムの中で一番速いテンポなのでライヴを盛り上げる役目をする。 確かに走っている。

 アメリカ映画やドラマでは、「ゴー・トゥ・ヘル! (地獄へ行け!・くたばれ!)」 という罵り言葉がよく出てくる。 「ファ○ク」 に近いと思うが、キリスト教圏に於ける地獄のイメージは、 仏教圏よりも恐怖の度合いが強いと思う。 悪魔は鬼よりもおぞましい。 (鬼には多少愛嬌があるが…悪魔は冷たい。)

 この曲も、ギルモアのソロアルバムから外れたのを元にしたウォーターズとの共作だ。 この曲をアコースティック・ギターで弾くとブリティッシュ・フォークらしいが、 歌詞の内容は <壁> とは関係がない。
 ピンクは、自分がやって (しまった) ことがどんどん巨大になり過ぎて逃げ出したくなったのかもしれない。 総ては彼の妄想なのだが…。

 しかし、このアルバム全体を包むサウンドは、分厚く重い。 それに歌詞が謎めいている、となると続けて何度も聴く気にならないし、ツラいのだ! だから、<口直し> に 『原子心母』 を何度も聴いて気分を変えた。 やはり、『原子心母』 は癒し系だ。

 さて、逃げ出したピンクは、次の曲で 「ウェイティング・フォア・ザ・ワームズ (ムシの到来を待つ)」 ことになる。虫を待つ?って何だ!
 ウォーターズは、ウジ虫は“腐敗の象徴”で、“孤立は腐敗を招く”とインタビューで言っていた。 腐敗を待つのか? 壁と孤立の関係はどうなるのだ!

  ★

 では、歌詞の内容を読んでみよう。
 「オレに追いつきはしないぜ/どんなにがんばってもムダだ」 から始まるが、これは前曲の続きのようだ。 メロディは、「ザ・ショウ・マスト・ゴー・オン」 と同じ曲でゆったりとして、 ビーチ・ボーイズのように美しいコーラスで始まる。

 次の 「あばよ、残忍な世界よ、もうおしまいさ/行ってしまえ」 も以前に出てきた。 いよいよ <まとめ> という感じだな。 そして、「壁の後ろの穴に隠れて/ムシが来るのを待ってる/ 壁の後ろに完全に孤立して/ムシが来るのを待ってる」 と続く。 そして、ムシが町をきれいにしていくのを待っている。
 つまり、ピンクが演説で罵った人たちが排除され、 ムシが黒いシャツを着てナチスのように世界を支配するのを待ってると言うのだ。

 ここまで来ると、本当に偶然なのだが、このアルバム 『ザ・ウォール』 について書き始めた頃に、 「壁を作る!」 と叫んでいた人がまさか大統領になるとは思わなかったが、現実になってしまいましたよ!
 まあ、これはピンクの妄想で彼はパラノイアみたいなんだが、果たして現実のあの人はどうなのか?

 そして、次の曲 「ストップ (やめろ)」 で、 「オレ家に帰りたい/この制服を脱いで/ショーから抜けたい」 と言う。 まともになったじゃないか。 でも、「この間ずっとオレは有罪だったのか?」 と問いかける。 彼はずっと罪の意識にさいなまれていたのだ。
 これは、次の曲 「ザ・トライアル (審判)」 につながる。 うん、この曲の流れは中々良くできている。

  ★

 本格的なオペラのような、この 「ザ・トライアル」 は苦手なのでずっと気が重かった。 この曲を聴くために、昔に買ったビデオ 『シェルブ―ルの雨傘』 をわざわざ観たほどだ。 全編セリフが歌の、ミシェル・ルグラン作曲のこの作品は素晴らしかったし泣けた。

 それで地ならしをしてオペラ風の 「ザ・トライアル」 に取り組んだが、 さすがのウォ―タ―ズもギルモア以外の他人の助けを借りて作っている。
 この審判・裁判は、言うなれば第2次世界大戦後のニュンルベルク裁判や東京裁判になぞらえているのかな? いや、そんな大袈裟ではなくて、ただのピンクの誇大妄想で、 自分の中で分裂症気味に <決着> を着けようとしているのかもしれない。 一瞬、正気に戻ったようだが、ピンクはまたもや狂気にとらわれる。

 まず、ムシ閣下が登場して王室弁護士が証明するのだが、何だか偉そうで仰々しい。 完全にパロディだな、これは。 囚人ピンクは、感情を露にして現行犯逮捕されたのだ! 彼は人間扱いされない。 彼はレンガの1枚だ。

 そして、校長が召喚されて証言する。 ピンクは、オレは気が狂ってると考える。 次にピンクの妻が登場して、彼の浮気とか性格をなじる。 最後に母親登場。 この子は狂ってる、私は狂ってると言う。 ウォーターズは、それぞれの役を声の調子を変えて歌う。 中々の名演だ。

 そして、判決は <壁をこわして、同胞たちの前に露出される刑> ということで、 大音響とともに壁はこわされる。 その判決理由が、<深層の最大恐怖を明らかにした> 罪だというのだ。
 これは、とても凄いことではないのか! ピンクは校長や母親に恐怖を与えたのだ。 つまりは、彼らが断罪されたということになる。 ピンクは復讐したのか?

 ピンクは、彼を守っていた壁から引き摺り出されるのですよ。 そして、最後の曲というかウォーターズの語り、「アウト・サイド・ザ・ウォール (壁の外で)」 で終わる。
 壁の外では平和な世界が広がっている。 ――果たしてピンクは救われたのか?

 これで、長い長い作品は終了しましたが、まだ仕掛けがありました。
 レコードでは分からなかったけれど、CD を買い、ヴォリュームを最大に上げると、 最初の曲が始まる前に小さな声で 「WE CAME IN (始まりは)」 と囁き、 最後の曲の後に 「ISN'T THIS WHERE (ここから?)」 と入っている。 これをつなげると 「始まりはここから?」 となる。
 つまりは、また繰り返すということか。

 いやはや、ご苦労様でしたね、ウォーターズさん。 私も疲れましたよ、この作品は。 と、いうことでこれで 『ザ・ウォール』 を終了します。 みなさんはみなさんの解釈や分析をしてください。

  ★

 ところで、レンガについてだが、石垣なら石の形はバラバラでも組み合わせれば立派な石垣になる。 しかし、レンガは形が揃わないと隙間ができてしまう。
 私たちは、社会の一員として確かにレンガのひとつなのだが、 レンガの “個性” を発揮してそれぞれの形を作れば全体主義に対抗できると思うのだ。

 それには、ポピュリズムに流されることなく、 孤立を恐れずに少数派であることの覚悟と矜持をもつことだと考えます!

 自己を確立せよ!
 多数派を疑え!

 ピンクの演説みたいになりました。 失礼します…。

                                            (その20につづく)



                                  (2016年12月15日掲載)


 月に1度のお楽しみ、平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 をお届けします。 ピンク・フロイド 『ザ・ウォール』 についてまだまだ語っていただきます。

 驚異の27枚組ボックス・セット 『ピンク・フロイド The Early Years 1965-1972』 が発売されました。 71年の箱根アフロディーテのライヴ映像がそそりますね。 「レコード・コレクターズ」 の最新号もピンク・フロイド特集号です。

 ピンク・フロイド 『In The Flesh/イン・ザ・フレッシュ』 (You Tube より)

 レコードの溝  第33回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その18・『ザ・ウォール』 SIDE 4)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  (承前)

 「コンフォタブリー・ナム」 は重要な曲だから続きを書きます。
 この曲は、ギルモアがソロアルバムで使わなかったデモテープから、 当時緊張関係にあったウォーターズとともに制作されたので、 名曲は必ずしもベストな状況でできるものでもないと思った。

 まず、医者がハローと言って、「誰か中にいるのか?」 と尋ねる。 これは、私には私の中のもう一人に対して呼び掛けているように感じた。
 「楽にしろ/まず情報をもらわなくちゃ」。
 そう、外科とちがい診療内科は自己申告なのです。 どこまで自分の内部をさらけ出せるか? (出すか) により、幾らでも医者など騙せるのだ。

 学生時代、精神分析のフロイトにハマり、彼の難しい著作を少しは読んだが、自分なりに自己分析していた。 小中学生の頃は、二重人格に悩み、その後多重人格ではないか?と思い、 最後には自分の中の <ライオン> に苦しんでいる。 (この <ライオン> は、かなり手なずけたが、今でも時々吠えるのだ。)

 学生時代には、友だちとワイワイ騒いでいてもフワッと自分の魂が抜けて頭の上を漂う感覚に悩まされた。 (それは、酔っている状態ではない。 元々私はアルコールアレルギーなので飲めないのだ。 むしろ酔っぱらいたい気分の時もあるが…。 /9歳の夜にフワッと幽体離脱じみた体験をしてから、その傾向が身に付いた?ようだ。)

 それで、詩を書いたりしていると、K先輩に <観念の世界を漂う詩人> とか言われた。 その言われ方 (ラべリング) は、田舎の寺の息子に友だちと会いに行った時に、 和尚さんに 「君たちは日本民族じゃない。<長髪族> だ!」 という言われ方と同様に気に入った。 (心の中では、『いやいや、あんたの息子も同じだよ』 と思っていたけれど…。 彼は田舎で唯一、ビートルズやロックの話ができる友だちだった。)

  ★

 患者のピンクは、「子どもの頃熱を出すと/両手が風船のようにはれた気がしたものだ」 と応える。 それで思い出したが、この前突然 38.3度の熱を出した時に、 子どもの頃発熱するとサイコロが巨大化して追いかけてくる <悪夢> にうなされた。
 それは、まるで映画 『インディ・ジョーンズ』 の巨大な丸い岩のように迫ってくるのだ。 しかし、熱のために体はふわふわと風船のように浮く。

 この医者は、もしかしたらピンクを催眠療法で子どもの頃に戻してリラックスさせてから、 覚醒剤を注射したのではないか? それは、プロモーター (興行主) と出来ていたからだ。 プロモーターは、金儲けしか考えていない。

 そして、医者は 「さあ、時間だ、出番だよ」 と言ってピンクを送り出す。 この曲で、ついにフロイドは精神分析・メンタルクリニックの域にまで到達した。

 しかし、私はこの曲と同様の浮遊感を味わっていた。 それは、ジョンの 「アクロス・ザ・ユニヴァース」 だ。 ジョンも心理療法を受けていた。
 ウォーターズとギルモアのボーカルが交互に出てくるが、 ウォーターズは高音の伸びはないが深みのあるいい声をしている。 対してギルモアは優しく柔らかい声だ。
 ビートルズのジョージの歌声はか細く聴こえるけれど、彼の話す声は奥行きがあって好きだ。 ウォーターズの声質はジョージに似ていると思う。

  ★

 ロックバンドやショービジネスの歴史を振り返ると、1960年代はまだ音楽業界自体のシステムが確立しておらず、 マネージャーもいい加減な人が多くて怪しげな人たちがはびこる世界だった。 それは、今も変わらないかもしれないが。
 だから、正当な報酬を受け取れなかったバンドマンは多い。 プロモーターに搾取されて泣く泣くどさ回りしたバンドも多い。 組合があっても契約が守られなかったらプロモーターやマネージャーの思うままだ。

 それが、ビートルズの成功から徐々にシステムが確立し、 マネージャーからレコード会社のプロデューサー、ディレクターとのつながりがしっかりしてくるし、 バンド発掘のオーディションも盛んになる。 そういう風に、音楽業界がシステム化されると同じような曲調が流行ることになる。 ひとつ当たれば我も我もとなるからだ。 そうしてロックはつまらなくなった。

  ★

 それが1980年代だ!と言えば、反発する人もいるだろうが、申し訳ないが80年代は <ディスコの時代> だった。 30代になりかけていた私にはついていけなかったんですよね。 ディスコは歌謡曲にも影響してましたね。 いや、驚きました。
 ロックもファッションもバブルの日本経済も違和感しかなかった。 ケッと言うよりも、それらに対して唾を吐いていた。 (またまた汚くてすみませんねぇ〜。)

 その、60年代から80年代へのポップス/ロックの流れは、コンピュータの進歩―普及と並行していると思う。 つまり、アナログからデジタルへ、手作りから機械化へとポピュラー音楽も変わってきた。 それは、テレビゲームの流行ともつながる。
 もっと重要なのは、60年代の混沌とした社会状況から次第に管理社会に移行して来たことだ。 (混沌は混乱を引き起こすが、活力を生み出す源にもなる。) ロックも毒気を抜かれ、枠の中にキチンと収められた気がする。
 ロックの尖ったところやチクチクするところが削られてしまい、踊りやすい心地いいものに変えられたのだ。

  ★

 イーグルスの 『ホテル・カリフォルニア』 で感じたバンドロックの終焉とパンクロックの出現。 しかし、パンクロックはカンフル注射みたいにすぐに効き目は消えた。
 その頃の私には、フロイドはロックバンドではなくて、もう <御大・大御所> であって、 いうなれば <神棚> に飾っておくような存在だったのですよ。 申し訳ないが 「もういいですよ大袈裟なロックは…」、という感じでしたね。

 それよりも、当時はポリスとかU2とか、ブルース・スプリングスティーンが私にとってはロックだったのですよ。 TOTOやボストンやフリートウッド・マックなどでは物足りない。 ソフトロックに思えたし、ハードロックやヘビメタは <賑やかな歌舞伎> みたいだった。 様式美ですね。

 と、ここまで書いてきてやっと 『ザ・ウォール』 を真面目に聴かなかった理由が判明したのです。 約40年振りですね。 そして、今聴いても新鮮なのはフロイドだけだ。とはこれ如何に? それは、<ずっと貫いてきた信念> ではないか?
 端的に云えばバレットへの拘りと、戦争・学校・狂気というテーマだ。 総てのアルバムにそれらが含まれている訳ではないが、一貫性を感じる。 こんなバンドはない。 この一貫性こそがアナログなのだ。

  ★

 SIDE4は、前の曲 「コンフォタブリー・ナム」 から続くゆったりした美しいハーモニーの 「ザ・ショウ・マスト・ゴー・オン (ショーを続けなければならない)」 から始まる。 曲は美しいが、内容はバラのトゲのように痛い。 これは、ウォーターズのいつもの <手> だ。

 怪しげな医者に 「活 (注射)」 と喝を入れられたピンクは、 「ショーを続けなければならないの?」 とママとパパに訊きながら出掛ける。 「何かが間違ってる」 「魂まで彼らに奪われるつもりはなかった」 と呟きながらもショーを続けるしかないのだ。 売れっ子ロックスターの悲劇だ。

 そして、2曲目に 「イン・ザ・フレッシュ (うつし身の姿を借りて)」 が再び出てくるが、 今度は <?> が無い。 今度は確信に満ちているが、ピンクはホテルで休んでいて、オレたちは代理のバンドだと言う。 そして、観客に向かって 「オカマ」 「ユダヤ人」 「黒人」 「ハッバすってるヤツ」 を 「オレの思うようになるなら/ヤツらみんなを撃ち殺してやる」 と罵るのだ。 まるでヒトラーですね。

 これは、ピンクの本音なのか? それとも錯乱か?
 しかし、最初の 「イン・ザ・フレッシュ?」 の最後には 「その隠れみのをはぎとれ」 と言っているので、 ピンクはついに本性を現したと思われる。 映画では、後に有名になるボブ・ゲルドフがヒトラー張りに演説する (歌う)。 ロックコンサートが政治集会となるのだが、これはちょっとありきたりではないですか? ウォーターズさんよ。

  ★

 ロックコンサートは、宗教集会や政治集会に似ているところがあると思う。 恐らく、最初期のビートルズ (信者) ?だった私たちの世代は、( <世代> という括りは好きではないし、 勿論みんながビートルズを好きではなかったが、一応便宜上使います。) 彼らのサウンドと言動に酔い、新しい価値観を見付けたのだ。

 それは、私たちの前の世代が <言葉> を信じ重んじたのに対して、私たちはサウンドに衝撃を受けたのだ。 (所謂ブルース・リー言うところの 「考えるな!感じろ」 だ。)
 断っておきますが、私は言葉の重要性を軽んじている訳ではありません。 言葉を <信じ過ぎるな!> と言いたいのですよ。 それは、学生運動 <最終期> の私たちは、難解な言葉遣いに翻弄されたからだし、 それに依って学生運動は自滅したと思っているからだ。

 だから、言葉を信じ重んじ (過ぎる) 人たちは、驚きの眼で私たちを眺めたのだ。 それを、「サウンドの力」 と云うならば、この効果を最大限に利用したのはヒトラーで、 彼の演説は言葉ではなくてサウンドだと思う。 彼の演説はパフォーマンスであり直接脳髄を直撃した。

 ビートルズとヒトラーを同列に並べるとは失礼なのだが、 かの 『サージェント・ペパーズ〜』 のアルバムジャケットに登場している人たちの中に、 ヒトラーのパネルも用意されていたのをご存知だろうか? それはやっぱりヤバいですよね。
 でも、サウンドを利用・活用したという一点では同様で、それはとても重要なことなのです。

  ★

 ところで、何かを信じるということが、自分の価値観や判断を <それ> に委ねてしまうことだとすると、 それはとても楽なことだ。 <それ> を全面的に信じた結果がどうなろうと、 総てを受け入れて全身全霊で信じたならばそれはそれで幸せだと思うが、 それは意思放棄ではないのか? ――<それ> の言いなりになることが信心なのだろうか?――と疑う私に信心は全くない。
 と、いうのは私は私自身を信じられないからだ。 これが問題なのだ。 大問題だ。

 これは、アイデンティティ (自己同一性) の問題で、自分の中で統一がとれてないのだ。 肉体と精神がバラバラで、心の中を探ると、「自分とはこれだ!」 という自分がいないのだ。
 姓名は認識票で記号に過ぎない。 「私は他の誰でもない私」 だと証明できる <もの> がないのだ。これには参った。 学生時代の4年間は、このことばかりを考えていた。 働き出すとそれどころではなくなったが、消えることはなかった。

 それは、社会的存在が曖昧な学生だからという、 相対的なことではなく 「私は私である」 という絶対的な <もの> を求めていたからだ。
 だから、その空白の部分に外部からの価値観である <それ> を当てはめる人たちがいることだけは分かった。 こんな答えの出ないことで悩むのは無駄だから、そこに安心感を入れ込むのだ。 それが宗教でもある。
 私の場合は、ロックかもしれないが、勿論 <それ> を崇めるつもりは毛頭ない。

 ロックは、いつも傍にいる。 <神様もいつも傍にいる。> あれっ?同じことか? 分からなくなって来たぞ。 しかし、こんなことで悩むのは若い頃だけだろうと高を括っていたが、 これは精神分析から哲学まで含む大問題だと思う。 悩むのは楽しい!?

 今回で、『ザ・ウォール』 を終わる積もりが思わぬ方向へ行きましたので、 次回は残りの楽曲とまとめをしますので悪しからず。


  <追記>

 「レコードの溝」 によく登場するK先輩と広島のFくんとに、 2016年10月の終わりに3人の思い出の地・京都で再会した。 私は、2人とは個別に去年に再会していたが、この2人は恐らく43年振りの再会だった。 その時に、思わぬ告白?を2人から聞いたので報告します。

 K先輩は 『原子心母』 を聴いてないと思っていたが聴いていて、仕事のストレスを癒されたらしい。 フォークソングでは癒されなかったらしい。 嬉しかった。
 Fくんは、私に隠れて隣の部屋で密かにギターを買って練習していたらしい。 Fという難しいコードも弾けたと言っていた。
 何だか嬉しかった! やっぱり友だち同士は影響し合うものだと思ったエピソードでしたね。

                                            (その19につづく)



                                             (2016年11月15日掲載)


 月1回更新の平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 です。 今回、前置きでロックバンドの解散について言及していただいたところ、 それを吹き飛ばすような驚くべきニュースが入ってきました。 みんな成熟してるよなァ。

 「ピンク・フロイド、イスラエルの女性活動家の逮捕への抗議のため 「再結成」 へ」

  ピンク・フロイド 『Comfortably Numb/コンフォタブリー・ナム』 (You Tube より)

 レコードの溝  第32回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その17・『ザ・ウォール』 SIDE 3)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  (承前)

 世界的なバンドには、優れたソングライター・チームがいる。 それは、云うまでもなくビートルズのレノン/マッカートニーであり、 ローリング・ストーンズのジャガー/リチャーズのコンビだ。

 フロイドにも、ギルモア/ウォーターズのコンビがいるが、先のコンビたちと比べて共作はとても少ない。 それは、先の2つのコンビは幼なじみに近い関係から始まっているが、フロイドの2人は少し複雑なのだ。

 それは、今まで書いて来たように、初期のリーダーであったバレットが撤退し、その後釜にギルモアが入ったからだ。
 そのバンド崩壊の危機に対してウォーターズは何とか建て直しを図る。 だから、当然ウォーターズは自分がリーダー役だと考える。 そして楽曲を作る。 ライトも作るが数は多くない。

 そこで、ギルモアとウォーターズが2人で共作した最初の曲を探して聴いてみた。 それは、1970年の 『原子心母』 の次の年に出た 『おせっかい』 の2曲目である 「ピロウ・オヴ・ウインズ (風まくら)」 だった。

 ヒット曲 「吹けよ風、呼べよ嵐」 の後に続く、まさに嵐の後の静けさのような優しく甘いラヴ・ソングだった。 それは、ギルモア作の 「デブでよろよろの太陽」 を彷彿とさせた。 ギルモアのスティール・ギターが効果的で、アコースティック的フォークでもある。
 全体的には、ギルモアの発明である浮遊感溢れる気だるい感じがするが、2人の良さが上手くマッチしてるように思う。

 ウォーターズは、フォーク系からハードロックまで、作曲の守備範囲が広い。 それは、バレットからサイケデリックの感性を引き継ぎ、 スペース・ロックへと発展させて来た引き出しの多さかもしれない。 そこに、ギルモアの <まったり感> が加わり、メイスンのドラムとライトのオルガンが味付けをして、 ニュー・フロイドサウンドが完成する。

  ★

 バレットが去った後にサイケデリックから抜け出し、4人で新しいサウンドを創造するのは相当に苦労しただろうと思う。 それは、あのキラキラした曲の輝きはバレット独自のもので、未だに評価され続けているからだ。
 それは、日本に於ける美空ひばりに近いかもしれない。 唯一無二だから誰にも真似できない。

 サウンドとは、日本語で表現すれば 「○○節 (ふし、ぶし)」 だろうか? 演歌の 「こぶし」 ではなく、作曲者がすぐに分かることだ。
 例えば、「吉田拓郎節」 といえば拓郎のメロディ・ラインだとすぐに分かる。 (自慢話になるかもしれないが、森進一の 『襟裳岬』 を初めて聞いた時に、これは拓郎の曲だと直感した。 作詞は岡本おさみ。)
 だから、「ビートルズ節」 「ストーンズ節」 となる。 何だか日本語ロックみたいだな。 ちなみに 「モーツアルト節」 もある。 モーツアルトの曲はすぐに分かる。

 時として、プレスリーが作詞作曲できていたらと妄想する。 (幾つかは作っているようです。) そしたらロックの歴史は変わっていたのではないか?なんて思うんだけど、 やはりプレスリーはロックスターではなくてエンターテイナーなんだと思った。

 それは、ロック・スピリットの問題だ。
 プレスリーは、保守的な南部の生まれで敬虔なクリスチャンだった。 (基本的に) 反抗するのがロック・スピリットとは言わないが、 (1956年のプレスリーはカッコ良かった!) 性根が素直なんだと思う。 そんな顔をしてる。 (それは、ジョンとポールの顔の違いにも表れているが…。) だから兵役にも就いた。 (その兵役体験を商売にするマネージャーもエグいですよね。)

 最近知ったが、プレスリーもジミ・ヘンもマネージャーに潰されていた。 マネージャーとミュージシャンの関係はとても大切だ。 ミュージシャンを金儲けの手段としてしか考えない人と、ミュージシャンを理解し支えようとする人とは全然違う。

 でも、マネージャーとミュージシャンはよく揉める。 この揉め事でミュージシャンは余計なエネルギーを消耗するのだ。 いくら才能があっても、それを上手く売り出すマネージャーの手腕が必要だ。
 ビートルズの場合は、彼らの熱狂的なファンだったブライアン・エプスタインがいたからこそ、あそこまで売れたと思う。 そして、エプスタインが亡くなると彼らは迷走を始める。

 この時期、フロイドはせっかく 『狂気』 や 『炎〜あなたがここにいてほしい』 で稼いだ大金を、 預けていた人の無謀な投資で失っていた。 それ故次の作品を作らなければならなくなっていた。 そういう裏事情が名作を生み出すのだから、世の中分からないものだ。

  ★

 バンドの歴史は、下手な小説よりも面白い。 それは、ソロ・ミュージシャンと違い、数人の閉ざされた人間関係だからだ。 この、創造集団の濃密な関係は、男女関係や家族関係でもない独自の世界をつくる。 おそらくそれは <共犯幻想> に近いのではなかろうか?

 この、<共犯幻想> が上手くいっている時は快感だろうと思う。 しかし、壊れると悲惨なことになる。 それは、ビートルズの最後やウォーターズと他のメンバーが裁判沙汰になったことでも分かる。 ジャガーとリチャーズも喧嘩別れしそうになった。

 で、この 『ザ・ウォール』 では、ギルモアとウォーターズは3曲だけ共作している。 全26曲のうちたったの3曲だけだ。 事実上この3曲が2人の最後の共作となる。
 次作の 『ファイナル・カット』 は、全曲ウォーターズ作品で、それで彼はフロイドを去る。 いや、ウォーターズは自分が抜ければフロイドは自然に解散すると考えていた。 ウォーターズはフロイドを封印したがったが、ギルモアが反対し継続した。
 この共作3曲のうち、2曲は名曲だから、思い返すにもっと共作して欲しかったと思う。

  ★

 前置きが長くなりました。では、SIDE 3 の曲に行こう。

 1曲目の 「ヘイ・ユー (おい、お前)」 と次の 「イズ・ゼア・エニバディ・アウト・ゼア (誰かいるのか?)」 は、 前の曲 (SIDE 2 最後の 「グッバイ・クルエル・ワールド (あばよ残忍世界)」 で、 <この世界から出て行く> と宣言しながらやっぱり助けを求めている。 人は独りでは生きられないのだ。
 2曲目の 「誰かいるのか?」 は、悲痛な叫びだ。孤独は恐い。

 「ヘイ・ユー」 は、「おい、そこのヤツ、寒空にたたずみ一人ぼっちで年老いてゆくオレがわかるか?」 と問いかける。 そして助けを乞う。
 ロックスターが助けを乞うといえば、ジョンの 「ヘルプ」 だが、あそこまであからさまには表現しない。 しかし、「オレたちは力を合わせれば立っていられる、分裂したら共倒れするだけさ」 と言う。

 これはまるで、ビルの屋上でポールがジョンに対して呼び掛けた 「ゲット・バック」 ではないか! やはりウォーターズはギルモアの才能と力量を認めていたのだ。
 しかし、3曲目の 「ノウバディ・ホーム (誰も家にいない)」。 これはバレットのことを歌っているが、もう何度目だ!?
 バレットは立派な屋敷に住みながら、家の中はぐちゃぐちゃで機能していなかった気がする。 つまり、優れた能力を使いきれなかったのだ。 その事がウォターズはとても口惜しいのだ。

 「小さな黒い本にオレの詩がつまってる」 から始まり、部屋の中やバレットの様子が歌われる。 靴をゴムひもでをとめていたらしい。 ヘンドリックス・パ―マをかけて指にはニコチンの染み。 そして、「飛びたいという願望は強いが/飛ぶ先のあてが無い」 が哀しい。

 4曲目の 「ヴィ―ラ」 は、第2次世界大戦中にイギリス軍のアイドルだった 「ヴィ―ラ・リン」 のことだ。 1943年生まれのウォーターズがこの人の歌声を聴いていたかは不明だが、 調べると何と!キュ―ブリックの映画 『博士の異常な愛情』 のラストに使われていたのだ。 確かに 「いつかある晴れた日に再会しましょう」 と歌っている。 歌詞は明るく希望に満ちているが、歌声は 「リリ―・マルレ―ン」 のように物悲しい。

 この映画DVD も初めて観たけど、究極の狂気―ブラック・コメディだった。 是非とも観てください。 笑えるけど、ひきつった笑いだ。 キュ―バ危機の後に作られたこの映画は、強烈なインパクトがあったと思う。

 次の 「ブリング・ザ・ボ―イズ・バック・ホ―ム (少年たちを呼び戻せ)」 の大合唱は、 短いがウォーターズが最も大事な曲だと言っていた。 まさに反戦の叫びだ。 しかし、戦争に関するこの2曲は、アルバムテ―マとは直接つながっていないように思う。 テ―マはあくまで <壁> だ。

  ★

 このレコードは全体を通して聴くのは初めてなのだが、 1994年のライヴを収録したビデオテープ 『P・U・L・S・E』 とCD を持っているから、 ヒット曲としての 「コンフォタブリー・ナム」 は知っている。 ここで出てくるのか!

 まず、ウォーターズの医者がカウセリングをして、ギルモアの患者 (ピンク) をいい気分にさせる。 そして、注射を打ってピンクを元気にさせてショウを続けさせるのだが、それは覚醒剤ではないのか?
 どうも怪しいのだが、サウンドは聴く側もいい気分にさせてしまうから、どうでもいいのだ。

 この、SIDE 3 の 「ヘイ・ユー」 から始まり 「コンフォタブリー・ナム」 で終わる楽曲の流れが心地よかった。
 「コンフォタブリ―・ナム」 については、もっと詳しく次回に書きます。

 次回は最後のSIDE 4 です。

                                            (その18につづく)



                                  (2016年10月15日掲載/10月16日一部改訂)


 月1回更新の平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 をお届けします。 『ザ・ウォール』 を語る第2回目ですが、以前の連載で飛ばしてしまった 『原子心母』 B面の4曲についても触れていただきました。

  ピンク・フロイド 『If/もしも』 (You Tube より)

 レコードの溝  第31回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その16・『ザ・ウォール』 SIDE 2)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  (承前)

 この 『ザ・ウォール』 の主人公は、『トミー』 のように具体的な姿をしていないから万人に通じるパーツをもっている。 例えばマザコンなんて世界中にいるし、男はみんなマザコンと言い切る人さえいる。

 しかし、この主人公とウォーターズの生い立ちの距離が近すぎて、どうしても彼と重なるのは仕方ないが、 そのことがこの作品を重苦しいものにしているのも確かだ。
 それに、学校という組織はウォーターズが言うように保護者同様 <おせっかい> で、あれこれ口出しをする。

 しかし、ヒトが身体的武器、例えば鋭い爪や牙を持たず、本能を捨てて知性を得たことにより、ヒトは個体では生きていけなくなった。 その代わり地球上の支配者になれた。
 ヒトは、集団でしか生きていけないのだ。 すると、当然ルールが必要になる。 ルールを教える学校が要る。集団生活にはイジメがつきものだ。

 個性は否定され、群れから外されると死が待っている。
 つまり、ヒトには外敵はいないが内に敵がいることになる。 「みんなと上手くやらないと」ヤバいのだ。 ――赤ん坊が母親の乳房にむしゃぶり付くように、集団にいないと生きられないことをヒトは本能的に知っている。
 この本能だけは残ったのだ。 己の身を守るために。 ――しかし、2〜3人の友だちから町内会という組織でさえも揉める。

 その 「上手くやらないと」 というプレッシャーは、相当な重さで個人にのしかかるし、それがストレスになる。 子どもは、学校に入学した途端にそのストレスにさらされるのだ。 だから、シェルター (避難所) が必要だし、学校を休む勇気も必要だと思う。
 死ぬことはない。 逃げろ!

  ★

 この 『ザ・ウォール』 は、3つのプロジェクトが考えられた。 まずは2枚組レコード、それから映画。 そしてライヴで、ステージに壁を築くという大掛かりなものだ。
 私は、レンタルビデオで映画を観たが何とも言えない暗くてしんどい内容だった印象がある。 アニメが気持ち悪かったが、今観るとどうかな?

 SIDE 2は、「グッバイ・ブルー・スカイ (さらば青空)」 から始まる。 穏やかで美しい青空から爆弾が落ちてくる。 ――いや、落とされる。
 ウォーターズのテーマのひとつである戦争だ。
 母親の溺愛を受けた平和な時は終わる。 あまりにも短い平穏な時。 ――この、幼子の話し声で始まるアコースティックな曲は、『原子心母』 のB面の1曲目、ウォーターズの 「もしも」 を想起させた。

 そういえば、『原子心母』 のB面の4曲については書かなかったので、ここで書きます。
 『もしも』 は、シド・バレットと対話しているような内容で、 「もし僕がいいヤツだったら/友人同士の間の距離がわかっていただろうに…」 「そしてもし僕の気が狂っても/それでもゲームの仲間にいれてくれるかい?」 は、まさにバレットのことだ。

 しかし、ウォーターズという人は 「(バレット) ひとネタ」 で、よくもここまで作品ができるものだと感心する。 ウォーターズのアコースティックな曲は詞の内容はともかく美しくて繊細だ。 (「イフ (IF)」 といえば、1971年のブレッドの名曲を思い出す。 どちらもラヴソングだが、こちらは終末感が半端ない。)

 2曲目のライトの 「サマー’68」 は、とても美しく壮大な曲だが、歌詞の内容はロックスターの追っかけのグルーピーのことを歌っている。 有名バンドのメンバーにまとわりつく女の子は凄まじく、彼女らの目的は唯ひとつスターとのセックスだ。 そのためなら何でもする。

 それは、思春期の男の子が、女の子に持てたいがためにギターを始める衝動に似ているが、いざ、有名になったらプライバシーも無くなるのだ。 穏やかそうなライトがこの曲ではしつこく怒っている。 よほどひどい目にあったらしい。 そして、「サマー’68」は、2014年のフロイド最後のアルバムへとつながるのだ。

 この曲と 『ザ・ウォ―ル』 SIDE 2の3曲目 「ヤング・ラスト (若き欲望)」 は、同じようにグル―ピ―についてギルモアが歌っている。 彼も怒っている。
 そして、3曲目のギルモア作品の 「デブでよろよろの太陽」 を聴くと、フロイドのまったりしたコクのある、 浮遊感溢れる気だるいサウンドは、ギルモアの <発明> だと気付く。 このサウンドは、バレットもウォ―タ―ズも作れないからだ。

 4曲目の 「アランのサイケデリック・ブレックファスト」 は、やっつけ仕事に感じるが、サイケデリックは当時の流行だった。 ジミ・ヘンやクリ―ムがその代表格だと思うが、ジミ・ヘンは未だに存在がとてつもなく大きい。

 こうして、改めて1970年の 『原子心母』 を1979年の 『ザ・ウォ―ル』 の時点から聴き直すと、この間の進歩発展を感じる。 それは録音技術とかのハ―ド面ではなくて、フロイドのメンバーが精神面を掘り下げた結果に思えるからだ。 但し、メンバーの仲は悪くなり裁判沙汰までになるのだが…。

 このように、フロイドのアルバムは個別に存在するのでなく、それぞれどこかでつながっている。 こんなバンドは存在しない。まるで長編小説だ。 それは、ウォ―タ―ズのこだわりである戦争・学校・狂気、それに <バレットの影> だ。 これらをずっと引き摺って来たからこそアルバムの一貫性が生まれたのだと思う。

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 さて、この 『原子心母』 のレコードは以前書いたように、45年ぶりに再会したK先輩からもらいましたが、 そのレコードは二重にビニール袋に入った新品同様でした。 もちろんかの <ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!> のレコード帯も完璧です。
 何故なら、K先輩はロックには全然興味がないのに、私が無理矢理買わせたからですね。 今は無い、そのレコード店の名前もプリントしてありました。 (すみませんね。高いレコードを買わせて。)

 それに、懐旧談から分かったが、私がK先輩をロック喫茶ポパイにも連れて行ったらしく、薄暗い処だったと言っていた。 そういえば、何人か友だちをポパイに連れて行ったが、誰一人ロックに興味を示してくれなかったなぁ〜。
 私の洗脳作戦は失敗続きで、相変わらず当時は <孤独なロック小僧> でしたね。 話が合うのは、吉田拓郎や泉谷しげるや高田渡などのフォーク系かアイドル系だったので、私にはもの足らなかったのだ。

 K先輩の後に私の隣の部屋に入った、広島出身のFくんは、天地真理のファンでポスターを貼って、 マリちゃ〜ん!なんて叫んでるものだから、ケッ!ツェッペリンを聴け!なんて言っていた。 (ごめんねFくん。嗜好はそれぞれだよね。)

  ★

 さて、父親を戦争で亡くし母親に溺愛された彼は、映画によればピンクと名乗りロックスターとなる。 安易な命名だな。

 ピンクは、2曲目の不安な前奏から始まる 「エンプティ・スペーシズ (空間)」 で、「何を使ってこの空間を埋めようか?」 と焦り、 「どうやって壁を完成させたらいいんだ?」 と悩む。
 ピンクは現実逃避を図る。 そして、数少ないウォーターズとギルモアの共作 「ヤング・ラスト (若き欲望)」 のストレートなロックへとなだれ込む。
 「ダーティな女が欲しい/このロックンロール難民を引き受けてくれないか?」 と叫ぶ。 そして、曲の終わりにピンクは家に電話するが、様子が変だ。 どうも浮気してるみたいだ。

 そしてピンクは狂ってゆく。
 次の 「ワン・オブ・マイ・ターンズ (自分の番)」 は、ドアの閉まる音とともに呟くように歌う。 「毎日毎日愛は黒ずんでいく/死にゆく男の肌の色のよう」。 そして、途中から叫びながら部屋の中の物を壊しながら暴れまくる。

 これは、これまで幾多のロックスターたちが辿って来た破滅への道筋ではないか! (ここに薬物が加わると最悪だが、フロイドのメンバーは、バレットの薬物中毒を間近に見たので薬物には手を出さなかったらしい。 賢明だね。)
 ピンクは、今度は自分の番が来たことを知る。 破滅は近い。

 そして、奥さんに行かないでくれ!と哀願する。 「ドント・リーヴ・ミー・ナウ (出ていかないでくれ)」。 これは悲痛な叫びだ。

 しかし、ドンドンドンという音とともに壁は完成する。 「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール (パート3)」 「何も要らないと思う。結局みんな壁のレンガでしかなかった」 と言う。 完全な諦めだ。

 そして、7曲目、SIDE 2最後の曲、「グッバイ・クルエル・ワールド (あばよ残忍世界)」 は、現実が残忍世界だから俺は出て行く。 そして自分だけの世界に籠ると宣言する。
 果たして、ピンクはどうなるのでしょう?

 SIDE 3に続く。

                                            (その17につづく)



                                              (2016年9月16日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 より、ピンク・フロイド集中連載の第15回目です。 ようやく80年代が見えてきました。 79年発表の 『ザ・ウォール』 の巻です。
 11月には、ピンク・フロイドの27枚組の豪華ボックス・セット 『The Early Years 1965-1972』 が発売されます。

  ピンク・フロイド 『Another Brick In The Wall, Part Two/アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール パート2』 (You Tube より)

 レコードの溝  第30回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その15・『ザ・ウォール』 SIDE 1)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 秦の始皇帝の時代から、人は壁を作るのが好きらしい。 というよりも、目の前に壁を作ることで安心感を得られると思うらしい。 しかし、子どもの頃に親に叱られて押し入れなどに閉じ込められるのは嫌だったが、時として狭い所に入って安らぎを覚えた経験は誰にもあるだろう。

 ベルリンの壁崩壊以来、かなりの年月が経つが、またぞろ壁を作れ!と叫ぶ人が現れて驚いた。
 人間は不思議な生き物で、高い山に登った時の征服感や広大な大自然を見て感動する気持ちももっているのだが、眠る時は狭い部屋が落ち着くものだ。 それは、睡眠時の無防備の不安感かもしれない。

 広い部屋では眠れない。

 「壁」 には2つの意味がある。
 自分を <守る> のと、外部を <拒絶> するのとだ。 この2つは同じことのようだが、どちらか一方の意味合いが強い場合があるように思う。
 私が高校生までを過ごした田舎の実家は、旧家でやたらに広い日本間なので、仕切りは襖と障子だけだから、壁で仕切られた個室が欲しかった。 この場合は、自分のプライバシーを <守る> 壁だと思う。

 そして、サイモンとガーファンクルの 「アイ・アム・ア・ロック」 を聴いた時には、これは <拒絶> の歌で、オレのことだ!と思った。
 フォーク・ロック調で軽快に歌われるが、詞の内容は、 「壁を築こう。友情なんていらないし、愛なんか語るな。本や詩がぼくを守ってくれる。 ぼくは岩、ぼくは島。なぜなら岩は苦痛を感じないし、島は決して泣きはしないから」。

 これは完全に <拒絶> だ。 引きこもりの歌だ。 「岩は苦痛を感じない」 に痛く感銘を受けた。

 高校生になるまでに、私には乗り越えなければならない高い <壁> が2つあると強く意識していた。
 ひとつは封建的な父親であり、もうひとつは高い山に阻まれた田舎だ。 中学生の時に習ったカール・ブッセの詩が私の心情を明確に表していて、その一節がずっと心の奥底にあった。 例の 『山のあなた』 という落語のネタにもされた作品の 「山のあなたの空遠く/さいわひ住むと人のいふ」 だ。

 その 「さいわひ」 が何かは中学生には理解できなかったが、私には目の前に立ちはだかる高い山を越えれば何とかなると考えていた。 私にとっての 「さいわひ」 はひたすら 「自由」 だったからだ。
 それから幾星霜、齢60を越えると 「山のあなた」 に 「さいわひ」 は住んでいないと分かったが、「自由」 だけは手に入れた。 それでいいじゃないか。

 もうひとつの <壁> であった父親は亡くなったが、胃ガンの手術をし、手術後に集中治療室で一晩付き添った時に、 苦しさに喘ぐ父親を見て、何故かこれで対等になったように思った。 それでいいじゃないか。 その時、私は40を過ぎていた。

 しかし、今思うに、私は 「さいわひ」 を求めて旅立ったのではなく、封建的な父親や陰気な田舎から逃げたかっただけではないか?と思う。 ポジティブな意識よりもネガティブな脱出だったのかもしれない。 同じ行為でも意味合いが異なることもある。

 では、1977年から2年後に発表された2枚組大作 『ザ・ウォール』 について書いていきたいが、 『アニマルズ』 同様手こずったのは、4人共同で作った 『炎〜あなたがここにいてほしい』 のまったり感がなくなったからだ。
 だから、ウォーターズには申し訳ないが、この 『ザ・ウォール』 はほぼ買った時の状態のままで、 2枚組のレコードは新品同様であり、全体を通して聴いた記憶がない。 この度、初めて全部聴いて、ウォーターズのロック・オペラだと思った。

 ご存知のように、ロック・オペラはザ・フーのピート・タウンゼントが 『トミー』 で試みたロックの形式で、 テーマに沿ってたくさんの楽曲をつないで、映画のように流れて行く。
 ロック・オペラ?と、初めて聞いた時は、クラシック嫌いだったのでケッと思った。 何がオペラだ! 特にオペラなんて何を歌ってるのか分からないし、それが何でロックとつながるのか?と当時は疑問に思ったものだ。

 ザ・フーの 『トミー』 は、見えない聞こえない話せないの障がいをもつ少年が、 ピンボールの天才的な腕前で名を上げ、教祖に祭り上げられるが…というストーリーだ。 そのトミーの障がいの原因は、父親の戦死を知らされた母親が男と浮気?している現場を、 生還した父親が見付けて殺人を犯し、それを見たトミーは両親からお前は見ていないし、 聞いてもいないし、このことを誰にも話すなと厳命されたからという凄まじいものだ。

 このことは、ウォーターズが1歳の時に父親の戦死の報が届いたことと少し符号する。 この作品 『ザ・ウォール』 は、以前にも書いたウォーターズの3つのテーマ <戦争・学校・狂気> の集大成であり傑作だと思うが、 この頃メンバーの人間関係は壊れかけていて、ウォーターズ以外のメンバーたちはソロ活動を始めている。

 私は今のところレコードしか持ってないので、SIDE1 から分析してみようと思う。
 1曲目は、ロック・コンサートに熱狂するファンを皮肉った内容で、「イン・ザ・フレッシュ?」。 但し、このフレッシュは <新鮮> ではなく <肉> の flesh ですね。 「うつし身の姿を借りて」 と私の本 (肥田慶子/訳 『ピンク・フロイド詩集』) では訳してあります。 つまり、ウォーターズは 「君たちの見ているのは仮の姿なんだよ」 と言い、 「この冷酷な目の奥にあるものが覗きたいのなら/おまえの爪ではぎとれ、その隠れみのをはぎとれ」 と、ファンを煽る。 かなり激しいイントロダクションである。

 2曲目の 「ザ・シン・アイス (薄氷)」 から物語は始まる。 主人公はママやパパに愛されるが、薄氷の上で生活してるんだよ、という不吉で不安な人生が始まる。 そう、私たちは 「モダンライフという薄氷」 で生活している。 いつ氷が割れるか分からない。 ここまでは、ハード・ロックだ。

 ここからリズムが変わる。 そして3曲目の 「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール (壁のレンガ) パート1」 が始まる。 「パパは海をわたって飛んでった」 と父親の戦死が語られ、「結局ただの壁のレンガだった」 というアルバム全体のテーマが提示される。 レンガはトラウマのことなのだろうか? これはこの後も考えていくことにしよう。

 4曲目の 「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライヴズ (人生最良の日々)」 は、タイトルに反して学校での先生の仕打ちに対して手厳しく追求し罵る。 小さな声で早口でまくし立てるのは、ウォーターズは余程特定の教師に恨みがあるのかもしれない。

 そして、5曲目の 「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール パート2」 につながるのだが、ここまでの緩急の曲の流れは見事だ。 このパート2は、学校の生徒に2番を歌わせている。 「教育なんて要らない」 「思考の管理などされたくない」 「先生!僕たちをほっといてくれ!」 「結局ただの壁のレンガだった」 「結局あんたは壁のレンガのひとつでしかなかった」 と、子どもたちがディスコ・ビートに乗って合唱する。 (失礼しました。フロイドもディスコを採り入れていましたね。ディスコ恐るべし!) ギルモアのジャズ風のギターもいい。

 SIDE 1 のラスト6曲目は、「マザー」 だ。 ウォーターズのマザコンはつとに有名だが、それは父親の記憶の無い彼を母親が溺愛したせいもあるだろう。
 「マザー」 といえばジョン・レノンだが、ジョンの場合は両親に捨てられ、 やっと母親との関係が改善しかけた思春期に、交通事故で母親を亡くしたので、そのトラウマは相当なものだっただろう。 だから、ジョンの 「マザー」 は悲痛な叫びだ。

 その点、ウォーターズは問いかけ、相談し、甘えられる。 多少鬱陶しくてもね。 その 「マザー」 は、まず「母さん、ヤツら爆弾を落とすだろうか?」 という問いかけから始まり幾つか続く。 それに対して母親は答えない。 母親の言うことは全くズレている。
 母親は、一方的に自分の息子に対する想いを語るだけだ。 「ママはおまえに飛ばせはしない、歌は歌わせてあげようか」 は面白い。 やがて、主人公は彼女ができたので母親に相談する。 「ママがおまえのガールフレンドをみんな調べてあげる」 と言う。 実際に居そうな 「マザー」 ではあるが、息子は大変だなぁ〜。 やっぱりこんな母親は鬱陶しい。

 さて、ここまでで一体レンガとは何なんだろう? 何を表しているのか?
 父親の戦死がトラウマなら、その後学校でもトラウマは積み上がっただろう。 でも、父親も先生もただのレンガだということは、所詮組織の1人に過ぎないということか? いくら偉そうにしていても、壁のレンガのひとつだよ、ということかな。 まあ、そうですけどね。

 しかし、「マザー」 では、「ママが壁を建てるのを手伝ってあげる」 と言うし、 ラストでは、「母さん、こんなに壁を高くしなければならなかったの?」 と問いかけて SIDE 1は終わる。
 母親がトラウマを積み上げる手伝いをするとは考えにくいので、私はこの場合のレンガは 「自我」 や 「自尊心」 ではないかと思う。 「アイ・アム・ア・ロック」 のように、その壁で自分を守るのです。 そうでないと社会の中で生きていけませんからね。

 ただ、ウォーターズの場合は、自尊心を積み上げすぎて気難しい人間になってしまったかもしれませんけどね。 (ウォーターズさん、ごめんなさい。)

 今回はここまでにします。 次回は SIDE 2 からです。

                                            (その16につづく)



                                                    (2016年8月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 をお届けします。 ピンク・フロイド集中連載の第13回目です。
 折しも 「音楽に政治を持ちこむな」 とかいう すっとこどっこいの声が巻き起こる中、「音楽に政治を持ちこんだ」 77年発表の 『アニマルズ』 の分析を行っていただきました。

  ピンク・フロイド 『Sheep/シープ』 (You Tube より)

 次回は2016年8月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第29回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その14・『アニマルズ』の分析 (やっぱりします))

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 『アニマルズ』 に出て来る動物は、豚と犬と羊で、豚には3タイプがある。 そして、最初と最後に <翼を持った豚> が出て来るのだが、フォーク調で歌われるこの <空飛ぶ豚> とは何ぞや? と悩んでいるうちに分析するのが嫌になったのです。 (と、まずは言い訳しておきます。)

 それに、発売当初から言われている、豚は資本家で犬はホワイトカラーのビジネスマンで羊は労働者という陳腐な表現を、 何故直喩を嫌うウォーターズが使ったのか?という疑問がずうっと私の心に引っ掛かっていたのです。

 それはイギリス人の中にある階級意識からくる <瘡蓋 (かさぶた)> だと思うのです。
 差別という傷は治らないが、時々忘れる。でも、瘡蓋は取れないし見える。 それは日本人には理解しにくいと思われている意識で、 上流階級 (王室・貴族・地主・資産家)、中流階級 (大卒のインテリ)、労働者階級 (義務教育卒のブルーカラー) と、 イギリスは明確に階級社会なのです。
 ここに、産業革命により誕生した資本家が加わり、各階級を財力で自由に行き来して複雑に絡みます。 それは、 アルバムジャケットの発電所 が暗示しています。 それを、上流階級の <空飛ぶ豚> が見下ろしているのです。

 この3つの階級は、英語のアクセント、服装、読む新聞などが異なり、お互いの階級の交流は殆どないのです。 つまり、見えない <壁> があり、(逆にいえば、とても分かりやすい) 見た目とアクセントですぐにどの階級か分かるのです。
 それは明確な < 区別> で、差別というレベルではないということでしょう。 だから、シャーロック・ホームズの推理法もその階級社会が起因している場合が多いのも理解できる。

 アガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ物で、貴族が自分の邸宅で正装で食事してるのを見て、いつも違和感があった。 でも、それが現実らしい。 日本人から見ればアホらしいが、それがイギリスの上流階級の生活様式で、だから庶民の皮肉やからかいの対象にもなるのだ。

 イギリス人の屈折したお笑いのセンスはそこから来ている。 (『Mr.ビーン』 とか) それは、財力=権力と単純に繋がるアメリカとは違うからだ。 幼少期からそういう差別を経験すると、陰影のあるブリティッシュ・ロックと、突き抜けたアメリカン・ロックの違いとなるのも理解できる。 (勿論、どの国にも差別は存在するのだが…。)

 イギリスのロック・ミュージシャンが、サーの称号を授けられたとか聞くと、大金と名声を得ようが階級は永久に変わらないんだと痛感するのだが、 いつも当のロック・ミュージシャンは授与を本気で喜んでいるのか?と考えてしまう。 (ロックは他の文化とは違うよな。カウンター・カルチャーだよ。だから拒否しろよ!と思ってしまうのですよ。) それとも、やっぱり嬉しいのかな?

 この、階級社会の微妙な意識を表した、多分ウォーターズの作詞と思われる一節がある。 それは、かの 『エコーズ』 に、「見知らぬ人々の行き交う通りでは/偶然に二つの階級が出くわして/オレは生まれかわり、本当の自分を目にする」 とある。
 <本当の自分> とは、階級社会を越えた人間のことではないのか? まさか、サーの称号授与ではないだろう。 ウォーターズに限っては。(彼の母親は共産党員だった。)

 『アニマルズ』 では、鳥獣戯画のようにそれぞれの動物たちの姿を描く。 ただ、犬だけには「クレージーになれ、もっと貪欲になるんだ!」と発破をかける。 だが、唯一の希望の綱の犬も、権力 (者) に繋がれている番犬に過ぎないという <諦め> がパンクロックとの違いだ。 ――ある意味年老いたともいえる。――

 1曲目と5曲目に、アコースティック・ギターで穏やかに歌われる 「翼を持った豚」 だが、その内容は謎に満ちていて、まるで爆撃機に怯える人々みたいだ。
 結局は上流階級の人たちが、<自分たちは空を飛べるほどの力を持ってる> と誇示しても、 所詮はただの豚じゃないか!とでも言いたいのかな?と思ったり、(考え過ぎですね。) 単純に権力者または国家権力を表してるのかな?と思ったりした。

 重要なのは2曲目の 「ドッグ」 だ。
 先に述べたようにやたらと発破をかけるウォーターズ。 内容はおそらく中流のインテリ層を指しているのだが、どの階級と決め付けるよりは、 「どの階級にも存在する、社会の矛盾に気付いているが行動しない (またはできない) 人たち」 ではないかと思う。 (サイレント・マジョリティは、権力者の都合の良い解釈で、自分たちを支持してくれている <行動しない多数派> だが、「ドッグ」 は違う。 吠える! 〜あ、「ドッグ」 とはパンクロッカーのことではないかと、今思った!)

 彼らには、自分たちが権力者に繋がれている自覚もある。 <立ち上がって闘え!> と煽るウォーターズ。 しかし一人では何もできない。
 曲のラストは、『狂気』 の 「狂気日食」 で使った同じメロディで短いフレーズを畳み掛けるパターン。 その中で、「ファンに唾するなと訓練されたのは誰だ」 とはウォーターズ自身のことで、彼はまるでパンクロッカーまがいのことをしていたのだ。

 この 「ドッグ」 は、ウォーターズがサイレント・マジョリティをも含む人たちに向けた最大の <アジテーション> だと思う。 このアルバムで唯一ギルモアと共作したこの曲では、ギルモアも激しく弾きまくる。
 (う〜む、しかしいくら犬に吠えられても鎖に繋がれている限りは、権力者にとっては痛くも痒くもないしなぁ…。 それが歯がゆい。) 鎖を切れ!とまではウォーターズも言ってないしなぁ〜。 悩ましいところですね。

 鎖に繋がれていることすら気付かない人も多い。 羊たちだ。 彼らは柵の中の (与えられた) 自由に満足している。 そして、ウメェ〜ウメェ〜と草を食む。 その草は芸能ゴシップとバラエティとギャンブルだ。美味しく味付けしてある。

 しかし、日本のマスコミの現状は、政府に対して噛み付くどころか吠えることすらしない。 鎖に繋がれていても噛み付くことはできる。 まず吠えろ! 鎖を切れとは言わない。 権力にすり寄るな! 情けないだろう? キューンキューンと鼻を鳴らすな。 閉鎖的な記者クラブ。 それとも、とっくに飼い慣らされたか?

 さる公共放送よ。 私は受信料を支払っている。 どんな権力だって腐るのだ。 驕るのだ。 だから批判を許さない権力は疑え! 歴史上国民にベストだった公権力はない。 ベターを繰り返すしかない。 批判を受け止めて改善していくより方法はないのだ。
 それが人類が築き上げて来た民主主義ではないのか? 数の論理で押し切るのは批判を恐れるからだ。 批判に耐えられない人は政治家を辞めなさい! (失礼しました。少し感情的になりました。) でも、本当に日本の民主主義は危ない状況です。

 首相会見は、手を挙げてないマスコミを政府側が指名して、予め準備された答弁を首相が読み上げているだけなのです。 これを外国人記者は <歌舞伎> と皮肉っています。 完全にヤラセですね。 その他のマスコミがいくら手を挙げても指名されません。 これが現状です。

 3曲目は、「ピッグ (3種類のタイプ)」 で、これは分かりやすい。 資本家と警察官と政治家だと思う。 この豚たちと <空飛ぶ豚> との違いが分からずに悩んでいたのだが、 中流階級や労働者階級からこの3つの地位や職に就ける可能性はあっても、やはり上流階級には絶対になれないのだ。 それは家系から来ているからだ。

 そういう意味でも、上流階級はやはり空に浮かんで地上を見下ろしているのです。 (そういえば、どこかの政治家が 「下々のみなさん」と呼び掛けて顰蹙を買ったことがありましたよねぇ〜。 それが彼の本音なのですよ。) そういう意識が <空飛ぶ豚> で、時には国家と一体となり戦争を始めることもある。 牙の生えた恐ろしい豚になるのだ。

 そして、4曲目が 「シープ」。 私たち庶民のことだ。おとなしく従順に、言われた通りにカツレツになるのを待っている。 ――私は、仕事を辞めてから朝のニュース番組を見ることも多くなったが、それは新聞記事の羅列でどこの局も同じだった。 局独自の取材は無いに等しい。 なるほど、こうして同じ草を食べさせて洗脳するのだ。――

 このことは、子どもの頃に母親に言われ続けた言葉を思い出す。 それは、「人に迷惑をかけるな!」 で、その意味を幼心に <おとなしく従順にしていればいいのだろう> と解釈したのだ。
 亡き母親には感謝しているが、従順であることと迷惑をかけないこととは異なると思う。 それは幼い頃からの躾にもよるが、おかしいと思ったことは口にすべきだ、と今は思う。 それが、戦争の抑止力なのです。 本当に恐いのは、上からの圧力よりも、「揉めたくない」 という自主規制だと思いますからね。

 そして、最後はまた 「翼を持った豚・パートU」で静かに終わる。 気になるのは、「シープ」のところで、「ニュースを聞いたか?/犬たちが死んだ」 で、やっぱり逆らったら殺されるのだと思った。
 「パナマ文書」 をリークした人は、多数のメディアに流して多人数の記者で分析すれは消される (殺される) ことはないだろう?と、考えたそうだ。 巨額の資金を持つ人たちは、平気でそのくらいのことはするだろう。

 こうして、ウォーターズの考えた一大絵巻(残念ながら、私には少し平板に思えるのですが…。) は終わり、次へと続くのです。

 アメリカでは、イーグルスが <たそがれ> を歌い、イギリスではパンクロックが社会に風穴を開け、 トラボルタが鬱積を抱えながらもディスコで踊っていた1977年〜。
 フロイドは、階級社会を俯瞰していた。 そして、その目はやがて <壁> を見据えることになるのだ。

                                            (その15につづく)



                                          (2016年7月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 です。
 前回につづいて、ピンク・フロイドの1977年発表作 『アニマルズ』 を語っていただきました。 より正確には同アルバムの語りにくさ、そして 『サタデー・ナイト・フィーバー』 再発見の記というべきかもしれません。

 ビージーズ 『Stayin’ Alive/ステイン・アライヴ』 (You Tube より)

 次回は2016年7月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第28回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その13・『アニマルズ』 ―ロックの1977年とフロイド―)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 どうにも、中々 『アニマルズ』 に筆が向かわなくて困っている。 これは、未だに私の中での 『アニマルズ』 の評価が定まらないのと、このアルバム発売当時の1977年のロックと関わりがあると思う。

 その頃、前年の暮れに出たイーグルスの 『ホテル・カリフォルニア』 の表題曲の一節 「1969年からというものスピリットは一切置いてありません」 の意味を噛み締めていた。
 気だるく、哀愁を帯びたサウンドと謎めいた歌詞は黄昏を感じさせ、一つの時代の終わりを暗示ではなく明示していた。 それは、カリフォルニアという夢の終わりでもあり、ヒッピー文化の終わりでもあり、ウエストコーストサウンドの終わりでもあった。 ベトナム戦争の影もちらつく。とにかく <たそがれ> ていた。

 1969年の1月30日に、ビートルズはかのルーフトップ・セッション (屋上ライヴ) を行う。 これが4人揃っての最後のライヴとなる。 そして、8月には 「ウッドストック・フェスティバル」 が開かれるが、12月の 「オルタモント」 では死者が出てしまう。
 <ウッドストック幻想> はあえなくついえた。 この1年はロックの世代交代及び転換点だった。

 そして、1970年ビートルズ解散。 ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン死去。 71年ジム・モリソン、デュアン・オールマン死去と続く喪失感。 そこから、レッド・ツェッペリンとかディープ・パープルなどのハードロックバンドや、 フォーク系のシンガー・ソングライターたちか活躍し、ロックは生き延びて来た。

 しかし、巨大になり過ぎた音楽産業は、ロック・スピリットを失ってしまった。
 イーグルスは自らのそんな姿もこの歌詞に込めたのだと思う。 でも、ホテルからは出られない。それは資本主義社会だから…。 その中で歌い踊るしかないのだ。

 そして、1970年代も半ばを過ぎた77年。 私は就職して4年過ぎて20代半ばを越えていた。 何とか働いていた。 焦りや苛立ちや矛盾や怒りを抱えながらも。

 当時、同じ安アパートに住んでいた、ペンキ職人の兄ちゃんとはハードロックで盛り上がっていたが、 映画 『サタデー・ナイト・フィーバー』 を観た途端に彼はディスコ通いを始めた。
 私はケッと思ったが、今回DVDを借りて初めて映画を観てみた。 すると、主人公のジョン・トラボルタはペンキ屋の店員で、鬱積した気持ちをディスコで晴らす青春 <成長> 映画だった。

 そして、下町のブルックリンとハイソなマンハッタンとを結ぶ橋が象徴する格差社会や人種対立、仲間との友情やもめ事、 それに家族の問題と、ただのダンス映画ではなかったのだ。
 名高いダンスシーンよりも、ドラマの方が印象に残った。 トラボルタの一家の誇りだった牧師の兄がいきなり辞めて帰って来る場面は、アンチキリストだった。 神は悩める友だちも救ってくれない。

 ペンキ職人の彼が入れ込んだのも理解できたし、鬱屈したものは私も彼も抱えていたのだ。

 それに、当時は <30越えたらロックは卒業> なんて風潮もあって、 ローリング・ストーンズは何歳まで転がり続けるんだ?なんて話もあり、私も30ぐらいになるとカラオケで演歌でも歌うのかなぁ〜なんて日和ったものだ。

 映画 『サタデー・ナイト・フィーバー』 の冒頭で、ビージーズが歌う 「ステイン・アライヴ (どっこい生きてる) と訳したい」 は、 「いろいろあるけど生きて行こうよ!」 というメッセージソングだったのだ。 (余談だが、この後のパチンコのフィーバー・ブームで私は大金を失うことになるのだが…。)
 映画は40年経って、さすがに映像は古くさくなっていたが、その内容は今でも有効で、ビージーズの音楽は今でも輝いていた。

 この頃、イギリスではパンクの嵐が吹き荒れ、アメリカではディスコが氾濫したのだ。 しかし、ロック小僧?の私には <行き場> がなかった。ビリー・ジョエルの 『ストレンジャー』 や、フリートウッド・マックの 『噂』 を聴いていた。 どちらも、ソフトでオシャレなロックだった。
 <これで良いのか?>

 こんなロックの1977年に 『アニマルズ』 は発売された。 フロイドと同じ年にデビューしたビージーズは当初は繊細なメロディでヒット曲連発だったが、暫く低迷していてディスコサウンドで再ブレイクした。
 まさか、フロイドがディスコサウンドとはいかず、(ストーンズはディスコに行ったが。) パンク・フロイドに行ったのが 『アニマルズ』 ではないかと結論付けたのです。

 そして、この 『アニマルズ』 と 『ザ・ウォール』 と 『ファイナル・カット』 は、ピンク・ウォーターズの3部作なのです。 つまりは、フロイドの実権を握ったウォーターズの作品群で、 この3枚で彼はフロイドに区切りをつけようとしましたが、どっこいそうはならなかったということです。

 ところで、パンクロックと 『アニマルズ』 の共通点は、資本家や権力者に対する怒りだが、 さすがに大人のフロイドは、その怒りが最後は自分たちに戻ることを知っている。 それは、イーグルス同様に所詮は資本主義社会内で生きてゆくしかないのだという <諦め> みたいにも思う。 そのもがきを歌にするのだ。

 アルバムジャケットまで手掛けたウォーターズの <手柄> は、「空飛ぶ豚」 だけではないが、 この 「空飛ぶ豚」 が後年のフロイドのライヴでは、結構インパクトのある象徴となるのだ。

 今回は、歌詞やサウンドの分析はやめました。 ウォーターズの怒りの歌詞を読み、珍しく弾きまくるギルモアのギターを聴いてください。 彼らも怒り苛立っていた。 この年もロックの変わり目だったのですよ。
 やがて、最低の80年代となる。

 1977年の時点でも今現在でも、私の中では 『アニマルズ』 は、(残念ながら) 当時の1枚としての存在以上にはならなかった。 傑作は中々作れないものだ。

                                            (その14につづく)



                                          (2016年6月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 をお届けします。 パンク・ロックの台頭をリアルタイムで受け取った一音楽ファンの実感がこもった文章です。 パンクという劇薬の受容を探ることでみえてくるピンク・フロイドの立ち位置とは。 現在の日本の社会状況も召喚されます。 ちなみに ジョン・ライドンの自伝の翻訳 が出たばかり。

 ピンク・フロイド 『Dogs/ドッグ』 (You Tube より)

 セックス・ピストルズ 『Holidays In The Sun /さらばベルリンの陽』 (You Tube より)

 次回は2016年6月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第27回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その12・『アニマルズ』 ―パンクの衝撃とフロイド―)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 1977年のロックはヘタっていた。
 そして、ディスコブームやAOR (アダルト・オリエンテッド・ロック → つまり、ソフトなロック) とかで、 ロック・スピリットは何処へ行ったのだ!?と、私は怒り苛立っていたのだ。
 そこへ、<怒りの爆弾> が突如投下されて驚いてしまった。 それは、まずパンクファッションから入って来た。
 そして、セックス・ピストルズの2曲のシングルが決定的だった。 『こいつら、本気で怒ってる!』 とストレートに感じた。

 実は、こいつらには少しびびった。 街のチンピラかヤンキーみたいだったからだ。 しかし、『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』 は、「女王は人間じゃねぇ〜!」 と歌っている。 こんなの歌ったら殺されるだろうと思ったら、やっぱり襲撃されていた。 ただのヤンキーではなかった。

 当然、彼らの怒りには理由があり、その社会的背景もある。
 1976〜77年当時のイギリスは、景気の悪化でストライキが慢性化して、若者たちは働く場所もなく犯罪が増加していた。 その原因は、私たちが子どもの頃 「ゆりかごから墓場まで」 と教わったイギリスの社会保障制度だ。 その財源を賄うための産業国有化で社会主義化して、国際競争力が低下していったのだ。 結果景気の悪化を招いた。

 ブラックジョークみたいだが、墓掘り人までストライキをして、死体を海に棄てたとか…。 その当時、イギリスのミュージシャンたちは所得税が高いのでアメリカに逃げたとか聞いたように思う。

 「歌は世につれ、世は歌につれ」 と言われるが、世情に沿って歌は作られるが、歌が世の中に影響を及ぼすことは稀だ。 もちろん、パンクもこういう世の中を背景として出現したのだが、パンクファッションやパンクサウンドは今現在でも形を変えて残っている。 ファッション自体が <自己主張> したのは久し振りのことだった。
 しかし、最も大切なことは <パンク・スピリット> だ。

 パンク・スピリットとはいたって単純で、それは <怒り> である。 社会の理不尽や矛盾に対しての怒りの表明だ。 もちろん、それはロックでなくても有効だ。
 例えば、『保育園落ちた日本死ね!!!』 はパンクだ。 この一文に対してどう反応するか?で、その人の感性と今現在の生活状況が判明する。

 権力者は、その匿名性に脅え、権力をもたない人はその匿名性に共感し同調する。

 プレスリーは、公序良俗の 「良俗」 を壊して、腰をグラインドさせるのが卑猥と言われた。 権力側・体制側が許すのはここまでだ。 公序=秩序まで踏み込んで来たら叩き潰しにかかる。 それは、自分たちが危ないからだ。 どんな体制だろうと批判されるのを喜ぶ権力者はいない。

 それを、真正面から公序良俗を壊しにかかったのがセックス・ピストルズだから、社会現象になってしまった。 これには、権力者だけでなく一般庶民をも怒らせた。 いわば、世間から隠されたものや穢い物を聴衆の面前に並べたのだから。

 実は、これを仕掛けたのは腹黒くて悪賢いマネージャーだったのだが、マネージャーというのは、金の臭いに敏感だ。
 例えば、ビートルズのマネージャーは、行儀の悪いメンバーにスーツを着せて直角にお辞儀をする約束を押し付けて成功したし、 ローリング・ストーンズのマネージャーは、ちょいワルのイメージをメンバーに求めた。

 しかし、セックス・ピストルズのメンバーは、正真正銘のヤンキーだった。
 万引き犯のギタリストに、途中から入った満足にべースも弾けない麻薬中毒のアンチャン (シド・ヴィシャス → 若くして死に、ロックアイコンとなる)。 それに、いかにもワルの顔付きのドラマーと、眼を剥き出して叫ぶヴォーカリスト (ジョニー・ロットン、本名ジョン・ライドン。こいつにはぶっ飛んだ!)

 だが、所詮ロックは資本主義のあだ花・鬼っ子だと思う。 金儲けが絡むエンターテインメントなのだ。 資本主義の中で暴れまわって大金を稼ぐのだ。 しかし、時としてあちこちに対して牙を剥く! それも魅力なのだ。

 今回は、フロイドから離れたようだが、1977年の 『アニマルズ』 と、ピストルズ唯一のアルバム 『勝手にしやがれ!!』 に共通点を見付けたのと、 パンクロックがその後のロックに与えた影響を、どうしても述べたかったのです。

 その共通点とは、社会や政治体制に対する疑問で、ピストルズは直接的に表現したが、フロイドは例によって持って回った表現をする。 しかし、今回の 『アニマルズ』 は結構直接的表現で、それが逆に不評を買うことになってしまった。

 ここで、フロイドと比較する訳ではないが、ピストルズ唯一のアルバム 『勝手にしやがれ!!』 で、彼らが何を言いたかったのか歌詞を読んでみたいと思う。

 端的に謂えば、ピストルズはこの12曲の分厚いサウンドと鋭い歌詞によって既に完成・完結してしまったのだ。 クラッシュのように発展・変化してゆくバンドではなく、この1枚で燃え尽き潔く消えて行った。

 1曲目の 「さらばベルリンの陽」 が最も重要な曲で、ベルリンに行った時に作ったそうで、「ベルリンの壁を越えてやるぜ」 と後半は早口でまくし立てる。 壁は作った方も作られた方も閉じ込められるということだ。 (イスラエルの壁しかり。)
 後は、「堕胎」 「無感情」 「ウソつき」 「アンチ女王様万歳!」 「問題だらけのお前」 「俺はなまけもの」 「アナキストと反キリスト」 「服従」 「俺たち空っぽなのさ」 など、単なる怒りだけではない。 そして、ラストの曲は、自分たちとトラブった巨大なレコード会社 「E.M.I.」 を激しく攻撃する。 (もちろん、フロイドもE. M. I.に所属していた。)
 これらは、これまでに、ロックが採り挙げなかったような内容ばかりだった。 それが衝撃的だったのだ。

 当時、パンクキッズの標的にされたフロイドだが、それはピストルズのメンバーがフロイドのTシャツに、 「I HATE (嫌いだ。―憎むに近い。)」 と書いたことから来ている。
 つまり、当時最も売れていて、そのコンセプトアルバム作りや、大袈裟なステージ、それに凝ったアルバムジャケット。 それらに対するアンチテーゼとしての短い曲に、安っぽいアルバムジャケットと、<仮想敵> として最適だったのだと思う。

 それほど、フロイドは 『狂気』 と 『炎〜あなたがここにいてほしい』 で、体制側になぞらえられるほど巨大化していた。

 この、1977年のアンチ巨大商業化ロックとしてのパンク出現により、それまで外向きに、社会や政治に対して向いていた部分が、 初めて <ロックとは何か?> と内向きにもベクトルを変えた意義は大きいと思う。 外部からの攻撃には備えていた既製ロックは、パンクの攻撃には少なからずたじろいだと思う。

 そして、結果的にはそのことがロックの延命に繋がるのは皮肉といえば皮肉だ。 ある意味、既製ロックに活!を入れたともいえる。
 しかし、ピストルズは 『日本死ね!!!』 同様 <劇薬> でもある。 『日本死ね!!!』 もパンクと同じように内側からの攻撃だから、<取扱注意!>

                                            (その13につづく)



                                          (2016年5月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 の最新回です。 ピンク・フロイド集中連載は、75年のアルバム 『炎〜あなたがここにいてほしい』 まで辿りつきました。 平位さんの本欄を執筆するごとに膨らむピンク・フロイドへの思いにふれてください。

 ピンク・フロイド 『Wish You were Here /あなたがここにいてほしい』 (You Tube より)

 次回は2016年5月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第26回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その11・『炎〜あなたがここにいてほしい』)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 当初、フロイドについて書き始めた時は、3回ぐらいで終わるつもりだったし、終わるだろうと思っていた。 しかし、ここまで私の深層心理に深く食い込んでいるとは自分自身でも全く自覚していなかった。
 例えば、サンタナやクラプトンなどもデビュー当時からずっと聴いているが、音楽の <質> が異なるのか、 喜怒哀楽までは到達してもそれ以上深まることはない。 (唯一、ボブ・ディランの詩の凄さに感嘆はしても…。)

 そもそも音楽の目的は喜怒哀楽の表現なので、それで充分目的は達成していることになるし、 その対価として私たちは彼らミュージシャンに支払いをする。 しかし、フロイドのサウンドは喜怒哀楽を超えて心の奥深くまで浸透するのだ。 これは、<発明> ではないかと思う。 こんな音楽は無かった。

 だから、このフロイドシリーズを書いているうちに、 これは、『ピンク・フロイドのサウンドが人間の深層心理に及ぼす影響についての超長期的実験結果』 というレポートになるのではないか と思うようになった。 (このまま学生時代に戻れるならば 「卒論」 にしますけれどね。)

  ★

 この 『炎〜』 というアルバムは不思議な1枚で、発売と同時 (1975年) に買ったと思うのだが、 ずっと昔から手元にあるように思えたり、ほんのきのう買ったように思えたりする存在なのだ。 つまりは時空を越えているということだが、『原子心母』 のようなずっしりとした存在感も 『狂気』 のような強烈さもない。 ただただそこに静かに佇んでいるという感じだ。
 思うにこれは、シド・バレットに対する <鎮魂曲> (レクイエム) だからだ。
 バレットは、この時存命で、「クレイジー・ダイアモンド」 製作中のスタジオに変わり果てた姿で現れたという伝説のような逸話がある。

 「クレイジー・ダイアモンド」 という曲は、優れた才能をもちながらも、それをバンドで充分発揮することなく、 統合失調症と薬物中毒でバンドを辞めざるを得なくなった畏友に対するリスペクトと、 そうせざるを得なかった自分たちへの悔しさ、それにバレットに対する申し訳なさのような後ろめたさなどがない交ぜになって、 4人の痛々しい気持ちがこちらに伝わってくる名曲だ。

 極端に言えば、このアルバムは 「クレイジー・ダイアモンド」 と 「あなたがここにいてほしい」 の2曲だけで充分な作品だと思う。 フロイド史上最もゆっくりしたテンポで始まる 「クレイジー・ダイアモンド」 は、 モーツァルトのレクイエムの 「ラクリモサ」 を彷彿とさせる哀しみをもっている。 (少し大げさかな?…モーツァルトにもハマりました。)

  ★

 このアルバムは、「クレイジー・ダイアモンド」 の1部と2部が中の3曲を包む形で構成されている。 つまり、バレットが卵の殻のように全体を覆っているのだ。
 「クレイジー・ダイアモンド」 は、メイスン以外の3人の共作になっているが、 作詞はウォーターズ担当なので、「鋼鉄の風に吹かれている」 で、バレットの心情が理解できてしまうのは、ウォーターズの才能の凄さだと思う。

 バレットは、自分に対する賛辞や称賛をエネルギーに変換する <装置> を心の中に持てなかった。 それが病気のせいか薬物のせいか、元々の性質なのかは分からないが、 とにかく彼はステージで動かなかったり、何を言ってるのか分からなかったりと、奇妙な行動をとり始める。 それが、この 「鋼鉄の風に吹かれている」 で表現されている。

 バレットは、若い頃からその容貌や才能で際立っていて、嫉妬の対象になるような存在だっただけに、周囲はその変貌ぶりに驚き戸惑ったことだろう。 「クレイジー・ダイアモンド」 の長い長いイントロからヴォーカルに入った途端に入る笑い声はバレットの声に聴こえるし、 『狂気』 の初めにも笑い声が入っていた。 さらに、「月を求めて泣いた」 などは明らかに 『狂気』 だ。
 だから、『狂気』 と 『炎〜』 は緊張と緩和の 「対」 をなす作品だといえる。 この時期が、バンドとしてまとまっていた最高潮だと4人も言っていた。 (DVD 『ピンク・フロイド&シド・バレット・ストーリー完全版』 を手に入れて4人のインタビューを聴きました。)

  ★

 2曲目の 「ようこそマシーンへ」 は、機械化や管理強化されてゆく現代社会を皮肉る、ウォーターズの得意分野の作品だ。 ウォーターズの作詞には学校・戦争・狂気の3つの分野があるとライトが語っていた。

 話は飛躍するが、この曲から1982年の映画 『ブレードランナー』 を思い浮かべてしまった。 あのヴァンゲリスのシンセのもの悲しいサウンドと、どこかつながるし、映画の時代設定は2019年だし、何よりも哀しい運命のレプリカントたち…。 それは、私たちの未来を暗示しているようにも思える…。
 何やらキナ臭くて閉塞感を感じるこの頃。 戦後70年間、積み上げた大切なものが壊されてゆく気がするのは私だけ?

 そして、次の 「葉巻はいかが」 は、完全に自分たちを茶化している。 「葉巻」 を成功とみなし、自分たちの成功を 「甘い金稼ぎ」 ゲームだと嘲笑する。
 しかし、その成功と裏腹にバンドの一体感は失われていく。 レコードを包んでいた黒い不透過シュリンク・ラップ (これを破らないとレコードを取り出せない。) に貼られていた鋼鉄の手が握手しているステッカーは、バンドの人間関係を表していたのか?と今は勘繰ってしまう。 (歳を取ってから分かることも多々あるのですよ。長生きしてください、若者よ!)

 4曲目の、もうひとつの名曲 「あなたがここにいてほしい」 の 「あなた」 は、感情のことか?感性のことか? マシーンに成り下がってしまった人間が感情を取り戻そうとしている楽曲だと、今回じっくりこのアルバムの <言葉の流れ> を読み込んでそう思った。

 そして重要な言葉を見付けた。
 (two) lost souls→「オレたち二人は当てもなく」 とさらりと訳してあったが、「lost souls」 とは英語辞典によれば何と!「地獄に落ちた霊魂」 とある。 その後に続く言葉によって 「当てもなく」 と訳す方が和訳としては意味が通りやすいのは確かだが、やはり 「あなた」 は 「soul」 を指していると思う。

 そして、この後に続く 「吹けよ風呼べよ嵐」 に似た荒涼としたジャズ、フュージョン風の演奏から 「クレイジー・ダイアモンド (第2部)」 へと雪崩れ込み、 それで終了しない。ジャズのアドリブ風へと続く。
 「言葉」 と 「サウンド」 のバランスのとれた作品となり、ライトのシンセが締めくくるが、また最初に戻り、<永遠のループ> を形作る。
 かくして、シド・バレットは永遠に輝いているのです。 狂った空で…。

                                            (その12につづく)



                                          (2016年4月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 より、ピンク・フロイド集中連載の第10回目です。 前回につづいて、アルバム 『狂気』 を取り上げます。 各収録曲についての考察です。

 ピンク・フロイド 『Us and Them/アス・アンド・ゼム』 (You Tube より)

 次回は2016年4月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第25回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その10・続 『狂気』)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  (承前)

 では、各楽曲について書いてみます。
 しかし、この作品は組曲みたいにつながっているのです。 特に1曲目から3曲目までは少し凝った構成になっています。

 まずは、その流れを説明します。
 1.(a) 「スピーク・トゥ・ミー」 (1分15秒のSE) 〜 (b) 「生命の息吹き」 (1番と2番) 〜 2.「走り回って」 (SE ) ―― 最後の爆発音から時計の音へ ―― 3.「タイム」 〜 「ブリーズ」(「生命の息吹き」 の3番。)
 要するに、「生命の息吹き」の2番と3番の間にSEと 「タイム」 を入れただけなのだが、 その流れが自然なので、この14分39秒の流れは <お見事!> というしかない。

 フェイド・イン (次第にはっきりする) をやり始めたのは 『原子心母』 からだと思うが、 そのルーツは、1964年ビートルズの 『エイト・デイズ・ア・ウィーク』 (私は、「一週間に十日来い」 と勝手に訳してた。) だと思う。 この手法はフロイドの場合、長尺曲に多用された。

 この前半と、後半の6曲目 「アス・アンド・ゼム」 からラストに至る16分19秒の流れは圧巻だ。

 ―― 1曲目 (b) 「生命の息吹き」 は、1番、2番、3番とで内容が異なる。
 1番は、産まれたばかりの赤ん坊にアドバイスをする。 「大きく深呼吸して空気を吸い込め/悩みを恐れるな/好きにしろ、だがオレからは離れるな」 と。 ――(訳詞は、豊文堂本店で購入した、肥田慶子/訳 『ピンク・フロイド詩集』 1990年 シンコー・ミュージック発行を引用しています。 原詩に忠実に素直に訳しました。とあります。 他の人のは意訳が多いです。)
 ―― ところが、2番は 「うさぎよ、走れ/穴を掘って太陽とおさらばするんだ」 と言う。

 うさぎを労働者とすると、穴を掘ることは働くことを意味する。 そして、穴を掘り続けろと言う。 「太陽とおさらば」 とは、「希望を捨てろ」 ということか? 労働者は、社会主義・共産主義でも報われず、資本主義では搾取され続ける。 いつまで経っても労働者に 「夜明け」 は来ない。

 「ただし波に乗っていかなければならない/一番大きな波でバランスをとらないと/早い死に向かって急ぐことになるぞ」 とは、 この時期超多忙だったフロイド自身のことか? 【この作品のコンセプトは、彼ら自身を襲った 「人生に於けるストレスと疲労」 だったからだ。】 (この部分は、文藝別冊 『ピンク・フロイド/増補新版』 河出書房新社 を引用しました。 この本は今までも参考にしていました。)

 そして、3番は <安らぎ> だ。
 ―― 労働者だってあたたかい家庭が欲しい。 ―― しかし、そのささやかな夢 (希望) さえも経済的に許してくれない。
 <狂気> を孕んだ中に、鋭い牙や爪などのたたかう武器を持たないか弱いうさぎ (ヒト) は産まれ放り出されるのだ。 そして、宗教に救いを求める人たちもいる。 ―― と、いう解釈です。

  ★

 ボブ・ディランにしろ、レノン=マッカートニーにしろ、天才は20代の若い頃に悟ったようなことを言う。 ディランが、「その答えは、風に吹かれているだけさ」 と歌う 『風に吹かれて』 を作ったのは22歳の時だ。 ビートルズの 『恋を抱きしめよう』 では、「人生はとても短いから/くだらないことでケンカしているひまはない」 と歌う。
 吉田拓郎 (当時は、よしだたくろう) が、28歳の時に 『今はまだ人生を語らず』 を出した時には、 『おいおい、30前で人生を語れるはずはなかろう?』 と、そのタイトルに思わず突っ込んだ。

 この 「生命の息吹き」 は、メイスン以外の3人で作っているが、この時一番歳上のウォーターズで29歳だ。
 デビューからこの作品までフロイドの歌詞を読んで来たが、今までは「〜していた」 というような状況を表現したのが多かった。 しかし、この曲は 「〜しろ!」 というメッセージ色が強い。 これは、自信の表れかもしれない。
 前作 『おせっかい』 の4人の顔写真も自信に満ち、『ライヴ・アット・ポンペイ』 の4人も表面上は仲が良い。 この時期の人間関係が一番良かったのではないかと思う。

  ★

 2曲目 「走り回って」 のSEから、3曲目の 「タイム」 へとつながる。 フロイド得意の?ハードロックだ。 この曲は4人の作品で、時間の気だるさ、大切さ、そしてまた太陽が出て来る。 そして後悔…。

 ……私は、9歳の時に世の中のことが分かった気がした。 そして、27歳ですんごく年老いたと思った。 60歳を過ぎた今、自分はちっとも成長していないと感じている。 感覚的には9歳時のままだ。
 ……子どもの頃、歳を取ると世の中のことも分かり、<悟りの境地> に達して、精神的な悩みや苦しみは無くなると考えていた。 でも、あまり変わらないことが分かった。 世の中の仕組みが少し分かっただけで、相変わらずバカなことをする。 だから歴史は繰り返すのか?

 この後、女性の叫び声が印象的な4曲目の 「虚空のスキャット」 が流れる。 「死と恐れ」 をテーマに与えられた歌手が見事に即興で歌う。 叫びに近いかな?
 時間に追われて走り回り、人々は徐々に狂ってゆくのだ。 自覚も無しに狂ってゆく。 自覚があれば狂わない。 …叫び声は心の中の悲鳴だ!

 ここまでが、レコードではA面で、本来は一息入れてレコードをひっくり返した方が良い。

 5曲目の 「マネー」。
 これもウォーターズ得意のハードロック。 お金が無くて狂う人もいれば、ありすぎておかしくなる人も出て来る。 一体人は幾らお金があれば満足できるのだろう? 一万円札の原価は50円と聞いたことがある。 お金は、ただの約束事なのですよ。 それに、<お金は手段であって目的ではない。>
 この事を取り違えると狂いますよぉ〜、皆の衆!

 そして、私の好きな6曲目の 「アス・アンド・ゼム」。
 これは、映画 『砂丘』 のためにライトが書いた作品だが監督から却下されてしまい、ウォーターズが詞を作り完成させた。
 オレたちとヤツらは同じ人間なのだが格差が大き過ぎる。 そのことを将軍と兵隊の関係になぞらえて歌っているが、これは人間関係の困難さを表しているのか?

 「言葉の戦い」 というのが出て来る。 生活に疲れ果てたかったるい感じだ。 (警察は、オレたちの小悪にはめっぽう強いがヤツらの巨悪には全く手が届かない。 …ヤツらは特別扱いだからね。 いつも…。 TV番組を見てそう思った。)

 そして、7曲目の器楽曲 「望みの色を」 から8曲目 「狂人は心に」 へと続く。
 luna (月) と lunatic (狂人) は近い。 またもシド・バレットのことをウォーターズは思い浮かべながら、狂人はみんなの頭の中にいる、と言う。 (『原子心母』 のB面 「イフ」 で、ウォーターズはバレットのことを歌っていると言われている。)

 ここで、「月の裏側」 が2回出て来る。 バレットも月の裏側の住人だ。
 そして、最後の 「狂気日食」 へと雪崩れ込む。 全ての調和の象徴である太陽さえも月に飲まれてしまう。 光の消滅だ。

 これで、40分間の壮大なドラマは終わったが、何だか疲れた…。 ピカソの絵、『泣く女』 を見た気がした。 願わくば、所々に入っている人の声が何を言ってるのか知りたいと思う。

 (この文を書いていると心地好く狂いそうになりました。) …狂いたい方は、どうぞ一所懸命聴いてくださいね。 …あ、誤解なきように。 この場合の <狂う> は、お酒に酔うような意味合いですからね。 アルコ―ルが飲めない私にとっては、これが <脳内アルコ―ル> なのです。

                                            (その11につづく)



                                          (2016年3月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 をお届けします。 ピンク・フロイド集中連載もいよいよロック史に残る名盤 『The Dark Side of the Moon/狂気』 に辿りつきました。
 今なお世界中で売れているモンスター・アルバムです。 先日も北大通店の常連高校生が 「ついに聴いてしまいました、『狂気』 を」 と感に堪えない面持ちで告げていきましたっけ。 私がはじめて手にしたのも君と同じころだったよ。

 ピンク・フロイド 『Speak To Me〜Breathe/スピーク・トゥ・ミー〜生命の息吹き』 (You Tube より)

 次回は2016年3月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第24回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その9・『狂気』)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 「レコードの溝」 と銘打ちながら、実際にレコードを何回もかけながら書いたのは数える程なので、 今回はレコードのブチッという懐かしい音を聴きながら書きたいと思います。 (幸いにして、今は手元に無い 『原子心母』 のレコードも、40年振りに再会した先輩から貰えることになったのも嬉しい。)

 1973年に就職して、やっと自分のステレオセットを手に入れた。 それ以後やっとリアルタイムのレコードを買うことができるようになった。 その最初のフロイドの作品が 『狂気』 ということになる。

 最初に聴いたフロイドのアルバムが、『狂気』 で、フロイドにハマった人がいたら、その人のその後は少し悲惨かもしれない。 というのは、私の最初のジャズのアルバムが、ジョン・コルトレーンの 『至上の愛』 だからだ。
 最高傑作を最初に聴くのは止めたほうがいい。 それは、完璧過ぎてもう求めるモノが無くなるからだ。
 それは、例えばイーグルスの 『ホテル・カリフォルニア』 だったり、ポリスの 『シンクロニシティ』 だったりする。 その作品発表後の彼らを見れば、最高傑作の次が如何に難しいか分かると思う。

  ★

 『狂気』 は、私にとって奇妙で不可思議な作品である。
 それは、まずしょうもないことで。――メイスンの叩く心音に模したドラムの音で始まり、40分間の組曲がAB両面に渡り続き、心音で終わる。 ――私は心臓の音を聞くのが苦手なのだ。 神経に障るからだ。

 それと、これは完璧に作られた作品であるからだ。 完璧は面白くない。 完璧は疲れる。 遊びがないからだ。 というのがひねくれた私の見方で、――人間は完璧じゃないから完璧を求めると思う。 でも、一番の理由は当時は 『原子心母』 のA面がサイコー!と思い、そればかり聴いていたからだ。

 このような理由から、せっかくリアルタイムで買った 『狂気』 にハマって何度も聴いた記憶がない。
 それはともかく、フロイドは1971年に 『おせっかい』 を発表し、ツアーに出る。 そして次作品の準備に取り掛かるが、サントラ盤 『雲の影』 を製作し、 イタリアでドキュメンタリー・ライヴ映画 『ピンク・フロイド・ライヴ・アット・ポンペイ』 を撮影する。

 これは、観客を入れずに古代の円形演技場で実際に演奏するという、 <反ウッドストック> 映画で、当時に大きな銅鑼を叩くウォーターズの写真とともに、 フロイドの大音量が遺跡を壊すのではないか?と問題になった記事を読んだ記憶がある。
 そして、またツアーなどを間に挟み1年強の時間を費やして、1973年2月に 『狂気』 は完成し3月に発表される。

 このハードスケジュールの間に作られたにしてはスゴく完成度が高いのは、 前もって作品のテーマが話し合われ、コンセプトが決められたからだろう。
 それに、全曲の詞にウォーターズが関わったのも大きな要因だと思う。 ウォーターズの難解な?詞が楽曲に奥行きを持たせ、<一体なにが言いたいのだ?> と考えさせる。
 それを、独特な温かみをもつメイスンのドラムが裏打ちし、ライトのキーボードが包み、ギルモアのギターが刺激を与える。 それにサウンド・エフェクト (音響効果、以下SE) が色彩を付け、男の不気味な笑い声と女の甲高い叫び声が狂気を煽る。 完璧だ!

 <狂気の世界> にようこそ!皆さん。という訳だ。 それで、全世界で5000万枚も売れて、今も売れ続けている。

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 このアルバムほど、いろんな見方ができる作品は今までに無かったので、いろいろ悩み手こずった。 人間の表と裏を描いたとか、人間の一生を描いたとか――。

 この2つをミックスすれば、月の表側が正気 (しょうき) で裏側が狂気ということになる。
 月は表側を常にこちら側に向けているから、この世は太陽の反射光で正気に見えるが、実は常に狂気を抱いているのだ。 それは、<月の魔力> は満月の夜に狼男に変身させるし、引力の関係で満月の夜は交通事故が増えるという。 月には元々不吉な要素があるのだ。

 この世界に生まれた赤ん坊は、成長するにつれて時間に追われ、お金に翻弄され、人間関係に悩み狂ってゆく。 ――ということだろうか?端的に言えば。

 しかし、レコードでは心音から始まり、時計の音、レジの音、ドローンの音 (ドローンの歴史は意外に古い。) に混じり、 不気味な男の笑い声とともに産声が聴こえる。
 これは、狂気の中に生まれることを意味していると思う。 すでに世界は狂っているのだ。 可哀想に――。 不気味な男の笑い声が、生誕を寿ぐ。

 私は、いつも赤ん坊の誕生を喜ぶ姿を見ると、芥川龍之介の 『河童』 の1場面を思う。 そういえば、『河童』 の主人公も狂っていた。

 そして、レコードでは聞き取るのが難しいが、ラストの 「狂気日食」 の後に小さく入っている男の声が、 「月には暗い面はない、すべてが闇なのだ」と言う。 それならば、この世は最初から狂っているということだ。
 「狂気日食」 では、太陽さえも月に喰われてしまう。 <太陽=調和=正気> さえも狂気に侵されるということだ。

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 この世はまとも=正気・正常と見るか狂っていると見るかで、物事の判断はかなり変わる。 つまり、自分をとてもまともと考えている人は、異常値が高い。 ちょっとした事件・出来事でも <おかしい> となる。
 ところが、誰がまともか変か?を判断する人や物差し、または基準は存在しないのだ。 自分自身しか判断基準はない。 故にバラバラだ。 だから、宗教に走るのか?

 反対に、この世は初めから狂っていると考えると、世の中の事象の見方は少し変わる。 自分自身をも含めて、みんな狂気を抱いているんだと思うと、そのことがショック・アブソーバー (衝撃吸収装置) となり、 酷い事件も狂気の側からもアプローチ (接近) でき、事件全体を俯瞰できるようになる。
 これは、想像力とは違い、想像力の根源を成す基盤となる <感覚> に近いものだ。

 何だか、精神分析じみてきたが、この作品はそこまで考えさせてしまうのだ。 フロイドとフロイトは近い。何てね!
 ついでに言わせてもらうと、私は夜型人間なので、暗闇がとても落ち着くのです。 つまり、「月の裏側」 の住人なのです。 暗い側から明るい方はとてもよく見えるんです。 「良く」 でなく 「しっかり」 見えるんですよね。 これが。

 ということで、楽曲にいこう!
 と、思ったけれど、「月の裏側」 のもうひとつの解釈を述べてみたい。

  ★

 「月の裏側」 を人間社会を裏から支配、もしくはコントロールしてる 「掟」 や規則・法律と考えるとどうだろうか?
 「生命の息吹き」 では、か弱いうさぎが出て来るが、うさぎは群れて暮らすしかない。 掟を破れば死が待っている。
 「タイム」 と 「マネー」。 タイム・イズ・マネー。 どちらも人間社会の決め事だ。 時間を区切り、貨幣価値を信じないと社会生活はできない。

 そして、「アス・アンド・ゼム」。 この世には2種類の人間がいる。 支配する側と支配される人間と。 支配される側は人間扱いされない。 これが掟だ。
 「狂人は心に」。 彼は、掟を破ったから狂ったのだ。 いや、狂わされたのだ。
 そして、掟は支配者たちをも縛る。 自分たちで決めた法律で、自分が罰せられることもある。 ギロチンに罪人を送り続けた検事は、ギロチンで死んだ。

 各々の楽曲については、次回にします。

                                            (その10につづく)



                                          (2016年2月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 は、ピンク・フロイド集中連載の第8回です。 「エコーズ」 の音と 『2001年宇宙の旅』 の映像が同調すること、皆さんはご存知でしたか。 私ははじめて知りました。 今回の You Tube のリンクは、これで決まりです。

 ピンク・フロイド 『Echoes/エコーズ』 (You Tube より)

 次回は2016年2月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第23回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その8・『おせっかい』)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 やっと、(私の) フロイド体験の <基点> である1970年の 『原子心母』 に戻って来た。

 ここから2014年の 『永遠 (TOWA )』 までは、ほぼリアルタイムでフロイドを聴いて来たが、 今まで最もよく聴いたアルバムは 『原子心母』 のA面と 『炎〜あなたがここにいてほしい』 の2枚だけだと気付き愕然とした。
 私は、「食わず嫌い」 ならぬ 「聴かず嫌い」 という訳だ。 レコ―ドも片面聴いて放ったらかしのが何枚もある。

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 さて、私事で申し訳ないが、(元々殆ど私事ですが) 2回目の鬱になってしまった。

 それは、2015年11月23日夜。 眠りかけていると、雨が降る直前の低気圧で頭が重いなぁ〜と思っている時に、突如ずお〜んと空が落ちて来て、私の上にのしかかり息苦しくなった。 「あっ、来た!」 と思った。 それから、真っ暗な井戸の中に落ちて行った。

 最初の鬱は酷かった。
 それは2008年のことで、何か変だぞ変だぞ?…と思っているうちに、電池切れみたいに体が突然動かなくなった。 『え〜、何だこれは?』 と焦るが外へ出られなくなり、一日中パジャマで顔も洗わず歯も磨かず髭も剃らずに、ぼうっと暮らしていた。 当然食欲も無い。

 この先どうなるのか?さえも考えられず、もう高級なパジャマが1着あれば服なんて要らない!と本気で考えていた。 それだけは覚えているが、後はひたすら自分の 「井戸」 を掘っていた感覚が残っている。 意味もなく底の見えない井戸堀りをしていた。

 初めて通ったメンタルクリニックの異様な雰囲気も、さらに私を落ち込ませた。 約1年間で何とか回復したが、結局それで仕事を辞めた。
 私は、まだ症状が軽かったと思うが、鬱の症状は千差万別で軽重の差も大きい。 重ければ一気にあっちの世界に逝ってしまう。私にもそんな一瞬があった。 それで、あの世でもこの世でもない境目の世界もあることを知った。

 この体験があったからこそ、今回の受け止め方ができたと思ったし、軽度で済んだと思う。

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 なぜ、鬱の体験を話したかというと、フロイドの作品の邦題について書きたかったからです。 1987年の 『鬱』 は、今は原題の 『モメンタリー・ラプス・オブ・リーズン』 に改められているが、これを和訳すると 「正気を失う瞬間」 となる。 それは鬱ではなく狂気だろう?となって原題に戻されたのかもしれない。 (因みに、『狂気』 の原題は 「月の裏側」 なのだが…。)

 と、いうことで、やっと1971年の 『おせっかい』 です。
 私は 『原子心母』 でフロイドを認知したが、この 『おせっかい』 からフロイドを知り、聴き始めた人は多いと思う。 それは 「吹けよ風、呼べよ嵐」 がヒットしたからで、私は初めてこの曲を聴いた時に、 『うわっ!フロイドもついに分っかりやすい曲を作ったもんだなぁ〜』 と、少々がっかりした記憶がある。
 フロイドだけは気難しくマニアックなロックバンドであって欲しかったのだ。 そんなロックバンドはピンク・フロイド以外には存在しない。

 後に悪役レスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーの入場に使われてより広まるのだが、それは実は秀逸な邦題の付け方のせいだったのだ。

 原題は、「ワン・オブ・ジーズ・デイズ」 (近いうちに〜) という意味で、曲の途中で聴こえる不気味な声は、 ニック・メイスンがテープスピードを遅くして 「One of these days, I'm going to cut you into pieces」 (いつの日か、お前をバラバラにしてやる) と言っている。 まるで脅迫状だ。
 プロレスラーのブッチャー (肉屋) としては最適の選択だったといえるだろうし、流石にフロイド、単純では無いねと改めて感心した次第だ。

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 このアルバムを買ったのは90年代半ばのリマスタリングのCD だった。 目当ては例の 「吹けよ風、呼べよ嵐」 だったので、後の曲は真面目に聴いたことがなかった。
 今回は何度も聴くうちに、これまでこの連載で聴いたアルバムの中で、一番よくまとまり心地好く聴けたことに気付いた。 それには重要な要因がある。

 前作 『原子心母』 の成功で、やっとデビューからの <持ち出し> から黒字に転換し、メンバーたちは邸宅を買ったり家族ができたりした。
 そして、アビーロード・スタジオを1ヶ月間貸し切り曲作りを進めて 『おせっかい』 が完成した。 だから、全6曲中3曲が4人の共作、2曲がギルモアとウォーターズの共作なので、バンドとしてのまとまりが発揮されたのだ。

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 このアルバムの6曲は、曲の <肌触り> から3つに区分できる。
 まず、A面1曲目 「呼べよ風、吹けよ嵐」 の <荒々しさ> と、2、3、4、5曲目までの <ほんわか、ゆったりした> 流れ。 そして、レコードを裏返してB面の23分にも及ぶ大作 「エコーズ」 となる。
 これは、奇しくも前作 『原子心母』 の裏返しではないか! いや、<奇しくも> ではなくて意図的なのだと思う。

 フロイドの4人は、前作の出来に満足してなかった。 やっとヒットし、名を広め収入を得たにしても…。 だから作り直したと思う。 やっぱりアーティストバンドですね。 いやはや、アーティストは時間と費用がかかるのですよ。

 「エコーズ」 は、ピキーン!という潜水艦のソナーみたいな音で始まり、歌詞の1、2番を歌い、それから長〜い間奏が続いて3番を歌って終わる。 詞の内容はよく分からないが、何だかスケールの大きな内容で、長い間奏をはしょれば短くできる。 ベストアルバムでは16分強に縮められた。

 23分の長さは、フロイドの特徴である長尺曲の歴史で、 「天の支配」 → 「星空のドライヴ」 → 「ユージン、斧に気をつけろ」 → 「太陽讃歌」 → 「神秘」 → 「原子心母」 の流れから来ていると思う。 (「原子心母」 はバンドサウンドとはいえないと思うが。)
 これらの曲作りで培ったノウハウが 「エコーズ」 につながり、(良くも悪くも) ピンク・フロイドのバンドイメージは定着し、 長尺曲はフロイドの <売り> となるのだ。
 そして、「エコーズ」 でひとつの到達点に立った。

 難解な「エコーズ」 の詞の内容に手こずりスマホを検索していると、 あのキュ―ブリックの映画 『2001年宇宙の旅』 の最終シーン 「木星と無限の彼方」 のセリフの無い場面に 「エコーズ」 を流すとシンクロニシティ (意味のある偶然の一致) するとあったので試しにやってみると、 何とぴったり23分が場面にはまり、しかも映画の音よりも温かく、難解な場面の意味まで悟ったような気分になったのだ! これには驚いた。

 検索すれば映像に 「エコーズ」 をかぶせた動画があります。 しかも、映画の最後は胎児 (エンブリオ)――フロイドの曲にある――が地球を眺めているのですよ!

 まず、漆黒の宇宙にピキーンと音が響く。 真っ黒なモノリス (石板。…人類を導く宇宙の生命体?) が画面を横切りディスカバリー号が見える。 ドラムが入ると太陽の光が一条差し込む。 (ゾクゾクする!) そこから驚異の23分間が始まるのです。
 圧巻は開かれたスターゲートの中を進むところと、無機質なホテルの部屋の場面から、 巨大なスターチャイルドが地球を見詰めるラストシーンからエンドクレジットへの流れだ。

 以前、フロイドとキューブリックとの関わりについて書いたが、この作品にはフロイド博士という重要人物が出て来るし、 もしかすると、1968年公開のこの映画の最終章の映像を観ながら 「エコーズ」 を仕上げたのではないか? という妄想もふくらむほどの <奇跡的な> 23分間なのですよ。

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 では、残りの <ほんわか> 曲について。
 2曲目の 「ピロウ・オブ・ウインズ」 (風まくら) はラヴソングだが、フロイドの歌詞は、 ラヴソングであろうと他のロックバンドのラヴソングのように男と女がどうしたこうしたなんていう具体的な事柄を並べたりはしない。 ぼんやりと仄めかしたり、比喩のような表現が多いから難解な詞といわれるのだ。 だからあまり意味を追い求めない方がいいと思う。

 3曲目は、誰かを勇気づけるような楽曲で 「フィアレス」 (恐れ知らず)。 バックに流れるのは、サッカー場でサポーターが合唱する 「ユール・ネバァー・ウォーク・アローン」 というミュージカルの曲だ。
 この曲は、一時リバプールでビートルズと人気を二分したジェリー・アンド・ザ・ペイスメイカーズがカバーしたのがヒットして、 それがチームの応援歌になったのをコラージュしている。 たまたまそのジェリー・アンド・ザ、ペイスメイカーズのCDを持っているが、中々感動的な曲だ。

 4曲目は 「サン・トロペ」。 かの有名なリゾート地でのことを、ウォーターズが作り、軽くバカラック風に歌っている。 こんな曲はこのアルバム以降は登場しない。 遊び心がある。 彼らは実際にサン・トロペでライヴを行ったらしい。

 そして、5曲目の 「シーマスのブルース」 は、友人の飼い犬の鳴き声を使った穴埋め曲だ。

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 これらのA面の5曲の流れは、荒々しく始まりユルく終わるというように、上手く作られている。 そして、大曲 「エコーズ」 とつながるのだ。 レコ―ドなら裏返すための切り替えタイムが入るが、CDだと 「エコーズ」 身構え準備に聴こえる。

 この後に、かの大ヒットアルバム 『狂気』 が来るのなら、フロイドの流れは大河となるのだろうが、 映画 『ラ・ヴァレ』 のサウンドトラック 『雲の影』 が挟まるから流れは少し曲がるのだ。 それが、とてもフロイドらしく面白いところだと思う。

 余談だが、近所のおばさんに 『おせっかい』 をされた。 果たして、<おせっかい> と <親切> の境目はどこなんだろう?と考えているこの頃である。

                                            (その9につづく)



                                          (2016年1月16日掲載)


 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 をお届けします。 ピンク・フロイドを取り上げたシリーズも、69年発表の 『ウマグマ』 に到達しました。 「音楽マニアと音マニアは異なる」 の至言も生まれ、ますます快調。 勢いにのって、次回より 『原子心母』 以降の70年代編に本格的に突入します。

 ピンク・フロイド 『Grantchester Meadows/グランチェスターの牧場』 (You Tube より)

 次回は2016年1月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第22回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その7・『ウマグマ』)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 さて、(問題の) 『ウマグマ』 なのだが、レコードでは高くて買えず1980年代にCDで手に入れ (レコードより高額だった。)、 例によってその後 <放置プレイ> されていて、今回初めて陽の目を見た作品なのです。

 今になって思えば、この合わせ鏡のようなレコードジャケットだけでも手に入れたいと思うが、 買った当時は、CD2枚組の <ディスク1> 1曲目の 「天の支配」 を聴きかけて断念してしまった。 それは、かの小説 『ドグマ・マグラ』 を読みかけて気が狂いそうになった感覚に似ていたからだ。

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 『ウマグマ』 は、フロイド初の2枚組アルバムで、<ディスク1> はライヴ録音で <ディスク2> は4人それぞれのスタジオ録音作品が収められている。
 解説本によれば、ビートルズに於ける 『ホワイト・アルバム』 に似てるということらしいが、 そういえば (私にとって) 『ホワイト・アルバム』 も苦手な作品だった。(今はそうでもないが。) 初めて 『ホワイト・アルバム』 のジョンの 「レボリューション9」 を聴いた時、ピンク・フロイドみたいだと思ったことを思い出した。 当時はピンク・フロイドの名前と噂しか知らなかったけれども…。

 『ホワイト・アルバム』 は、まとまりのないバラバラの各々の好き勝手な作品の寄せ集めだと思い、 ビートルズの <終わりの始まり> みたいに感じた。 それは、それまでのLPレコードがヒット曲の寄せ集めだったのを、 テーマをもった作品、あるいはサウンドの統一性をもった作品集へと進化させたビートルズが、それを否定したように受け取ったからだ。
 そして、そのコンセプトアルバム作りの影響を強く受けたのがフロイドだと思う。

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 話の逸れついでに、CDの音質は2000年を境に格段に良くなり、80〜90年代迄の比ではなくなった。 それはデジタル・リマスタリングの技術革新なのだが、ある人によれば、音の良さは再生装置の問題であり、 レコード盤が最も情報量が多いので、完璧な?ターンテーブルと銀のコードで接続した アンプやスピーカーシステムを使えばレコードが一番良い音がするらしい。(元宿泊業、Tさんの説)

 私も一時、レコード針やカートリッジに凝ったことがあるが、再生装置に割く資金がある筈もなく、 レコ―ドやCD等で手一杯なので、どんな音でも聴ければ満足だった。
 音楽マニアと音マニアは異なる。

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 さてさて、気が狂いそうになったライヴ盤 <ディスク1> だが、 「天の支配」 「ユージン、斧に気をつけろ」 「太陽讃歌」 「神秘」 の4曲が入っている。 フロイドのライヴは、レコードのまま一言一句、いや一音たりとも変えず原曲のまま再現するという。 確かに、4曲とも原曲より少し長いがアドリブという程の変化は無い。 最初から構成がきっちり組まれているから、アドリブする <隙間> が無いのかもしれない。

 1曲目の 「天の支配」 は、言わずと知れた1枚目のアルバム 『夜明けの口笛吹き』 のシド・バレットの作品で、 このデビュー盤の1曲目がその後の長いフロイドの歴史に影を落とすとは、恐るべきバレットの才能である。 「天の支配」 ならぬ 「バレットの支配!」 だ。 その <支配> から抜け出すべく4人は苦労した。 その足跡がこの4曲の流れだと思う。

 私が 「天の支配」 で、気が狂いそうになったのは、ガラスを引っ掻くような神経に障るギターの音だった。 この音は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに似ているが、心地好いだけの音しか求めてなかったから、驚きも加わり拒絶したと思う。

 次に4人の共作 「ユージン、斧に気をつけろ」 が続くが、如何せん単調だ。
 そして、恐らくバレットに最も影響を受けたウォーターズがバレットに対抗して作ったと思われる 「太陽讃歌」 が3曲目だ。 複雑と思っていた楽曲の構成は、ひとつのメロディの繰り返しと変調だった。

 残念ながら、ここまでの作品ではバレットの影を抜け出ることができていない。 4曲目の 「神秘」 によって新生フロイドは、やっと自分たちのアイデンティティを確立し、新生フロイド・サウンドを手に入れたのだ。

 この4曲のライヴ録音をこの順番にレコ―ドに入れた意味は、((そこにこそ)) あると思うし、 4人のバレットに対する感謝や複雑な想いも含まれているように思う。 それは、フロイドを1枚目から丹念に聴いた今だからこそ理解できたので、いきなり聴いた30年ほど前では拒絶反応しかなかった。

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 そして、やはりライヴは大音量で聴きたいので、私の持ってる再生装置の目一杯のスピーカーで、 隣近所の迷惑の少ない昼間に何度も聴き満足した次第です。

 「神秘」 のライヴ・バージョンは、スタジオ・バージョンとは異なり、音の広がりと迫力が全然ちがう。 そのちがいに唖然として聴き入った。 戦争と平和を表現したとしたら、前半から中盤にかけての不安な音響から激しいドラミングへの移行の音の厚み。 エコー系のエフェクトが不安を煽る。 そして、中盤から穏やかにオルガンが鳴り始め、リック・ライトの厳かな教会音楽のような響きが平和の到来を告げる。 そこにギルモアの声だろうか?がかぶさり感動的に終わる。 その構成も良くできている。 何とも見事な12分49秒である。(原曲は11分52秒)

 これは、演奏技術と機材の進歩の賜物で、1969年にライヴで聴いた人はぶっ飛んだことだろう。 (ちなみに、1974年にプログレバンドとされていたムーディー・ブルースを観た人は、ちゃちかったと言っていた。 機材の関係もあるだろうが…。)

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 さてさてさて、問題は <ディスク2> の4人の個別の作品だ。
 まず、ライトの作品 「シシファス組曲」 の4部作で始まる。 パート1は、古代ローマ映画のテーマ曲のように壮大に始まり1分足らずでパート2になる。 パート2はピアノ曲で初めは美しく次第に激しく壊れてゆく。 穏やかそうなライトさんも意外に激しいのね?という感じでパート3へと続く。 パート3は現代音楽風に不協和音や雑音が入る。

 そして、一番長いパート4へ。 初めはのんびりとメロトロンや牛の鳴き声風の音が混じるが、 いきなりオルガンとドラムの強烈な音が響き、不穏な空気が流れ最後に最初のテーマ曲が表れる。
 イメージとしては、カミュの 『シーシュポスの神話』 を感じた。
 ――大きな岩を山頂まで運べと命じられたシーシュポスは、何度も途中で転げ落ちる大岩を運び上げようとする。――
 不条理です。 (一時期カミュにハマりました。)

 次の2曲はウォーターズ作で、「グランチェスターの牧場」 と 「ふさふさした動物の不思議な歌」。 前者は、爽やかな朝の牧場をフォーク調で歌っているのだが、ウォーターズのことだ。 爽やかに終わるはずはなく、最後はハエを叩き潰した音で終わるから、笑える。
 「ふさふさした〜」 も牧場物かと思えば音のコラージュで、後半は意味不明なヒトラーの豚の演説みたいなので終わる。
 そして、ギルモアの 「ナロウ・ウェイ三部作」 へと続く。

 「パート1」 はアコースティック・ギターにいろんな音がかぶる。 「パート2」 はべース音のリフレインにいろんな音がかぶる。 「パート3」 で、不安げなイントロとともに <細き道> を往く人たちのことが儚げに歌われる。 この当時の自分たちのことか? 歌詞が聞き取りにくい。
 この作品なのかははっきりしないが、作詞に苦労したギルモアがウォーターズに助けを乞うたが拒絶されたそうだ。 この事が後々の2人の対立の発端になったかもしれない。

 最後の作品は、メイスンの 「統領のガーデン・パーティー三部作」 で、メイスンの奥さんの吹く美しいフルートで始まり終わる。 打楽器の音のコラージュで、でんでん太鼓みたいな音も出てくる。

 この <ディスク2> は、次回作 『原子心母』 のB面4曲にも通じていて、 特に牧歌的なウォーターズの 「グランチェスターの牧場」 は、『原子心母』 の牛のジャケットとも雰囲気的に繋がると思う。

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 さて、結論としてこの 『ウマグマ』 <ディスク2> は、それこそ ((初めて)) 聴いたのだが、 4人の個々の作品集でありながら、それぞれにちゃんと <フロイド・サウンド> の要素が入っていることに気付いた。 それが4人の総意だとしたら、この <実験的作品作り> はバンドの結束を強固にするためのパワーとなり、 その後の快進撃に直接繋がったと思う。

                                            (その8につづく)



                                          (2015年12月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」 は、ピンク・フロイド特集の6回目。 アルバム単位の評に戻って、『原子心母』 より前の時代を取り上げます。 私もその時期の 『神秘』 や 『ウマグマ』 はあまり聴いていませんね。 これを機に聴き直してみることにします。
 今回よりピンク・フロイドのメンバー名を姓で表記することになりました。

 ピンク・フロイド 『Set The Controls For The Heart Of The Sun/太陽讃歌』 (You Tube より)

 次回は12月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第21回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その6・『神秘』 と 『ウマグマ』)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 『神秘』 は1968年、『ウマグマ』 は1969年の作品で、この2枚の間に 『モア』 が入ることになる。 実は 『ウマグマ』 は苦手なアルバムで、私の中のフロイドの歴史では 『原子心母』 以前のアルバムは認知していない。

 しかし、今回フロイドの長い旅が終わったことで、全アルバムを聴き直す。 または真剣に聴くことでの発見があったことも事実だ。 それに、フロイドについて書いてるうちに、私に与えた影響の大きさはビートルズよりも大きいのではないか?と思い始めた。

  ビートルズは、まず喜怒哀楽という感情をストレートに表現してくれて、 ロックが 『イン・マイ・ライフ』 の郷愁や 『エリナー・リグビー』 の物語まで表現可能なことを教えてくれた。 (サウンドはロックでなくても、詞の世界を広げた。) でも、それは目に見える現実であって、心の内までは無理だったのだ。 だから、マリファナやLSDの力を借りてサイケデリック・サウンドで心の内を探ったのではないかと思う。

 その成果が、『サージェント・ペパーズ〜』 だった訳だが、 確かにサウンドの煌めきは現実離れしていて <別世界> に連れて行ってくれたように思うが、 それは人の心の内ではなくて 『マジカル・ミステリー・ツアー』 だったのだ。

 ジョンの文学性やポールの作曲能力をもってしても、人の心の内側や裏側に入って行くことは出来なかった。 それは、恐らく人の心の中にはいつも美しいメロディーが流れている訳ではなく、もっと混沌とした泥水や、汚れた物が浮かんでいるからだ。 (時として、ジョンはそれを叫んでいたけれど…。)

 それを表現するには前衛音楽しかなかったと思う。 そこにはメロディーも詞も存在しない。 音響効果や叫び声を使うしかない。 しかし、それが音楽といえるのか?はメロディーとの組み合わせ次第なので、かなりの冒険だといえる。

 ヒット曲というのは、大概イントロがあってサビに行きリフレインで終わる。 如何に覚えやすいサビを作るかが要となる。 サビでなくても、印象的なリフレインだけでも強烈なサウンドを聴く人に植え付けることができる。 (例えば、レッド・ツェッペリンのヒット曲)。 だが、ダラダラと長い曲がヒットするだろうか?

 そこで、このバンドメンバーの最大の特徴が発揮されることとなる。 それは、ロジャー・ウォーターズ、ニック・メイスン、リック・ライトのオリジナルメンバー3人が同じ建築工芸学校で建築学を学んでいたことだ。
 つまり、<サウンドの建造物> を作ろうとしたんだと思う。 それが、バベルの塔=幻の建造物→プログレッシヴ・ロックであり、 ロックンロールの本流ではなく、サイケデリックから別れた支流でありながら本流に負けない大河となったということだ。

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 時々、自分は本当にフロイドファンなのだろうか?と疑問に思うことがある。 それは、『神秘』 と 『おせっかい』 の区別がつかず、そこへ似たようなジャケットの 『雲の影』 が加わると、もう時代の順番が判別しないのだ。
 これが、本流大御所のビートルズ、ストーンズ、ツェッペリンなら完璧に順番に言えるのだが、 これはひょっとしたらフロイドサウンドのせいかもしれない。

 つまり、本流バンドのようにその時代時代のヒット曲を挙げることが難しいのだ。
 例えば、『原子心母』 はヒット曲だが23分もあるし歌えない。 そんなロックバンドが今まであっただろうか?
 だからこそ、フロイドはどの時代のアルバムからでも入ることができるし、そこに新たな発見がある希有なバンドといえる。

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 あるバンドが小さなライヴハウスから出発し、ローカルバンドからその国・地域に知られるメジャーバンドへ。 そして、世界中に知られるメガバンドになったバンドには、 初期や中途で大切なメンバーの死や脱退といった試練を乗り越える <場面> が待ち受けることがある。

 それは、ビートルズのスチュアート・サトクリフであり、ストーンズのブライアン・ジョーンズだ。
 フロイドの場合は、もちろんシド・バレットで、美術学校出身の彼は他のメンバーとは異なる感覚と才能をもって、 あのデビューアルバムを完成させた。 あの誰にも真似できないサウンドの煌めきや作詞能力は、他のメンバーを圧倒驚嘆させただろう。 だが、それはあっという間に1枚目で燃え尽きてしまった。

 2枚目の 『神秘』 では、バレットの作品は1曲しか入らなかった。 その後彼は脱退を余儀なくされる。 結果論からいうと、このあとバンドは試行錯誤し苦労はするが、 この試練が新加入したデイヴ・ギルモアのギターを生かした、あの (まったり) サウンドの完成へとつながるのだ。

 それは、カリスマを失ったバンドの残されたメンバーと代わりに入ったメンバーが、 お互いに (バレットに比べれば) 飛び抜けた才能は無いものの、4人で新たな道を探って行くしかない過酷な <旅> を強いられ、 カリスマの影を引き摺りながらも乗り越えようと苦闘したということだろう。 その <苦闘の跡> が、この後2014年まで続く作品群となるのだ。

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 さて、『神秘』 は、ウォーターズの手になる 「光を求めて」 から始まる。
 これは、巨大なUFOが地球上に降りて来た歌で、「ワレワレハ…」 と喉を叩いて真似た宇宙人みたいな歌い方で、 いかにもフロイドらしい <宇宙ソング> なのだが、歌詞の内容がバンドの未来への希望のようにも思える。 それだけ不安が大きかった裏返しのようにも聞き取れるのだ。 ウォーターズはバレットと一緒に暮らしていたから、彼の離脱のショックは3人の中で一番大きかったと思う。

 この2枚目のアルバムで最も重要な曲は、「太陽讃歌」 と 「神秘」 なのは衆目の一致するところなのだが、 私のこのアルバムに対する最大の興味は、あの (まったり) サウンドの要であるメイスンのタイムラグのあるドラミングと、 ライトの漂うオルガンサウンドの <発明時期> だった。

 ライトの曲は2曲目の 「追想」 と6曲目の 「シーソー」 の2曲入っている。 どちらも優しくて柔らかい曲で、この人は4人の中で一番穏やかな性格だったのではないかと思う。
 メイスンは映画で自分たちの作品の扱いに怒るし、ウォーターズとギルモアの対立は、その後裁判沙汰にまで発展する。 それに、ライトは一時期ウォーターズに解雇されてもいるが、またバンドに戻ってもいる。

 3曲目がウォーターズの 「太陽讃歌」 で、何とも理解し難い苦手な曲なのです。 しかし、ウォーターズの難解さがフロイドの魅力のひとつでもあると思うのです。
 4曲目の 「コ―ポラル・クレッグ」 は、後にウォーターズが反戦の意思を強烈に表現する最初の作品で、 クレッグ伍長と夫人を皮肉っている。 ここまでが、レコードではA面で12分に及ぶ 「神秘」 はB面の1曲目だ。

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 実は、私はこのレコ―ドは持っていなくて、2000年発売のリマスタリングされたCDで聴いたのだが、このCDも長いこと放ったらかしだった。 ジャケットに付いている写真には、唯一5人が写ってる物やサイケな服装のバレットがいるのもあり、いかにも過渡期の雰囲気が伝わってくる。 こうした写真だけでももうけ物した感じだ。

 さて、5曲目の 「神秘」 は、ご褒美に12分あげると言われて、 初めて新加入のギルモアと4人で作った言葉の無い作品で、戦争と平和を表現したものらしい。 混沌としているが確かにそれらしくも聴こえる。

 そして、6曲目の 「シーソー」 (あの遊具のシーソー) で、 初めてメイスンの (あの) ドラミングとライトのボワ〜というオルガンが聴こえて来た時に、これか!と思った。 そう!2枚目の苦悩の時期にあの (まったり) サウンドの原型は出来ていたのだ。
 そして、ラストのバレットの 「ジャグバンド・ブル―ス」 が流れると、 その虚しい歌詞の内容とともに、これがあの天才のフロイドでの最後の作品かと思うと何とももの悲しくなるのだ。 この2枚目も何度も聴いたが、フロイドの歴史にとって重要な1枚だと改めて認識した次第です。

 『ウマグマ』 については次回に書きます。

                                            (その7につづく)



                                          (2015年11月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」 の第20回目は、ピンク・フロイドの映画との関わりのつづきです。 ヒッピー思想との親和性についても語っていただきました。 映画編はこれで終了し、次回よりアルバム単位のピンク・フロイド評に戻ります。

 ピンク・フロイド 『Careful With That Axe Eugenes/ユージン、斧に気をつけろ』 (You Tube より)

 次回は11月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第20回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その5・続 ピンク・フロイドと3本の映画/ヒッピー思想)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  〜ヒッピー思想について〜

 1960年代、アメリカで、ベトナム戦争反対運動が高まり、自然と平和と歌を愛し、 人間として自由に生きようというスローガンのもと、家族や兄弟のつながりを離れてコミューンという共同体での暮らしを始める人たちがいた。
 それは、伝統的な社会や制度、キリスト教的価値の否定につながり、東洋の思想や宗教を取り入れ一大ムーヴメントとなる。 そこから <自然回帰> を唱える者も出て来た。(部分的に wikipedia 引用)

 その思想は、主に資本主義が進んだ欧米で盛んになり、公害で苦しんでいた日本にも入って来て、彼らは一時期フーテンとか呼ばれた。
 そして、組織から脱落するドロップアウトした人たちをも取り込んでゆく。

 私が、ヒッピーと聞くと真っ先に思い浮かぶのは、私の叔父さん (父親の弟) で、 この人は一生をプータロー (無職) で終えたと思っていたが、 若い頃は会社勤めをし、妻子も居たことを知ったのは、私が大人になってからだ。 私が物心ついた頃から独りで駄菓子屋をやっていたから…。

 お袋は、「叔父さんのようになったらアカン!」 と常々言っていた。 でも、私は叔父さんが好きだった。 自由に生きてると思っていたからだ。
 結局、叔父さんは入浴中に亡くなった。 『達観』 の付いた戒名をもらったが、果たして達観してたのか?は誰にも分からない。 いつも遠慮しながら肩身の狭い思いをしてたのを見ていたから。

 私は、子どもの頃は父親に対する反抗から、わざと 「叔父さんみたいになりたい」 と言って父親にどつかれていた。 それは、明治生まれの頑固な父親と、山に囲まれた抑圧感と封建的な風土に対しての、 子どもなりの精一杯の抵抗だったが、あえなく潰されたのは言うまでもない。
 でも、その経験から世渡りを覚えていく。 (本音は働きたくなかった。それは、とても奇妙な子どもの感覚で、自分が働くことで地球を汚したくなかったからだ。 こんなことは誰にも話せないから、今初めて告白します。)

 そもそも、人間の本性は <なまけ者> だと私は考えている。
 原始社会から動かないと食べていけないから仕方なしに動くのであって、暖かくて食べ物が充分にあれば誰も動かない。 満腹になれば動かないのと同じことだ。
 ―― それが人間の本性だ。 (と思う。働き者のみなさんご免なさい。)

 ヒッピー思想はそこへ還ろうという、地球に負担をかけない <なまけ者> の思想なのだ。 それが最も人間の本来の姿だから安心し安定するということだ。
 一生懸命自然破壊して公害を広めたのは、豊かになりたいという人の <欲> だから、それを <心の豊かさ> に変換するのだ。
 <心の豊かさ> は目には見えなくても感じることはできる。

 ★

 <自由に生きたい> 人は、自由を得る代わりに組織や社会からの保護を受けられない。 それでも、先住民社会の掟を破った者が受ける罰よりもはるかにマシだと思う。 まだ受け皿が用意されている。

 ヒッピーの自然回帰思想は、私たち日本人に大昔からある自然崇拝と直結しているから、 自然を<征服の対象> と見ていた欧米人と比べると、はるかに容易に理解できるし、 ヒッピーの理想的な自給自足の生活は、アイヌやネイティブ・アメリカンやアボリジニなどの先住民族が、大昔から普通に営んでいた。
 しかし、都会人がいきなり森の中で暮らせるはずはない。 真似るだけだ。

 ヒッピーのジーンズやTシャツや長髪のファッションは物珍しくて私も真似たが、ドロップアウトしたエリートは、とっくに日本にもいた。
 12世紀鎌倉時代に、エリート武士を捨てて23歳で出家した西行だ。 その後の芭蕉や山頭火。 啄木は家族連れのヒッピーともいえる。

 その後、1970年代前半、ベトナム戦争終結やドラッグの規制強化に伴い、 社会が<きれい> になるにつれヒッピーたちは消えたが、その思想はエコロジーに取り込まれ、その影響は政治にまで及んでいる。

 私の叔父さんがヒッピーだったとは思わないし、本人はヒッピーを知らなかっただろう。 でも、<自由に生きたい> という想いだけは私に伝わった。

 ★

 私が合法的に家出 (つまり下宿) した時に持っていたのは、フトン一式と学生服とラジオと筆記具ぐらいだった。 それが今は、直接生活には必要と思われない大量の物たちに囲まれている。 だから、「シンプル・ライフ」 なんてコピーもヒッピー思想からの発想だろう。

 でも、今最も不必要な物は 「余計な情報」 ではないだろうか?
 それによって心乱されることが多い。 特に残虐な事件の詳報などは要らない。 それよりも、もっと隠された重要情報があるような気がしてならないのだ。

 世情に心乱されず、平穏な生活をして己を保つには、「余計な情報」 を遮断して己の <感覚> を研ぎ澄ますことの方が大切だと思う。 それこそがヒッピー思想の根源であり継承だと思う。 己の欲望を抑え、必要最小限の生活をすること。 これは中々難しいものです。

 ヒッピー思想は、カウンターカルチャーの一過性のブームかと思っていたら、その影響は長く広く深い。
 それは、中国の思想、先住民の生活、仏教の教えなどから抽出し、それまでの経済中心の生活を見直すムーヴメントだったからだ。

 ★

 3本目の作品は、巨匠?ミケランジェロ・アントニオーニの 『砂丘』 だが、明らかな失敗作で、サントラに関わったフロイドも怒っていた。 それは、曲作りにあれこれ注文をつけられた上に3曲しか使われなかったからだ。

 このイタリア人監督は、アメリカ社会と物質文明を批判したかったのだろうが、うまくいかなかった。 前作 『欲望』 で名を挙げたが、この失敗作で5年間苦しみ、『さすらいの二人』 で復活する。
 改めて 『欲望』 と 『さすらいの二人』 を観て、巨匠だと思った。 失礼しました! 誰にも失敗はあるんです。 アントニオーニにアメリカは合わなかったのかもしれない。

 『砂丘』 をリアルタイムで観た時印象に残った場面は、 主役の男女が愛し合うパワースポット 〔ザブリスキー・ポイント (原題) ] での他の多数の男女の絡み合いと、 ラストの大邸宅や電気製品の爆発シーンだけだった。

 「ラヴ・シーン」 というには、あまりに砂埃まみれの美しくも色っぽくもない、 トカゲの絡み合いみたいな場面の音楽は、グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアが一人で即興演奏している。 曲は美しいが、この場面は乾き切っているし、全体に乾いている。
 爆発シーンには、フロイドの 「51号の幻想」 という 「ユージン、斧に気をつけろ」 の焼き直しが使われている。 私は、この爆発シーンに触発されて詩を作った。

 使われなかったフロイドの4曲の内には 『原子心母』 のベースのリフレインが出て来るし、完全なブルースを4人が演 (や) っている。 これはマニアには堪らない!

 ★

 この3本の、ピンク・フロイドが関わった映画に共通するのが 「ヒッピー思想」 だ。
 エリートでなくても現状から脱却したいと思うことはある。 その先に何があるのかは誰も知らないし、死かもしれない。
 でも抜け出たい!

 『砂丘』 で、盗んだセスナ機を返却する際にサイケデリックにボディ・ペインティングするのは、 『ラ・ヴァレ』 でも似たような場面があり興味深かったし、サイケの時代を思い出した。 フロイドが映画に関わったのは、1969年から1972年の間だけだから、やはりこの時代は特別だったのだろう。

 ★

 ピンク・フロイドが関わったこの3本の映画は、いわゆる名画には程遠く、どちらかといえばカルト映画だろう。 でも、私には名画のもつ普遍性よりも、一部の人にしか受けない特異性がもつ <毒> により惹かれるのだ。 その <毒> はもちろんロックのそれと直接つながっている。

 おそらく、それは私の疎外感や、この世との違和感を薄め、ぎりぎりに正気を保つ <薬> の役目を果たしているように思う。
 毒と薬は近い。

                                            (その6につづく)



                                          (2015年10月15日掲載)

 平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」 をお届けします。 ピンク・フロイドをめぐる長期連載の4回目は、 彼らがサウンドトラックを手がけた3本の映画――『モア』、『砂丘』、『ラ・ヴァレ』 について考察していただきました。

 ピンク・フロイド 『The Nile Song/ナイルの歌』 (You Tube より)

 次回は10月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第19回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その4・ピンク・フロイドと3本の映画/ヒッピー思想)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 ピンク・フロイドが、スタンリー・キューブリックの 『2001年宇宙の旅』 のサウンドトラックのオファーを受けていたという話を知ったのは 最近のことだが、それは結構想像力を掻き立てられた。 他にも幾つかの映画との関わりはあったようだが、現在のところ3本のサウンドトラックが残されている。
 年代順には、1969年の 『モア』 と1970年の 『砂丘』 と1972年の 『ラ・ヴァレ (谷間)』 (サウンドトラック名は 『雲の影』) だ。 (『モア』 と 『ラ・ヴァレ』 は、現在2枚組ボックスセットで販売されていますが、入手しにくく高価です。)

 『砂丘』 は、学生時代に (巨匠?) ミケランジェロ・アントニオーニの名前に釣られて観たが、訳が分からなかった。 ラストの爆破シーンだけが印象に残っている。 それに、このサウンドトラックだけは他のミュージシャンの曲も入っていて、彼らの曲は3曲しか使われなかったので、 メンバーは監督に対して怒っていた。
 今回、未使用曲の入ったCDも手に入れた。 (実は、この連載には結構取材費もかかってるのですよ。 それは楽しみでもありますが…。)

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 サントラレコード 『モア』 には苦い思い出がある。 というよりも勘違いかな?
 1973年当時、就職して初めてのボーナスでステレオセットを買い、早速レコードを買い漁り始めたが、 当然現在のCD 価格と変わらないレコードを <買い漁る> なんて夢のまた夢なのだ。 だから、ラジオや雑誌で情報を集め、練りに練って思案を重ねてレコード屋に向かうのである。 ぐらいの慎重さで買っていた。

 しかし、A面1曲目のイントロで聴こえてくるはずの心臓の音が聴こえてこない。 それは、当時の彼らの新譜 『狂気』 と間違えたからだった。
 最初に買った 『原子心母』 に感動してその勢いで買ったのに、訳の分からない曲ばかり入っている 『モア』 は、 その後40年間ほどお蔵入りとなり、今回やっと日の目を見た。 この勘違いに気付いたのも最近のことだ。

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 映画 『モア』 のストーリーを端的に言えば、「ジャンキーカップルが麻薬で破滅する」 過程を描いた作品だ。 何とも救いが無いのだが、不思議と <やすらぎ> を感じた。
 それは、ジャン・リュック・ゴダールのスタッフだったバーベット・シュローダー監督が、 当時ヒッピーの聖地だった美しいイビサ島で、蒼い海と白い家を背景にしてドキュメント風に撮影したからかもしれない。 日本映画なら感情過多でつらい作品になっただろう。

 だから、怪しげな登場人物だらけの中で、唯一まともなドイツ青年が、惚れたジャンキー娘とともに堕ちてゆく話を、 フラットな精神状態で観賞できた。 しかし、麻薬の禁断症状はもっと悲惨だと思うけどね。

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 映画の冒頭に、パープルピンクで 【ミュージック・バイ・ザ・ピンク・フロイド】 の文字でゾクッとしてテーマ曲が流れるが、 サントラではB面の1曲目に入っている。 それは、彼らが映画音楽作曲家ではなくてロックバンドであるという表明ではないかと思う。 A面にはロジャー・ウォーターズの作品が集められ、B面には4人の共作が入っているからだ。
 つまり、映画時間の流れとは関係なく、サントラとしてではなくてアルバムとして出したのではないだろうか。

 テーマ曲は、いわゆる雲の中を漂うような <フロイド・サウンド> だ。 一番重要な曲は、『イビサ・バー』 とよく似た 『ナイルの歌』 だ。
 どちらもハードロックで、『ナイルの歌』 は、 この映画出演者で唯一名前を知っていたヒロインのミムジー・ファーマーと主人公が出会うパーティーの場面で流れる。

 ヒロインのジャンキー娘はバイセクシャルだが、主人公のドイツ青年が初めて出会う怪しい男にはゲイの雰囲気がする。
 ヒッピーとフリーセックスとドラッグ。 それは、『セックス、ドラッグ、ロックンロール』 の流れだ。 でも、『ヒッピーはヤクを非難。 ヤク中患者はヒッピーの自分勝手な考え方をののしる』 『ミックスはダメ。性質が違うから』 というセリフに反して2人はミックスしてしまう。

 マリファナはタバコよりも害がないという説もあるし、ヒッピーはへロインをやらない。 しかし、マリファナからへロイン。 そしてへロイン中毒治療の為にLSDとは無茶苦茶ではないか? そりゃあ死ぬでしょう。監督が上映禁止を覚悟したのも分かる。

 『ナイルの歌』 は、サウンドの激しさに反してラヴソングのような内容を歌う。 キーワードは、「ドラッグ」 だ。
 但し 『drag me down』 (引きずりこまれる) の 「drag」 (引きずる) と 「drug」 (麻薬) を掛けて主人公の未来を暗示する。 これは、<怒り狂ったラヴソング> だが、何に対して怒っているのか?
 他にも魅力的な楽曲が収められているが、映画を観なければその魅力は半分も分からないだろう。

 ちょうど、重要なオリジナルメンバーのシド・バレットを薬物中毒で失った直後なので、 彼ら4人はこの映画の仕事をどんな気持ちで引き受けたのか?にも興味が湧く。

 フロイドのサウンドトラックは一筋縄ではいかないから、映画監督と上手く合わないと難しいと思うが、 思わず 『2001年宇宙の旅』 で、ハードロックが漆黒の宇宙に響く場面 (真空であり得ないが) を想像してしまったのだ。

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 『ラ・ヴァレ』 も 『モア』 と同じくシュローダー監督の作品だ。 こちらはドラッグは出て来ないが、むせかえるようなジャングルの緑と、可愛らしいフランス女優に釣られて、何度も観てしまった不思議な映画だ。 『モア』はドラッグでトリップするが、『ラ・ヴァレ』 は先住民の儀式に依って異空間にトリップしようとする。

 ストーリーは、これも単純で 「有閑マダムがヒッピーになる」 過程を描いている。 それだけのストーリーなのに、登場人物の原始人のような大男とジャングル奥地の (本物の) 先住民の群れに圧倒されてしまった。
 『モア』 も、私の中では位置付けの難しい映画だったが、 これはさらに何とも不思議な、哲学的で単純明解なことを述べてるようで、実践し難い古代中国の思想みたいだ。

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 ストーリーをもう少し詳しく説明すると、 [外交官の夫と離れて暮らす奥さんが、美しい極楽鳥の羽根を手に入れたくて、それを持っている青年と店で知り合う。] →[彼は、2人の女性と子どもと暮らすヒッピー大男の手助けをして、大男の目指す <幻の谷=楽園> に行こうとしている。] →[奥さんも極楽鳥の羽根を手に入れたいので、ヒッピーファミリーと青年とに着いて行くが、 その過程で先住民たちと交流するうちにお金や俗世間的な物から解放され、ついに目的地に着くのだが、そこは…] という物語です。

 つまりは、究極のヒッピー映画かもしれない。
 映像が美しく力がみなぎっているから、ピンク・フロイドには失礼だが音楽はあまり必要ないくらいだ。 実際 『モア』 よりも音は聴こえてこないのだ。 でも、彼らはこの映画が好きだと思う。

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 重要なセリフがある。
 ヒッピーファミリーが先住民と共感して全身に装飾を施され、 踊りに参加したのを見て興奮した奥さんは、文明人を捨てられない青年と話す。 青年は、『俺たちはただの観光客にすぎない』 『社会の掟を壊す我々と、恐怖とタブーを尊重する彼らとの間にどうやれば真の人間関係が作れる?』 と問う。

 その通りだろう。 ヒッピー思想は所詮カウンターカルチャーなので、資本主義の中でしか生きられない。 自給自足の先住民は、法律よりも厳しい掟の世界で生活している。 簡単には共感できないのだ。 そして、『楽園に出口は多いが、入口などないはずだ』 と言い切る。
 結局、雲に隠れた楽園は無いのです。 彼ら全員行き倒れです。 楽園は 『雲の影』 だったのか?

 フロイドのサウンドトラックは 『モア』 よりもアルバムとしてまとまっている。 それに、メンバー4人のうち3人が曲を作れるのは、いろんなタイプの曲が出来るので、ビートルズと同じくサウンドが拡がる。

 彼らのサウンドトラックの詞は、映画の内容と関わっているのかいないのか? 少しは触ってるのか微妙な距離感がある。
 気になった曲が、ロジャー・ウォーターズとデイヴ・ギルモア共作 『ザ・ゴールド・イッツ・イン・ザ…』 の一節 「お前はお前の道を行け、オレはオレの道を行く」 で、後年の2人の確執と別離を予言してるし、歌詞の中身も意味深だ。
 一番好きな曲は、軽い乗りのロックンロール 『フリー・フォア』 (自由な4人?)だ。

 これは、アルバムとしても中々面白い内容の1枚でした。
 この2本のカルト映画は、私の・隠れ名画・となった。 (『砂丘』 とヒッピー思想については次回に書きます。)

                                            (その5につづく)



                                          (2015年9月15日掲載)

 平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」 です。  ロックの歴史をひも解きながらの道行きなので、 今回もピンク・フロイドを呼び水に綺羅星の如きロック・バンド、ロック・スターの名が召喚されています。
 昨秋発売のピンク・フロイドのラスト・アルバム 『永遠 (TOWA)』 に到達するまで、まだまだ連載はつづきそう。 どうぞお楽しみに。

 ピンク・フロイド 『Interstellar Overdrive/星空のドライヴ』 (You Tube より)

 次回は9月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第18回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA)』 へ
  〜ピンク・フロイド (その3・ロックの1967年)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 ロックの流れを子どもに例えると、こうなるだろうか。(成長というよりも変化)

 思春期に差し掛かった男の子が、カッコをキメて街に繰り出し、可愛い女の子をナンパしたりチンピラどもとモメたりしながら、 次第に <その世界> の流儀を身に付けてゆく。 そして、やっと付き合った女の子はトンでもないコで、彼女に振り回されて一度は懲りるが、やっぱりまたナンパしにゆく。 でも、今度は少しやり方を変える。

 外見だけでなく、話し方を変えてみたり仕草にも工夫を凝らすのだ。 すると、前よりもマシな女の子と付き合えた。
 でも、今度は自分からそのコに飽きてしまい、次はLGBT (レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー) たちと遊び、 SMから犯罪まがいのことまでやった。

 しかし、それにも飽き、人付き合いにも疲れてしまい、森の中へ引っ込んで生活することにした。

 森の生活は、自然の音や風景に癒されたし、今まで考えたこともなかった政治や社会問題や環境問題、それに戦争にも想いを巡らせた。 でも、やっぱり都会生活恋しさと、虫の多さに嫌気がさし、また街へと戻って来た。

 だが、もう以前のように人付き合いには興味も情熱もわかず、今度は自分の部屋で <幻の塔> を造ることに熱中し出した。 そこで、彼は今日も独りで黙々とバベルの塔を造り続けている。(いうまでもなく、塔がプログレッシブ・ロックです。)

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 最初期フロイドに欠かせない重要人物であった、シド・バレットについて知ったのはずいぶん後だった。 それは、1975年発売の 『炎〜あなたがここにいてほしい』 の大曲 「クレイジー・ダイアモンド」 (で) だった。

 ここで、フロイドの歴史を俯瞰するのに、私が 『原子心母』 を聴いた1970年を基点として、その前後を振り返ってみたいと思う。
 彼らのレコードデビューは、1967年シド・バレットの作ったシングル盤 「アーノルド・レーン」 で、何と!下着ドロボウの歌だ。

 この1967年は、当時高校2年生で洋楽ファンだった私にとっても実り多い年で、ヒット曲連発だった。 ママス&パパスの 「夢のカリフォルニア」、プロコルハルムの 「青い影」、ジミ・ヘンドリックスの 「パープル・ヘイズ (紫のけむり)」、 モンキーズの 「デイドリーム・ビリーバー」、ビージーズの 「マサチューセッツ」、クリームの 「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」…。

 そして、アルバムではビ―トルズの 『サージェント・ぺパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』 と、 ドア―ズの 『ハートに火をつけて』 と、ジェファーソン・エアプレインの2枚目で、 新加入のグレイス・スリックの力強い歌声が響く 『シュールリアリステック・ピロー』 が発売された。
 当時はもちろんLPを買うことは出来なかったけれど…。

 実は当時は、『サージェント〜』 はさっぱり訳が分からず、ビートルズはロックバンドを辞めたんだと感じていた。

 そして、「モンタレー・ポップ・フェスティバル」 が開催された。 そこでは、ジミ・ヘンとザ・フーが暴れまわり、ジャニスが叫び、オーティス・レディングが熱い汗を飛び散らせた。 という情報だけは音楽雑誌で知っていた。

 この頃、サンフランシスコではヒッピーという人たちが出現していて、髪に花を飾り、自由な服装で文明社会から離れよう! というムーヴメントが起こった。
 でも、田舎の高校生には丸刈りと学生服しか許されず、2年後大学生になった私は、夏休みに田舎に帰ると、その長髪で周囲を驚かせた。 しかし、自由の象徴と思ってたジーパンは高くて、履けるのは少し後になる。

 今回、初めてちゃんとジェファーソン・エアプレインの 『シュールリアリステック・ピロー』 を聴いて、 サイケというよりはヒッピーの雰囲気を強く感じた。

 前回に書いた <ロックの第2段階> を最初に感じた楽曲は、前年の1966年のビーチ・ボーイズの 『グッド・バイブレーション』 だった。 このシングル盤は、幼なじみの寺の息子に借りて何度も聴いた不思議な曲だった。
 (その1) に出て来た、サイケを感じた2曲、ヴァニラ・ファッジの 『キープ・ミー・ハンギン・オン』 とアイアン・バタフライの 『ガダ・ダ・ヴィダ』 同様に、 この曲もオルガン・サウンドが特徴的だった。

 オルガンは、ピアノと違い空気を送って音を出すので1つ1つの音ははっきりしないが、 次の音と繋がっていくので <空気の色> を染める効果がある。
 だから、シド・バレットが言ってた <ペインテッド・サウンド> の重要な役割を担う。 つまり、絵画の背景を塗ることになるからだ。

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 ピンク・フロイドは、私にとって不可思議なバンドで、そのアルバムは 『原子心母』 以後はリアルタイムで購入した。 でも、サンタナやレッド・ツェッペリンの新しいアルバムのようにワクワクしないのだ。 正確にいえば、ワクワクの種類が違う。

 今なら、リビドーを原動力にした第1第2段階のロックと、リビドーさえ取り込んだ第3段階のロックの違いだと分かる。 (ボブ・ディランの場合は、サウンドはフォークだが、その歌詞の内容は早い時期から第3段階まで達していた。 〜例えば 「廃墟の街」 〜ギターとハーモニカだけで11分に渡り語られる内容は、ランボーの詩のようだ。 余談だが、吉田拓郎の 「イメージの詩」 はこれを元にして作られたが、如何せん <イメージ不足> だと思う。)

 サンタナの踊り出すようなリズム。
 ツェッペリンの <音の宮殿> のようなサウンド。
 ローリング・ストーンズの毎度お馴染みの歌舞伎のようなお決まりのサウンド。

 ピンク・フロイドは、それらのサウンドとは明らかに違う、冷徹な空気を醸し出す <音の粒子> で出来ていた。

 まず、リック・ライトのキーボードが、背景を描く。 背景の色を決める。 彼のサウンドは、ドアーズのレイ・マンザレクのように前に出て来ない。 ゆっくり静かに色を塗る。
 そして、ニック・メイスンのタイムラグ (時間のずれ) のあるドラムが筆を動かす。
 そこにデイヴ・ギルモアのギターが、ブルース色を付けながら線を引いてゆくのだ。
 最後の仕上げは、ロジャー・ウォーターズの書く詞だ。

 こうして、フロイドの作った <絵> は全世界で売れに売れた。 でも、それはオリジナル・メンバーのシド・バレットが居なくなってからのことだ。

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 彼らの1枚目のアルバム 『夜明けの口笛吹き』 は、シド・バレットが中心となり1967年に制作発売された。 ギターのデイヴ・ギルモアはまだ加入していない。 彼は、一時シドと重なりながら、シドが抜けた2枚目からメンバーになる。

 (恥ずかしながら)、この文を書くにあたって、ずいぶん前に買ったこのフロイドのシュールなタイトルの1枚目を、 初めて真剣に聴いてぶっ飛んでしまった! この通俗的な表現も、何やら気恥ずかしいけれど…。 それほど新鮮で面白い作品です。

 全11曲中8曲がシド・バレット作なので、彼の個人的な世界を表現したと言ってもいいだろう。 それは、1曲目の 「天の支配」 の激しいリズムで宇宙へ飛び出すパワーと、助けを求めるようなモールス信号に象徴されている。 それと童話だ。
 「宇宙」 と 「童話」 がこのアルバムのキーワードだと思った。

 LSDによる幻覚を表現したといわれるサウンドは、 所々ほんの少し前に発売された 『サージェント〜』 の 「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド」 に似ている。 でも、おそらく同時期に録音されていただろうから、シド・バレットの才能に改めて驚いた。

 2曲目のシャム猫の歌 「ルシファー・サム」 の印象的なイントロと、サビの 「アイ・キャント・エクスプレイン! (上手く言えない。説明できない。) 」 は、ザ・フーの名曲を思い浮かべる。 シドは、ポップでキャッチーなメロディも作れた。

 そういえば、最初はフロイドはシドの見映えを重視したアイドルバンドとして売り出されて、当時のサイケな服装で写っている。 そのことが、ロジャー・ウォーターズはとても嫌だったそうだ。 でも、ドラムのニック・メイスンはロックスターになりたかったと言っていた。 (ロックスターとアイドルは違うよね。)
 この 「ルシファー・サム」 は一番好きな曲だ。

 3曲目の 「マチルダ・マザー」は、まさにお母さんに童話を読んで!とねだる歌で、 4曲目の 「フレイミング」 で雲の上に横たわる。 5曲目の 「パウ・R・トック・H」 は、4人によるゆったりとしたインスト曲で、タイトル同様に何を言いたいのか分からない。
 6曲目の 「神経衰弱」 は、ロジャー・ウォーターズの作品で、激しく医者に助けを求める内容だが、 ロジャーは、「夢に消えるジュリア」 のような美しい曲も書けるが激しいのも作る。 この激しさは、後の反戦作品にも繋がると思う。

 7曲目が問題のインスト曲 「星空のドライヴ」 で、4人の演奏が9分以上激しく交差する。 ハード・ロック+アバンギャルド=サイケなのか? しかし、一体どんなドライヴなんだ!?宇宙へのドライヴだ。 やはり、現実的ではない。 (余談だが、このアルバムを聴き 『サージェント〜』 を聴いてやっと現実に戻った気がした。)

 この <狂気の> ドライヴから8曲目の 「地の精」 への繋がりは見事だ。 これは妖精の曲で、韻を踏んだ詞が素晴らしくて可愛らしい。
 9曲目の 「第24章」 は、当時流行ってた易経の教えに曲を付けた。 易経は占いの元にもなったらしいが、「行動が幸運をもたらす」 の一節が気に入った。 たまたま今読んでる 『荘子 (そうじ)』 にも通じるものを感じる。

 10曲目の 「黒と緑のかかし」 は、牧歌的な曲で、『オズの魔法使い』 のかかしを思い浮かべた。 最後の11曲目 「バイク」 は古いロックンロール調で始まり、やはりアバンギャルドで終わる。 やはり只では終わらないのがフロイドだ。 「おまえはおれの世界にはまれる女だ」 が気に入った。 バイクとは女の暗喩か?

 シド・バレットは、<狂気を孕んだ無邪気な天才> だった。 彼は <クレイジー・ダイアモンド> となり空へ還って行った。 (2006年没) そして、今でも光輝いている。

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 この年、奇しくももう一人 <黒い狂気をまとった天才> の作品が登場した。 それは、ルー・リードで、当時は全く売れなかった 『ヴェルベット・アンダーグラウンド&ニコ』 でデビューした。
 今や <名盤> となったこのアルバムを含め、1967年に発売された5枚の重要な作品を (私なりに) 位置付けしてみたい。

 「ジェファーソン・エアプレイン」 の2枚目は、やはりヒッピーが野原でマリファナを吸いながらトリップしてる感じで、 『サージェント〜』 は、現実を少しちがう角度から切り取って色を付けて表現したように思う。
 「ドアーズ」 のデビューアルバムは、地下室に続く階段の半ばあたりで立ち止まり、地上に出るか下に行くか迷ってる感じだ。

 ところが、「ヴェルベッツ」 は、完全に地下室の住人だ。 神経にさわるギターの音と不気味な歌詞は、ドストエフスキーの 『地下室』 で詩人が独りでブツブツ呟いているようだ。 〜ゾクゾクする〜

 しかし、『夜明けの口笛吹き』 は、これらの作品とは全く趣を異にする。 無理やり宇宙に飛び出したかと思うと、突然童話の世界に着地する。 それは、全く現実から遊離し、<毒のある無邪気さ> で聴く者を刺すのだ。 シド・バレットは、その傷痕を冷静にながめている。

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 1967年は、無邪気な高校生のロック小僧が、全く感知しないロンドンとニューヨークで、こんなスゴいことが起こっていたのだ。 しかし、薄められた <毒> らしきものは、確実にロック小僧を侵していた。

                                            (その4につづく)



                                          (2015年8月15日掲載)


 平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」。 ピンク・フロイドを語るシリーズ2回目ですが、本題に入る前に簡単にロックンロールの歴史をおさらいしていただきました。 どうやら大長編になりそうな雲行きです。

 エルヴィス・プレスリー 『Hound Dog/ハウンド・ドッグ』 (You Tube より)

 ビーチ・ボーイズ 『Good Vibrations/グッド・バイブレーション』 (You Tube より)

 ロジャー・ウォーターズ 『Another Brick in the Wall Part 2 (Live)/アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール Part 2 (ライブ)』 (You Tube より)

 次回は8月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第17回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その2・ロックの3段階)

                                  「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 以前、<私の考えるロック・スピリットとは、『孤独をべースとした怒りと疑問だ。』 > と書いたが (第10回、フランソワーズ・アルディ)、ロックの歴史というか流れを考えると、それは 「第2段階」 のように思う。

 黎明期のロックの衝動 <初期衝動> ――ロックンロールの誕生は、やはりカッコ良くなりたい。 女の子にモテたい。 お金を稼ぎたい。 有名になりたい。 という人間の本能に近い欲望だ。

 これは、多くの若者がもつ願望ではあるが、(音楽であれスポーツであれ) その願望を叶えられる人は殆どいない。 だからこそ憧れるのだ。

 最初にそれを世界的に達成したのはエルビス・プレスリーだ。 貧しい家庭に生まれた彼は、ギターをかき鳴らし腰をグラインドさせてアメリカン・ドリームを成し遂げた。

 私がリアルタイムのプレスリーを見たのは、1970年代の派手な衣装で大げさに歌うオジサンのエルビスだったが、 彼の出始めの頃1956年の映像を見ると、何とも衝撃的でカッコイイ! これはまさにカリスマの魅力がある。 当時思春期だったイギリスのビートルたちがノックダウンさせられたのも充分理解できる。

 エルビスは、ロックンロールの <初期衝動> を総て手に入れた。
 その後を継いだのがビートルズだ。 彼らの初期の自作曲は、ロックンロールの王道を突っ走っている。 もう、お気付きかもしれないが、ロックンロールの <初期衝動> とは <性衝動> と同義語だ。

 つまり、女の子とどうのこうのという内容に尽きる。 (だから、道徳的な?大人たちに攻撃された。それはその大人たちの嫉妬と、隠された欲望を晒したからだ。)
 これがロックの 「第1段階」 だ。 これを <発情揺籃期> といってもいい。

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 ロックンロールをロックに変えたのは、ビートルズの中期、つまりアルバム 『ラバーソウル』 から 『リボルバー』 あたりだと思う。
 彼らはアメリカでボブ・ディランに会い、ドラッグを体験した。 ディランは、元々ロックンローラーを目指していたが、フォーク・シンガーとして成功した。 (ディランもエルビスに憧れていた。)

 ディランの影響で、ジョンの詞は内省的になり、怒りや疑問も表現するようになる。 さらに、ビーチボーイズのアルバム 『ペットサウンズ』 は、ポールに大きな影響を与えた。
 これらの交流や競い合いは、最早単純なロックンロールとは呼べない、 複雑な曲の構成と詞の変化をもたらし、ロックンロールはロックとなって大きく翼を広げたのだ。
 これが、ロックの 「第2段階」 で、<好奇心旺盛・飛翔期> といってもいい。

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 好奇心旺盛なロックは、フォークからカントリー、ラテン、ブルース、ジャズ、クラシック、インド音楽、アフリカ音楽、 レゲエ、アバンギャルドまで、その触手を伸ばしたので、ロックは何でもありになってしまった。
 残されたのは、人間の深層心理にまで届く表現形式だけになってしまったのだ。

 そこで、現れたのがピンク・フロイドだった。 (実は、私は長いこと精神分析学者のジークムント・フロイトと関係があると思っていた…。 実際はピンク・アンダーソンとフロイド・カウンシルというマニアックなブルースマンから付けられている。)

 私の考えるロックの 「第3段階」 は、プログレッシブ・ロックだ。
 プログレの定義は別にして、その表現内容は、ロックの第1、第2段階が人間生活 (社会生活) からの題材が主だったのに比べて、 超現実的・幻想的であることと、その楽曲の組み立て方が論理的であることが最大の相違点だ。

 つまり、第1、第2段階ではロック・スターなりカリスマが現れたりするが、 第3段階となると作品が主体となるので、ミュージシャンの姿形は二の次となる。
 <初期衝動> の個人のカッコよさはどうでもいいのだ。 テクノロジー主体の作品が主人公となる。

 この 「第3段階」 は、<様式美完成期> といってもいい。 (これは、ある部分ヘビィメタルとも重なるかもしれない…。)

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 「プライマル・スクリーム」 (原初の叫び) というロックバンドがある。
 遥かな昔、我々の祖先たちが <尾のないサル> だった頃。 猛獣たちに脅えながら暮らしていた時に、歓びか悲しみか、その心に沸き上がる感情を、オオカミのように叫び声を上げた。
 これがロックの <根源> ではないだろうか?

 歓喜か悲哀の発露である叫びから、精神分析に近いところまで、ロックは形を変え、表現範囲を拡大してきたように思えるが、 その核は <叫び> なのだと思う。
 だから、ギター1本だけの楽曲でも、オーケストラのような大規模な編成でも、その <叫び> を感じられればロックとなるのだ。 だから、ロックはあらゆるジャンルの音楽と融合できた。

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 ピンク・フロイドは、ブルースやR&Bのコピーバンドから出発し、シド・バレットが曲を作り、4人組サイケデリック・バンドとなる。 しかし、リーダー格のシドがドラッグや精神障害でおかしくなり、彼を補うためにデヴィッド・ギルモアが加入し、一時的に5人組となる。
 やがて、シドは脱退し4人組で再出発し、世界的なビッグバンドとなる。
 バンド内で、デヴィッドとロジャー・ウォーターズの対立が激しくなりロジャーが抜けて3人組となり、 リチャード・ライトが亡くなり、最終的にデヴィッドとニック・メイスンの2人となりバンド活動を終えた。

 その最後のアルバムが 『永遠 (TOWA ) 』 だ。
 私が1970年に 『原子心母』 を聴いてから44年!経っていた。

 ピンク・フロイドが他のプログレバンドと一線を画していたのは、1966年頃から <音と光の融合> というテーマをもっていたことだ。 すなわち、ステージで演奏しながら、後ろのスクリーンや壁に映像を映すことで、視覚と聴覚を同時に刺激することを狙ったのだ。
 これはトリップ (幻覚作用) に似ている効果があり、この方法は大成功し、 次第に舞台装置は大掛かりになり、彼らは文字通りに巨大なロックバンドになった。

 しかし、ビートルズの成功で音楽産業が拡大し、ローリング・ストーンズがスタジアムでライヴをやるようになると、 ロック本来のエネルギー、つまり第1段階の <初期衝動> は当然のことながら薄まってしまった。

 元々、どんなバンドも小さなライヴハウスからスタートしているのだから、メジャーになるにつれパワーは拡散する。
 そこで、ピンク・フロイド的なコンセプト (発想) に対するアンチテーゼとしてパンクロックが誕生することになるのだ。

 特にブリティッシュ・パンクは、折からの国内政治や世情に対する反発が強くて、 その独特のファッションで、単純な曲調に過激なとんがった詞をのせて叫びまくった!
 それは、ロックの原点回帰だったが、結果的にロックの再生につながったと思う。 いわば喝を入れたのだ。

 私が言いたかったのは、ピンク・フロイドというロックバンドは、アンチという存在としてパンクロック誕生にも関わっていたということだ。

                                                 (その3につづく)



                                               (2015年7月15日掲載)


 さまざまな音楽ジャンルを横断する平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」。
 今回は、平位さんが満を持して送るピンク・フロイドの巻です。 全3回を予定していますが、もしかしたらさらに発展するかもしれません。 私もピンク・フロイドのファンなので、それもまた大歓迎です。
 You Tube の音源はいつもよりも多く、関連する3曲のリンクを張りました。 『ガダ・ダ・ヴィダ』 は17分、 『原子心母』 にいたっては23分もあります (どちらも1曲の長さです)。

 ヴァニラ・ファッジ 『You Keep Me Hangin' On/キ―プ・ミ―・ハンギン・オン』 (You Tube より)

 アイアン・バタフライ 『In-a-Gadda-Da-Vida/ガダ・ダ・ヴィダ』 (You Tube より)

 ピンク・フロイド 『Atom Heart Mother/原子心母』 (You Tube より)

 次回は7月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第16回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その1)

                                    「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  黒い部屋

 そこは、まさに 「黒い部屋」 だった。 黒い壁に大きな黒いスピーカーが2つあるだけの…。

 その黒い壁に沿った長い椅子。 申し訳程度のカウンター席。
 笠の付いた橙色の仄暗い明かりとタバコの煙が充満した狭い空間には、 若い男と少数の女の子たちが、神妙にスピーカーから流れるロックに耳を傾けている。

 それは、大音響を出し続けていて、隣の人の声も聞こえない。

 ロック喫茶。 正確には 『ビートスポット/ポパイ』 は、路地の奥の突き当たりに、2重とびらで遮断された空間に存在していた。

 そこは、行き暮れてたどり着いた私の聖地だった。
 いや、シェルターだった。
 いや、違うな!安らぐ場所でもなく、そこしか行く場所がなかったのだ。

 映画館で3本立てを観ても満たされないカタルシス。 煩悩、時代への憤懣、自分への苛立ち、死へのあこがれなどがないまぜになって、私の足をここへ向かわせたのだ。

 1970年代初めに、学生でステレオセットやレコードを持ってる者は希で、それらは一般家庭でも全くの贅沢品だった。 せいぜいFM ラジオとリール式のテープレコーダーが精一杯の私としては、 時として、大音響の中で自分を〈無〉の状態にしないと爆発しそうな <自分を> 抱えていた。

 それは、その頃も今も (時々) 私自身を悩ませている、<何処から来るのか分からない> 「超ネガティヴな感性」 だった。 突然理由もなく何もかもが邪魔くさくなるのだ。 生きてることが一番邪魔くさい。 かといって自殺願望ではなく、<消滅願望> なのだ。

 自分を完璧に消し去りたい <欲望> だ。 私が死んでも私のことは誰かの記憶に残るだろうが、それさえも消去したい…。
 つまり、リセットではなくて、「すべて無かったことにしてくれないかな?」 ということだ。

 そういう自分の 「超ネガティヴな感性」 と付き合うのに疲れ果ててしまうのだ。 (このストレスは、自己内部なので逃れようがない。)

 こういう気分は、詩や小説を読んでも薄められないし、解消はできない。 少しでも逃れるためにはロック・サウンドに浸るしかなかった。 それも歌詞のない長い曲がいい…。

 それでなくても、19〜20歳の頃に感じる無力感や焦燥感は、とてつもなく大きくて、身体は元気でもその内部には大きな空洞を抱えている。 (このアンバランスが危ういのだ。)

 思春期の最初の危機は、ビートルズによって救われたが、いつまでも 「イェーイェーイェー!」 で満たされはしないし、 ビートルズ自身も進化・成長していき、何だか近寄り難くなってしまっていた。

 そこへ 『ウッドストック』 だった。
 サンタナは鮮烈にデビューし、ジミ・ヘンドリックスは、最後の輝きを見せてくれた。
 だが、熱狂はあっという間に過ぎ去り、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソン、ジャニス・ジョプリンと相次いで逝ってしまった…。

 <消滅願望> とともに、私を苦しめたのは、多重人格とまではいかないが、自分の中にある4つの個性だった。

 それを私は、ビートルズの4人になぞらえて仕分けしていた。
 ジョンの攻撃性とポールの社交性、ジョージの繊細さとリンゴのおおらかさ。
 この4つの個性が友人との交流で、時に応じて出現するのだが、突然わき上がる怒りや苛立ちを抑えるのが最も難しかった。 説明の仕様がないからだ。

 悩んだ末に 「なるようになるさ…」 と、開き直るのがせめてもの救いだったが、そこへ至る過程が苦しかったのだ。

 このようなカオス (混沌) を抱えた気分は、サンタナやレッド・ツェッペリンや、 当時 『ポパイ』 でよくかかっていた、エマーソン・レイク&パーマーの 『展覧会の絵』 や、 強烈なジャケットのキング・クリムゾンの 『クリムゾン・キングの宮殿』 では満たされなかった。
 いや、癒されなかったのだ。

 長い 「前置き」 からやっとピンク・フロイドの 『原子心母』 に行こうと思うが、もう一段落ある。

 それは、サイケデリック・ロックだ。
 その始まりはいろいろいわれているが、私がサイケを感じた最初の楽曲は、 1967年のヴァニラ・ファッジの 『キープ・ミー・ハンギング・オン』 (7’20”) だ。 そのハードさと曲の長さには驚いた。 (ハード・ロックという表現はまだなかった。)

 次は、1968年のアイアン・バタフライの 『ガダ・ダ・ヴィダ』 (17’05”) で、これは 『ポパイ』 でよく聴いた。 どちらもアメリカのバンドで、オルガンが特徴的なサウンドだ。
 『ガダ・ダ・ヴィダ』 は、単純なリズムの繰り返しがインドのお経?のように感じられて、17分間の瞑想に入っていくように集中して聴いていた。

 この2曲が先にあって、(私の中では) 1970年の 『原子心母』 につながるのだ。
 しかし、『原子心母』 はそれまで耳にしたロックとは全く異質だった。


 ★

  ピンク・フロイド〜原子心母


  アトム・ハート・マザー

  フロイドの音はアトムから発し、
  無限大に拡がって行く。
  地球から遠ざかろうとして
  それでいて大地にしがみついている。
  聴く者のハートに染み込んだフロイドは
  母のやさしさ、包容力をふき出させ、
  おかあさーんと叫ばせてしまう。

  オートバイに乗ってどこ行くの?

  この音はどこかできいた音
  そう、母胎の中でだ。


 ★


 これは、当時書いた詩だが、40年以上経ってもこの感覚は同じだ。

 マザーは、女の子が 「おかあさ〜ん!」 と叫ぶテレビCM とつなぎ合わせた。
 A面全曲、23分42秒に渡る 『原子心母』 の始まりの、ブ〜ンという重低音がかすかに聴こえると、まるで1本の映画が始まるように身構えた。 いや、心を整えたものだ。

 そのサウンドは柔らかく温かく力強く私を包み込んでくれて、それまでの気分や空気を一変させるだけの力をもっていた。 まるで宇宙に飛び出すように…。
 そして、無重力の空間を漂うように23分余りの時間は流れ、着地する。

 それは、硬質な 『ガダ・ダ・ヴィダ』 とは違う軟らかさで、暗い空間は温度ではない温さで満たされて、 心が柔らかくなって帰ることができた不思議な楽曲だった。

 このA面は、レコードを買ってからも、仕事で疲れ果てた夕方か、昼間なら部屋を暗くして聴いていたものだ。 ――B面に名曲が入っているのに気付いたのはかなり後だった。

 京都にあった 「黒い部屋」―― 『ポパイ』。

 そこは、私の2度目の思春期 ――それは、間もなく社会に出てゆかねばならない切羽詰まった時期―― を救ってくれた空間だったのだ。

                                               (その2につづく)



                                                         (2015年6月15日掲載)


 さまざまな音楽ジャンルを横断する平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」。
 今回は、先月のポール・マッカートニーの来日公演に合わせたわけではありませんが、ビートルズの曲を取り上げていただきました。

 The Beatles 『Nowhere man/ひとりぼっちのあいつ』 (You Tube より)

 The Beatles 『I Will/アイ・ウィル』 (You Tube より)

 次回は6月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第15回 『ひとりぼっちのあいつ』 と 『アイ・ウィル』 〜 ビートルズ (ジョンとポール)
                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 私に最も強く影響を与えたビートルズの曲は、ジョンの作った 『ひとりぼっちのあいつ』 (ノーウェアマン) だ。 これは、LP 『ラバーソウル』 に入っているが、友だちに借りたコンパクト盤 (シングル盤の大きさで、4曲入って33回転) の1曲だった。 (1966年日本発売)

 この頃、高校生になったばかりの私は、自己矛盾と自己嫌悪の <悪夢の> 中学時代を何とか乗りきっていた。 小学4年生の頃の父親に対する反抗的な態度は、やがて、『高校を出るまではおとなしく親の世話になろう』 という、打算的な考えに変化していった。

 中学生になった頃は、家では反抗的なのに、学校ではいい子である自分に対して、<もう一人の自分> が囁くのだ。 『本当のお前はどっちなんだ?』 とか、『お前はずるくないか?恥ずかしいだろう』 とか、次々に正解のない問いを発してくる。
 それに対して、私は何も言い返せなくて次第に深い闇に落ち込んでいき、自殺に憧れたこともあった。

 そんな時に、『ひとりぼっちのあいつ』 が聞こえてきた。 (「聴こえる」 は、意識的にきく時に使います。) そのサウンドを聞いた途端に、『あっ、これだ!』 と、やっと正解を見付けたように思って、暗闇に灯りがともった。(対訳:奥田祐士)


  ひとりぼっちのあいつ

 『あいつはほんとに益体もない男/益体もない自分の国で/益体もない計画をだれのためともなく立てている』

 『自分の意見というものがなく/自分がどっちに向かっているかもわからない/ちょっときみやぼくに似てやしないか』

 『益体もない男よ、聞いとくれ/あんたにはわかってないんだ/自分がどれだけのものを見過ごしてるか/ 益体もない男よ、世界はあんたの思うがままなんだぜ』

 『あいつはほんとになんにも見えてない/自分が見たいものしか見ないんだ/益体もない男よ、いったいぼくが見えてるのかい』

 『益体もない男よ、心配はいらない/自分のぺースでゆっくりやればいい/だれかが手を貸してくれるまで、全部うっちゃっとけばいいんだ』

 ――以下略

 この対訳で、一番の疑問点 (問題点) は、『益体』 とは何か?だ。 訳者の労苦は分かるが、<役に立つ体 > という意味だろうか。 どこにもいない男=<実体のない男> でいいのかな。 それとも、私の解釈の <もう一人の自分> だろうか。 まあ、とにかく、それぞれの理解でいいのだろう。 これは、聴く人の自由だ。

 この楽曲の成立過程を調べると、今までと違うシリアスな作品を作ろうと5時間粘ってたジョンは、 ついに諦めた時に、この曲と詞が同時に浮かんだそうだ。
 何か、スゴい!としか言いようがないが、その時の自分の状態を書いたらしいので、もう一人の自分が自分を見ているという解釈も成り立つ訳だ。

 これは、ビートルズ初の恋愛以外のことを歌った曲らしいが、 わずか2年前には、『シーラヴジュ・イエー・イエー・イエー』 と歌ってたのに、人の心の内面まで表現できるようになったのは、長足の進歩だ。 (しかし、何度聴いても 『ヒー・ザ・リーユ・ノーウェアマン』 としか聴こえない。 『リアル real』 のリバプール訛りか?)

 実は、ジョンはこの曲の少し前にも自分の内面をさらけ出す曲を作ったが、人気絶頂の彼に対して、誰も本気に受け取ってはくれなかった。
 その曲は、『ヘルプ!』 だ。 本人はディラン風に歌いたかったらしいが、そうはいかずにあらぬことか、訳のわからぬ内容の映画のタイトルにさえなってしまったのだ。

 『世界はあんたの思うがままなんだぜ』 とは、自分の見方を変えれば、世界は違って見えるということか? 『自分が見たいものしか見ないんだ』 『いったいぼくが見えてるのかい』 ――その通り。 人は自分の見たいものしか見ないし、自分の聞きたい考えしか受け入れない。 つまり、自分という “小宇宙” でしか生きていない。
 だから、みんな <ひとりぼっち> なんだ。 と、逆算してみた。

 そして、ジョンはここで益体のない男を放り出さないで、ちゃんと助けを出している。 『心配はいらない/自分のぺースでゆっくりやればいい/だれかが手を貸してくれるまで、全部うっちゃとけばいいんだ』 と…。 うん、やさしいね。

 ジョンは、この曲で <自己解放> したように思う。
 実は、人を助けるよりも、自分を解放する方がよっぽど難しいと思う。 (例え、宇宙の果てまで逃げようと、自分からは逃げられない。死んでも?…。 自己解放とは、自分自身との <たたかい> だから。)

 私は、40歳を越えてやっと <もう一人の自分> と和解し、少しずつ自己解放できるようになった。 それは、父親の死と引き換えだったように思うけれど…。


                    ※                      ※                       ※

 ポールは、エルトン・ジョンと並んで稀代のメロディ・メイカーだと思うが、彼の作ったラヴ・ソングで、最高作は (異論はあるでしょうが…)、 『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』 (ここに、そこに、そしていたるところに) よりも、『アイ・ウィル』 (ぼくはそうする) だと思う。 これはリンダに向かって書かれたラヴ・レターだ。(対訳:奥田祐士)


  アイ・ウィル

 『だれも知らない、どれだけ長くきみを愛してきたか/きみは知ってるね、今でもきみを愛している/ 一生、さびしく待ちつづけるんだろうか/きみが望むなら、ぼくはそうする』

 ――以下略 (ポールには失礼だが、いささかしつこいのです。)

 これは、1968年発売の通称 『ホワイト・アルバム』 で、ジョンの 『ジュリア』 の前に収められている。 この曲の並びにも何か意味がありそうだ。

 ポールは、デビュー前のハンブルク時代から、ミュージカルの曲、『ティル・ゼア・ウォズ・ユー』 (きみに出会うまでは) を好んで歌っている。 これは、「きみに出会うまでは、丘の上の鐘の音も聞こえず、空を羽ばたく鳥たちも見えなかったが、 きみと出会ってからは、愛でいっぱい」 という内容の如何にもポール好みの甘いラヴ・ソングだ。

 それは、ポールの父親がミュージシャンだったことと、 ポールが14歳の時に母親をガンで突然亡くすまでは、両親の愛情を受けていたことが影響していると思う。 (素直な子どもではなかったにしても…。)
 そして、『ティル・ゼア・ウォズ・ユー』 が 『アンド・アイ・ラヴ・ハー』 を生み、『イエスタデイ』 へとつながる。 (『ミッシェル』 もこの流れの中にある。)

 この、ポールの作った3曲と、『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』 は、全部ポールの元恋人で婚約までしたジェーン・アッシャーが関係している。 結局、ジェーン・アッシャーは女優への道を進み、ポールはリンダと結ばれる。

 私が最初に好きになったのは、ポールだったけれど、ジェーンによればポールは利己的で、相手を自分の思うままにしたいタイプらしい。 (それは、未だに商品化されない映画 『レット・イット・ビー』 で明らかだ。 私は、テレビから録画したヒデオテープを持っている。)
 ジョンは、最初はとっつきにくい人に思えたけど、彼の言動が面白くて興味を覚え、以来ファンになった。

 ここまで、レノン―マッカートニーの創作活動を見てきて気付いたことは、 プロの作詞作曲家は、おそらく作家同様に孤独な作業者だろうが、この2人は友だちとワイワイやりながら、ギターを弾きながら作っている。 作曲にはジョージ・マーティンという強い味方がいたし、作詞には友だちの力を借りた。

 そう!<ひとりぼっち> ではなかった。
 何よりも2人組という強味があった。(その点、ジョージ・ハリスンは1人でつらかっただろうと思う。)
 このように、クレジットこそされないものの、たくさんの人の助けを得て作られたからこそ、たくさんの人に受け入れられたのかもしれない。

 それと、ジョンとポールの強い意志 <ぼくはそうする> だろう。


                                          (2015年5月15日掲載)


 藤圭子 その歌声が掘り起こす
 記憶の底の70年代 ―― 平位公三郎

 平位さんの音楽コラム 「レコードの溝」 は、前回に引きつづいて藤圭子です。 彼女はいったい何者だったのか。 同時代の 「聖なるシンボル」 の死を悼み、その空隙を埋めるようにして書かれた一文です。

 藤圭子 『京都から博多まで』 (You Tube より)

 次回は5月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第14回 『藤圭子という <現象>』
                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 1969年〜72年を藤圭子と <同い年> の大学生として過ごした者たちにとって、 「藤圭子」 とは一体どんな存在だったのだろうという疑問は、彼女が亡くなってからずっと私を苦しめている。

 同時代の友だちに、「藤圭子」 と口に出すと、途端に 「オー!」 と絶句する。 その沈黙の意味の深さを知りたい。 それは、私の中にもあるからだ。
 例えば、美空ひばりの歌声は未だに <現役> だ。 ところが、藤圭子は、「あの時代」 だけなのだ。 「あの時代」 に強烈に輝き消えていった流れ星なのだ。 そして忘れ去られる。
 そう!彼女の歌声は、「あの時代」 をともに生きた者だけが味わえる 「期間限定商品」 なのだ。

 ぽっかり浮かんで、他の <世代> から切り離された私たちの 「聖なるシンボル」 でもある。 だから、<彼女のことを、お前らにゴタゴタ言われたくねぇ〜よ!> という想いと拘りは、私たちが一番強いと自負しているのだ。 つまり、藤圭子は私たちだけの 「もの」 なのですよ。

 でも、彼女とは <同志> ではない。 ある意味、私たちと彼女とは一番遠く隔たった存在同士だったと思う。
 それは学歴だ。
 高校に行けなかった悔しさ・うらみつらみ。 貧乏へのうらみつらみ。 それは、一躍大売れに売れて大金が入っても消えなかった。 彼女は、哀しいくらいの <貧しさ> をまとっていた。 つまり、時間は買い戻せないのだ。 だから歌う。歌っても戻れない…。
 その繰り返し地獄だ。 もう、お金の意味はなくなっていたが、彼女はそのことに全く気付かなかった! これが、悲劇の始まりだった。

 悔しさ・うらみつらみは、「あきらめ」 へと姿を変え、「私は、歌うことしかないのよ」 と開き直り歌い続けた。 そこには、当時流行った東映任侠映画のカタルシスはなく、日活ロマンポルノの鬱屈したエロスもない。 <夢は夜ひらかない> のだ。 そこには、少々乱暴に歌が放り投げられるだけで、私たちは、その <異質な感覚> に惹かれた。

 その歌質 (「うたしつ」 = 私の造語です。)は、ジャニス・ジョプリンに似ていて、ジャニスは、「ウォ―、ウォ―」 だけで1曲歌い上げた。 (『ふたりだけで』)
 それはブル―スだった。 歌謡曲の甘っちょろい、やわいそれではなくて、もっと本質的なものだ。 ジャニスはかすれ声でそれを表現して、1970年に27才で逝ってしまった。

 ビートルズ最大の過ちは、『アップル』 という彼らの会社を作ったことだと思う。 それは、資本主義社会に於いてロック・ミュ―ジックが商売になることを証明した彼らが、逆の立場になるからだ。
 私は、心の中で 『それは違うだろう〜!』 と叫んだ。 1968年のことだ。 ビートルズ帝国の終焉だった。 彼らは恐竜のように巨大になり過ぎたのだ。 そして、1969年の 『ウッドストック』 開催が、世代交代を促した。

 その狭間に現れたのが、黒いベルベットに身を包んだ藤圭子だ。 当時の彼女は18才だったが、17才と偽った。 その1才の差とはどういう意味をもつのか?
 それは、南沙織の 『17才』 で説明できる。
 「じゅうはっさい〜♪」 では語呂が悪いということではない。 その <危うさ> は、18才には無いからだ。 (「18才未満おことわり」 のように) 少女から大人の女への変化は、この1年が勝負だから、<危うさ> を売るのは17才しかないのだ。
 見た目の <危うさ> と歌声のギャップを売りにして成功したのが藤圭子だ。

 しかし、彼女はスタ―でもアイドルでもない。 藤圭子という歌手は、藤圭子という <現象> を起こしたのだ。
 それは、どういうことかというと、私たちは藤圭子という姿を見、その人が歌う歌を確かに聴いた。 でも、その人の歌や雰囲気よりも、その歌や彼女が発散する <波動> に呑み込まれてしまい、それに一時酔ってしまったのだ。 その酔いが冷めるのは早かったが、その酔いの強烈な感覚はいつまでも残った。 だから、藤圭子と聞くと、時代とその時代の空気までも一瞬にして蘇るのだ。

 かくして、彼女は私たちの心に傷を遺して消えた。 (アイドルが現れるのは、藤圭子の後、南沙織・天地真理・小柳ルミ子や、アグネス・チャンあたりからだと思う。 そういう意味でもまさに <時代の狭間> だった。)

 1954年 (昭和29年) から運行を開始した集団就職列車は、昭和30年代の三橋美智也や春日八郎の郷愁歌謡曲ブ―ムを巻き起こした。 その歌声は、ふるさとから引き離された若者たちが、慣れない都会の夜に独り涙を流すのを見越し、彼らを慰め労働に一層励ます。
 結果的に日本資本主義経済の下支えの役目を果たした。
 そして、映画産業とともに、大衆娯楽産業の一環として音楽業界もきっちり組み込まれ、パチンコ屋で流すことでその浸透は加速していく。

 それから15年経った1969年、日本経済は世界第2位となる。 しかし、その急成長のツケは公害問題や今に続く過剰労働問題など、弱者・労働者を苦しめた。 もはや歌で励ます時代ではなくなっていたのだ。
 藤圭子の登場は、まさに <その時> だった。 <その時> しかなかった! 声にならないうめき声を彼女から受け取った人は多い。

 藤圭子のデビュ―シングル、『新宿の女』 が1969年の9月。 そして、『命預けます』 が1970年の7月。 ――この10ヶ月間。
 これが、藤圭子の全盛期だった。 1年足らずだ。
 私の感覚では、1972年1月の 『京都から博多まで』 で、藤圭子の <旅> は終了した。(と、私は思う。)
 そして、私の 『1969年から1972年まで』 の <幻想旅行> も終結し、 「就職が決まって髪をきってきた時〜」(「 『いちご白書』 をもう一度」)、 履歴書に貼る小さな写真は、七三に分けた髪型で、私は苦笑いを浮かべていた。

 それが、何かを売り渡してしまった自分への <照れ> だったのかは、今はもう分からない――。


                                          (2015年4月15日掲載)


 騒乱の 時代の狭間 彩った
 藤圭子という “あだ花” の咲く ―― 平位公三郎

 音楽コラム 「レコードの溝」。 今回は平位さんにとってもっとも忘れがたい 「あの時代」 のミューズを取り上げた挽歌のような一文です。

 藤圭子 『カスバの女』 (You Tube より)

 次回は4月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第13回 『新宿の女〜演歌の星/藤圭子のすべて』〜藤圭子
                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 藤圭子という人は、私の前から2度消えた。
 1度目は歌手として、2度目は本人として――。そして、<痛み> が残った。

 このLPを買ったのは、1973〜74年頃だと思われる。 演歌のレコードは時々シングル盤を買っていたが、LP で買ったのはこれと 「石川さゆり」 だけだ。
 そして、その時に何度か聴いたが、その後2013年1月の 『アルジェリア人質事件』 まで長い眠りにつくことになる。

 あの事件は、日本人技術者も巻き込まれた悲惨な事件だったが、 私は、「ここは地の果てアルジェリア」 の 『カスバの女』 を連想して、すぐにこのレコードを探し引っ張り出したのだ。 それは、1972年の 『京都から博多まで』 以降、(私の中で) 消えていた藤圭子の <復活> だった。
 しかし、その年の8月22日に本人は突然消滅した。

 この偶然のショックが尾を引いて傷あとが残ったのだが、そのことを年下の親友に話すと、 何と!彼は中学生の時 (1971年)、藤圭子が彼の地元の体育館で無料コンサートを開き、それを観たという。 私が、ロック系の音楽マニアだと熟知している彼は、私の反応の激しさにひどく驚いていた。
 私は、彼に嫉妬し、その時の生写真をコピーさせてもらい、その後に買ったCDに付いていたブロマイドとともに飾っている。 (2枚とも微笑んでいる。)

 中島みゆきは、上から降りて来る言葉を受け止めて紡ぎ、それを提示する <巫女> だと思う。 だから近寄り難い神聖な部分と、強烈な女性の <生理> を感じてコワイ…。

 藤圭子は、上からでなく、土着から血と汗にまみれた <粋> を吸い上げ、それをそのまま歌ったと思う。 これもコワイ…。
 美空ひばりは、いろんなジャンルを歌いこなし、その楽曲ごとに表情を変える力をもっていた。 一方、藤圭子は、カヴァー曲もニュアンスを変えて自分の歌にしてしまう力がある。

 女性歌手に限らず、上手いなあ〜と思う人の歌はたくさん聴いてきたが、 「痛い!」 と感じたのは藤圭子だけだし、それも1枚目のアルバムにしか封じ込められていないと思った。 その <痛さ> は、諦念から来ているかもしれない。

 諦念とは、「悟り (あきらめ) の心」 という意味で、その深さは彼女ほど深くはないが、私の中にもある観念だ。

 四方田犬彦が、『わが歌のあるかぎり 藤圭子』 の中で次のように述べている。

 藤圭子には爆発する契機があらかじめ失われている。 無垢が蔑ろ (ないがしろ) にされ虚言と悪が咲き誇る夜の世界にあって、彼女はただ抑圧されるままに留まる。 もはや抵抗はない。度重なる背信の結果、抵抗の芽は摘み取られ、幼くして諦念だけが彼女の心に宿ることになった。

 そして、あまり考えることをしなくなり、言われるままにステージに立ち歌った。 (彼女はスターになりたかったのだろうか?)

 それは “無思考” なのではない。それはものごとを “感じ” でつかまえるのであり、フィーリングで行動するということである。 いわば <非思考> なのだ。 (西井一夫 『怨歌の誕生』 より)

 このことは、彼女の死後流された生前のインタヴューで明らかだ。 「私、あまり考えて行動しないのよ」 と言って、あっけらかんとギャンブルに大金を注ぎ込んだ。
 だからこそ、頭の中をからっぽにして、私たちの前に <ゴロンと> 歌を投げ出すことができたのだろうと思う。 その <生歌> の強烈さに私たちは畏れおののき、そして惹かれたのだ。

 『新宿の女』 は、1960年代に、<金の卵> ともてはやされて、 集団就職列車という <労働力搾取装置> に乗せられた地方の若者たちの 「うらみ節歌」 にも聴こえる。 資本主義にだまされたが、バカだな〜バカだな〜と呟くしかない。 そして、役に立たなくなれば 「ポイとビールの栓のよに」 棄てられてしまう。
 彼らは、都会の泥にまみれた純なものを、この歌に感じたのかもしれない。 そういえば、藤圭子も高校に行けなかった。

 『星の流れに』 は、敗戦直後の大都市にたむろする夜の女たちの歌だが、 藤圭子にとっては、子ども時代の自分の家庭環境から見た世間を思い浮かべれば容易なことだ。
 1番2番は投げやりに、そして3番は優しさを込める。 しかし、過剰に感情移入はしない。「こんな女に誰がした〜」。 戦争を起こした国を恨んでもせんないが、うらみは残る。

 『あなたのブルース』 は、矢吹健の歌で、あなたあなたとしつこいなぁ〜と思った。 藤圭子の方が数段上手い。 後年、中条きよしが藤圭子が 『うそ』 を歌ってるのを聴いて、「オレより上手いよ。参ったなぁ〜」 と呟いたそうだ。 彼女は、人の持ち歌を奪う天才だ。

 さて、『カスバの女』 だが、バックのべースがジャズのリズムを刻み、フルートやビブラフォンも入り <ジャズ演歌> とでもいうべきか? 2番の 「唄ってあげましょ/わたしでよけりゃ」 の感情移入にオドロク! これが18歳の女の子か? アレンジの成功例でもある。 「貴方もわたしも買われた命」 は、外人部隊だけでなく労働者も同じだ。

 『命かれても』 は、森進一の <泣き節> が苦手だったので、こちらの方が聴きやすい。 『逢わずに愛して』 を伸びやかに歌う姿が目に浮かぶ。 「ン」 と気張るくせが可愛い。

 そしてB面になり、『夢は夜ひらく』 は、妙に色っぽいおねえさんだと思ってた、 園まりのイメージを覆す歌詞に驚き、「その歳で人生語るんじゃねぇ〜よ」 と正直思ったが、 この人はどんな生活をして来たのかと疑問に思うほどのリアルさを感じたのも確かだ。 <わたし> ではなく、<あたし> がポイントだ。

 美川憲一の 『柳ヶ瀬ブルース』 は、ヒットした当時、実家の裏の川端でよく歌ってた。 オリジナルよりもゆっくりしたアレンジだ。
 ここまで聴いて気付いたが、このアルバムの12曲は全曲同じテンポにアレンジされている。 その心地よいリズムに乗って、藤圭子は自分のぺースで歌う。

 『東京流れ者』 も、『夢は夜ひらく』 同様、石坂まさを作詞だが、「一人自分にきるタンカ」 と、内向的だ。 外に爆発するエネルギーは無い。 これも諦念を感じる。 集団就職で都会に出て来て10年もすれば、道を踏み外す者も出て来るだろう。

 次の 『花と蝶』 は森進一で、『長崎ブルース』 は青江三奈。 この2人は当時ヒット曲連発だった。 藤圭子の 『長崎ブルース』 は、艶 (あで) やかな空気を醸し出す。 そして、ラストの 『生命ぎりぎり』 が、彼女の運命を予言している。 「私のことなら放っといて〜」…。 こんな可愛い女の子は放っとけないが、どこか取っ付きにくさがある。

 『新宿の女』 の 『夢は夜ひらき』、『生命ぎりぎり』 燃やして消えた。 つまり、だまされ泣いていた女の子は、精一杯生きていく決意をするのだ。 藤圭子はこの1枚で完結してしまった。
 その濃密な時間の流れは、東大安田講堂から浅間山荘へと流れ、私の学生時代の4年間とも完全に一体化し、 私の頭蓋骨の裏側に張り付いて取れないのだ。 そして、時々疼きやがる!

 当時18歳の女の子が、これだけの表現力をもっていたのは驚異的だが、最初の1枚が最高傑作という <〈悲劇〉でもある。 天才に〈成長物語〉は無い。 それは最初から完成しているからだ。

 〈その時代〉と重ね合わせて語られたのは、美空ひばりと藤圭子と山口百恵と中森明菜ぐらいだと思う。 (異論はあるでしょうが…)。 中島みゆきは、作り手でもあるので、歌い手である自分と歌との距離を計算できるけれど、 ちあきなおみのように、歌に憑依して人生が狂ってしまう歌い手がいる。

 ひばりは、肉親を相次いで亡くした。 藤圭子は、平穏な家庭を築くことができなかった。 中森明菜は、最初は歌の上手いアイドルだなと思っていたら、 いつの間にか憑依したように歌っていて近寄り難くなり、私生活は不安定だ。 唯一、平穏な家庭をもてたのは、すっぱり歌を捨てた百恵だけだ。

 2013年8月22日のショックからしばらくして、藤圭子と八代亜紀が共演した 『ふたりのビッグショー』を録画したビデオがあったことを思い出し、探し出して観た。 『あの頃あの歌 新宿へ…』というタイトルだった。
 調べると、1996年の放送で、それが分かったのは、藤圭子が歌ってた新曲だ。 その曲名は『天国』だった!(カンベンしてよ…。)

 八代亜紀は、クラブ歌手だったので、収入は安定している。 だから歌唱も安定していて、お酒を飲みながら楽しむお客さんを満足させるために気を配りながら歌う。 一方、藤圭子は流しだから刹那的で、収入も不安定だ。 そんな2人が楽しそうに歌っていた。
 八代亜紀が歌っている隣で、藤圭子は体全体でリズムをとり、口ずさんでいる。 本当に歌うことが大好きなのだ。 私は、そんな様子を観ながら涙が流れ、やっと彼女の死を受け入れられた。

 一つ歳上の八代亜紀に抱きしめられて、少女のようにはにかむ45歳の藤圭子が愛おしい…。 命を削った歌をありがとう!

 そして、さようなら。


                                          (2015年3月15日掲載)


 さまざまな音楽ジャンルを横断する平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」。 今回は、オールナイトニッポンやビートルズを通して馴染んでいった黒人音楽のこと、 はたまたフォー・トップスの身体感覚について考察していただきました。
 フォー・トップス 『It's The Same Old Song/ イッツ・ザ・セイム・オールド・ソング』 (You Tube より)

 次回は3月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第12回 『リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア』〜フォー・トップス
                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 このシングル盤は、正確には両A面扱いで、B面は 『セイム・オールド・ソング』 だ。 A面は 「66年全米ヒット・チャート1位」、B面は 「65年全米ヒット・チャート5位」 と書いてある。
 定価400円のシングル盤を、約4km離れた隣町まで汽車賃節約のために自転車で行った覚えがある。 汽車賃は100円以下だったろうから400円は大金だ。
 小さな本屋しかない城下町と違い、隣町は商店街のある <まち> に思えた。 もちろん、姫路に比べればただの田舎町なのだが…。

 その駅前の本屋のレコードコーナ―で手に入れたのだが、 今思うと、この売れ筋から外れたマニアックなレコードを、店主はよく仕入れたなぁ〜と思う。 レコードの数も多くなかったのに…。(加山雄三やスパイダースが全盛だった。)

 私が、初めてソウルミュージックとか、リズム・アンド・ブルース(以下、R&B) と呼ばれている楽曲を聴いたのは、 1965年、テンプテーションズの 『マイ・ガール』 だった。 その今まで聴いたことのないかっこいいサウンドにシビれた。 覚えやすいメロディと分かりやすい歌詞が誘因でもある。

 1967年に始まった、ラジオ深夜放送 『オールナイトニッポン』 が、私の洋楽好きに拍車をかけた。 当時の高校生のトレンドで、学校での話題にもなるのだった。
 私は、大学入試講座のテキストを買い、「これで勉強するから…」 と自分専用のトランジスタラジオを手に入れた。 少しは勉強したが、大半は深夜放送及びロックやポップスを聴いてたのは言うまでもない。

 『オールナイトニッポン』 のパーソナリティは、しゃべりとレコード重視のタイプがいたが、 私は音楽優先の糸居五郎と亀渕昭信が好きだった。 それを聴いて、ビルボードとキャッシュボックスのヒットチャートを知ることになる。 それをノートに記録したこともある。
 そこで、R&Bやソウルミュージックと呼ばれていた音楽を知るのだが、当時は黒人ミュージシャンばかりだった。 黒人がアメリカで一旗揚げるには、ミュージシャンかスポーツ選手しかないと言われていた時代だ。

 モータウンサウンドを知るのは、ビートルズを通してだった。
 1961年全米1位のマーべリッツの 『プリーズ・ミスター・ポストマン』 と 1963年のスモーキー・ロビンソン&ミラクルズの 『ユー・リアリー・ゴッタ・ホールド・オン・ミー』 のカヴァーだ。 この2曲を聴いた時には、特に後者は粘っこく黒っぽく感じたものだ。
 ビートルズの初期から中期にかけては、R&Bの影響を曲作りの面でも強く受けている。 (『ラバーソウル』 は、その集大成。)

 同時に、彼らはソウルミュージックとミュージシャンたちをリスペクトしているから、 自分たちのコンサート会場に、黒人の観客を入場拒否している場合は出演しないと宣言している。 (ポールの作った 『ブラックバード』 は、黒人の公民権運動家の女性を励ますために書かれた。)

 さて、このレコードだが、B面の 『セイム・オールド・ソング』 のリズムに驚愕した。 イントロのかっこいいドラムから、跳ねるようなリズムに思わず体が動くのだ。 そして間奏でサックスが入る。 (当時、サックス奏者なんてサム・テイラーしか知らなかったけど…)
 そして、このリズムの跳ね方はどこかで体験したことに気付いた。

 それは、1964年東京オリンピック100メートル走で優勝したボブ・ヘイズの、上体を揺らしながらの走り方だ。
 100メートルを10秒で駆け抜けた彼の走り方を真似て、「ヘイズヘイズ」 と言いながら、 木造の古い廊下を友だちと競走して先生に怒られた中学の頃――。 黒人の筋肉にも驚いたものだ。

 体が自然に動く理由を分析すると、日本の歌謡曲のリズムは2拍目に手拍子を打つ (後打ち?)。 『お富さん』 を歌いながらリズムを取るとよく分かる。 でも、ロックやR&Bは1拍目に (前のめりに) 打つのが多い。 だから体が動くのだ。

 この違いが明確に表れたのが、ディープ・パープルの初来日ライヴ盤で、 『スモーク・オン・ザ・ウォーター』 のイントロを、リッチー・ブラックモアが弾きだしたが、手拍子とずれる。 戸惑ったリッチーは、リズムを取り直して弾き直している。
 これは、考え過ぎかもしれないが、1972年、パープルの初来日時に会場に詰めかけた世代は、 私と同じ1950年代あたり生まれで、ビートルズとともに歌謡曲も聴いて育っているので、 後打ちの手拍子が染み付いていたのかもしれない。

 『セイム・オールド・ソング』 ( 「同じ古い歌」 という意味) は、 「君はミツバチみたいに甘くって/ でも、ミツバチみたいに針を持っている。」 と、 歌い出される失恋ソングだが、それにしては勢いがよすぎてちっとも悲しくない。
 「僕は <感傷的なバカ> なんだろうか。 (センチメンタル・フ―ル)」 というフレ―ズが心に残る。 そして、「あの古い曲を聞いても、今は違って聞こえるよ。」 と繰り返す。

 4人組のボーカルグル―プは、当然リードシンガーと3人のバックコーラスなのだが、 コーラスのつけ方が、きれいにハモるのでなく、どことなくラフでそれ故力強いのだ。 ヘイズの筋肉と走りのように…。

 そして、A面の 『リ―チ・アウト・アイル・ビ―・ゼア』 では、コール&レスポンス (掛け合い) が行われる。 これは日本の楽曲にはない形式で、ゴスペルやブルースなど黒人奴隷の子孫たちの楽式だ。
 イントロがかっこいい!フル―トが入り、駆け足のリズムになるが、B面と違い馬が走っているようだ。 そして、落ち込んでいる相手に対して、「僕はそこにいるよ (アイル・ビ―・ゼア)」 と励ます。 リフレインは、「ダ―リン (手を伸ばして) / さあ、僕に掴まって」 で、「伸ばして」 が 「リ―チ・アウト」 だ。 その後に 「ハッ!」 という掛け声が入るのが決まってる。 これは、一応男女間の愛の歌だが普遍的な愛にも受け取れる。

 今、振り返ると、たった1枚のこのシングル盤には、ジャズやブルースにつながる要素が含まれていて、 その後の私にとってはとっても大切な1枚だったのだ。 それなのに、友だちの古本屋さんに渡しかけていた。 危なかった…(汗)…


                                          (2015年2月16日掲載)


 平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」 です。 今回はフォークの加川 良を取り上げます。 唄は世につれ 風まかせ。 コンサート会場の記憶と結びついた 「何かが完全に終わったな」 という一節に、寒々とした実感がこもっています。
 加川 良 『下宿屋』 (You Tube より)

 次回は2月16日の更新予定です。

 レコードの溝  第11回 『親愛なるQに捧ぐ』〜加川 良
                       「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 「京都の秋の夕ぐれは/コートなしでは寒いくらいで/丘の上の下宿屋は/いつもふるえていました」
 この語りで始まる 『下宿屋』 は、 毎年10月の半ばを過ぎ、上着が必要な季節になると頭に浮かぶ曲だった。(1972年の作品)
 初めて聴いたのは、1972年大学4回生。 次の年の3月で卒業だった。 単位が足らず焦ってた。

 前年の71年に、念願の <本当の> 一人暮らしが実現した。 70年安保の年の <通り抜け> の3畳間からやっと脱出し、鷹ヶ峰という大学から坂を上った6畳のアパートに入居できた。 家賃は6,000円で2倍になった。
 鍵のかかるベッドのある個室だ! 本当にうれしかったが、さて問題は生活費をどうするか?だ。

 そこでバイトをすることにした。
 実は、1969年の暮れに友だちに誘われて、2週間ほど錦市場の近くの有名なうどん屋でバイトをしたことがあった。 これは、店の奥の部屋で、従業員たちと寝泊まりする結構過酷な労働だったが、 思った以上のバイト料をもらって意気揚々と元日の朝に田舎に帰った思い出がある。

 しかし、それ以後 「働くのはイヤ」 と言ってバイトは断っていた。 だが、仕送りの値上げを頼む訳にもいかず、そのアパートの隣の部屋に住んでいたK先輩の誘いもあって、 大型スーパーの中の惣菜屋の売り子のバイトを始めた。 K先輩が4回生になりバイトを辞めるので後釜だった。
 友だちのF君と一緒だったし、閉店後に、大将の家で飯を腹一杯食わしてくれるのが魅力的だった。 同年輩の従業員もいて楽しかった。 結局、約2年間ここでバイトした。
 K先輩とは、新入生の寮生活から縁があって、私を <観念の世界を漂う詩人> と認めてくれた茶道部の人だ。 このアパートの2年間は、ドタドタと毎日楽しかった。

 さて、70年頃から遊びの方に気がいっていた私に、ギターも加わったのは、当時のブームのせいかもしれない。 そういえばボーリングにもハマり、早朝割引で通い詰め210のスコアまで出した。 流行に敏感だったのだろう。
 近くの質屋に飾ってあった6000円のガットギター (クラシックギター) が欲しくなり、ついに手に入れてギター雑誌を買って練習に励んだ。 左手の指先が水ぶくれになった。

 このアパートに来て、ギターはフォークギターに替わり腕も上がったが、学校には殆ど行かなくなった。 夜中に近所の友だちの下宿に行って騒ぎ、夜明けとともに眠り、夕方からバイトに行くという生活になった。 単位が取れるはずがない。 おまけに、ロック喫茶通いも始まった。
 71年は遊びまくった。 アルコール類はまるきしダメなので、そちらには行かなかったが…。
 さすがに、72年になると焦って必死に単位取得に励んだ。 (72年3月にK先輩は卒業して、その後にバイト仲間で友だちのF君が入居した。)

 ギターに一層熱が入ったのは、K先輩から面白い歌があると教えてもらったからだ。 それは、拓郎の 『今日までそして明日から』 だった。 それから拓郎に夢中になった。 リール式のテープにFM ラジオから録音して聴きまくった。 もちろんロックもだけど…。

 加川良の 『教訓T』 は知っていたが、胸に沁みたのは高田渡のことを歌った 『下宿屋』 だ。 高田渡とは、K先輩と 『コーヒーブルース』 のイノダの前ですれ違って、2人で興奮した。
 1974年だったかに、加川良のコンサートに友だちと行った。
 何だか静かなコンサートで、加川良は、「静かでいいコンサートですね」 と言ってたが、 彼はステージの奥で歌っていて、「遠いな…」 と、友だちがつぶやいたことを覚えている。 ちょうど就職したてで、何かが完全に終わったなと感じた。

 それは、72年2月の浅間山荘事件をK先輩のテレビで観た時に感じた <終わり> とつながり、 『木枯し紋次郎』 の雰囲気が街にあふれ出した頃には、時代は完全に個人的欲望主義へと移っていた。 (個人的欲望主義なんて、資本主義だから昔からそうなんだが、要するに学生運動の評価の問題なんだろう。 世の中を変える、変えられるという意識の提案だったと思うが、そのパワーは、内向きに暴力的になり支持を失ったのだ。)

 それは、岡林から拓郎への流れと合致するが、加川良はどうなんだろう?位置づけとして――。 高田渡の土着性ほど濃くはないが、高田渡には無い叙情性がある。
 それは、拓郎の 『旅の宿』 が歌謡曲の要素をうまくフォークに取り込んでヒットさせた器用さではなくて、 (その器用さが加川良にあれば、もう少し売れていただろう。) 三上寛ほどの粘っこさもない。 何だか不可思議な人なのだ。

 でも、このアルバムの1曲目と2曲目は、独特の <情念> が燃え上がる。
 『偶成』 では、いつも一人で夢想・妄想している危ない男を歌う。 犯罪者になりかねない執念があるが、誰しももっている部分でもある。
 『こがらし・えれじい』 は、労働者の怨み節だ。 屋台の焼きそば・焼酎から始まり、公害・はっしっし・腹切りまで唸りたおす。 浪花節フォークだ。 (三島の腹切りは、フォークでしか歌えないだろうが、遠藤賢司の 『カレーライス』 にも登場するから、少しショックを共有できた気がした。)

 3曲目の 『夕焼けトンボ』 は、しんみりと、「夕焼けトンボは なぜ赤い/俺の涙を 見すぎたのだろうネ」 と歌う小品だが好きな曲だ。
4曲目の 『靴ひもむすんで』 は、珍しくカントリー風の明るい曲だが、詞の内容はシニカルだ。 何をしても (結局は) 「一人ぼっちなんだヨ」 のリフレインが心に残る。
 こういうシニカルや内向きに沈む詞を拓郎は書かない。 もっと外向きに広がるように表現するから売れたと思う。 加山雄三と荒木一郎の差異に似ている。

 A面のラストは、画家マリー・ローランサンの 『鎮静剤』 (訳詞、堀口大学) だ。 この曲は高田渡よりも好きだ。 「退屈な女より もっと哀れなのは/悲しい女です」 から始まり、「死んだ女より もっと哀れなのは/忘れられた女です」 で終わる。
 自分を慰めるために、誰それよりもマシだというのは、余計哀れではないのか?な。 (それを言っちゃあ、おしまいか…。)

 B面1曲目は、バイオリンが哀愁を誘う 『こもりうた』。 「僕は さすらいの児」と優しく歌いかける (誰に?)。 これは、ラストの曲、『親愛なるQに捧ぐ』 の 「昨日は労音 今日民音」 とつながり、彼は今でも日本中をさすらい、歌っている。 小さな会場を…。とても彼らしいと思う。

 そして、この哀愁と叙情性は次の 『下宿屋』 へと続いてゆく。 高田渡を関西弁のイントネーションで語るのがたまらない! 「そこの角砂糖でもかじったら」 は、私の <流行語> になった。
 今聴くと、ちょっと持ち上げ過ぎかな?と思うけど…。 ただ、高田渡は <反・カリスマ> のカリスマみたいな存在ではあるけど。 つまり、無欲の超人 (達人) みたいな。

 次の 『白い家』 は、カントリー調の明るい曲。 小さな喫茶店の可愛い歌だ。
 『コオロギ』 は、山頭火の味わいで、無常を感じる。 『夕焼けトンボ』 とか 『下宿屋』 とか 『こがらし・えれじい』 とか 『こもりうた』 とか、『鎮静剤』 のピアノにさえ、秋、それも晩秋を想起させる。

 ラストの 『親愛なるQに捧ぐ』 は、作者の当時の世間の見方だろうか? いろんな人たちや世相を批判してるように思う。 そして、「唄は世につれ 風まかせ/コンコン唄うは キツネかタヌキ」 と繰り返す。自虐的だ。 いい感じ。
 果たして、Qとは誰か? 私たちか…。

 そろそろコタツが必要な季節になって来たなあ〜。
(この文を書いたのは、10月の半ばです。)

                                          (2015年1月15日掲載)


 さまざまな音楽ジャンルを横断する平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」。
 2014年の掉尾は、かつてアイドル的な人気を誇ったフランスの女性シンガーソングライターへの40年目のラブレターになりました。
 Fran〓oise Hardy 『Ma jeunesse fout le camp…/もう森へなんか行かない』 (You Tube より)

 次回は2015年1月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第10回 『フランソワーズ』〜フランソワーズ・アルディ
                         「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 私の考える 「ロック・スピリット」 とは、表現方法や形式ではなく、その精神なのは言うまでもないが、私なりの <原則> があるかもしれない。 それは、まず根っこに <怒りと疑問> があること。 そして、マイノリティの感覚 (で) あることだ。

 私自身、個人的にも社会的にも差別を受けた覚えはないが、子どもの頃から大人たちの差別的な発言に対して、 いつも心の中で強い反発を覚えていた。 その <反発> の出処は、私が家族の中で強く感じていた <孤独> からだと思う。

 人は孤独を意識すると自立し、強くなれる。 (自他の) 弱さも分かり、人に対して優しくなれると思う。 (しかし、己の孤独を見詰め続けるのはツラい。 だからどこかの時点で群れたがるのだ。)
 つまり、孤独を意識して周囲を見回してみれば様々な矛盾に気付く。 そこから 「ロック・スピリット」 は生まれるのだ。

 もっとかっこよく文学的に表現すれば、 <心の中に孤独の暗い森があり、その中にフツフツとたぎる沼がある。 その沼には時として怒りと疑問の泡がボコボコと浮き上がる。> という心象風景になるだろうか――。 その泡をとらえるのだ!

 1973年当時、ロックのレコードひと筋だった私が、なぜアンニュイ (物憂い気分) なこのレコードを求めたか? これも今回初めて判明した。 (後程調べると、1968年の作品だった。)
 それは、〈孤独〉だった。

 フランソワーズ・アルディは、モデル出身の歌手・女優だと勝手に思い込んでいたが、 シルヴィ・バルタンと同い年生まれで、1960年代のフランスでは大スターだった。 10代で!
 でも、彼女がバルタンやジェーン・バーキンと違ったのは、16歳のお祝いに買ってもらったギターで作詞作曲していたことだ。 このレコードの12曲のうち5曲を作っている。 (一人で人形遊びをしていた少女は、自分の世界を創り出していたのだ!)

 レコードジャケットは、24歳当時の彼女の横顔が両面に大きく、片面は写真でもう一方は絵で描かれていて、極めて簡素で美しい。
 私は女性の横顔が好きだ。無意識の横顔が…。 横顔は正面からとは違い無防備になるからだ。 その時のポイントは、鼻の稜線だ。 それと鼻の穴の形。
 アメリカ女優のキャンディス・バーゲンの鼻の形が一番美しいと思う。 彼女の鼻の先端はツンと飛び出ているのがタマラナイ!(フェチか?)

 初めてフランスの楽曲を耳にしたのは、曲だけの 『パリの空の下セーヌは流れる』 で、 『峠の幌馬車』 と同じ頃 (小学高学年か中学生) だと思うが、幌馬車が頑張って峠を登ってるのに比べて、 何だかフランスって (行ったことないけど) 柔らかくてゆったりしてるなぁ〜と感じたことを覚えている。
 それは、シルヴィ・バルタンの 『アイドルを探せ』 で、初めてフランス語を聴いたのと似ていて、 バルタンの小悪魔的な魅力は、明るく元気なだけのアメリカン・ガールには無いものだった。 ジェーン・バーキンは、フランス人ではないが、セルジュ・ゲンズブールと出会って開花した。 彼女は、ささやくように歌う。

 そう!フランス語は <ささやく> のです。 ささやくのに適した言葉だと思う。 英語は叫ぶのです。 ロックです。 ドイツ語は演説に向いてると思う。 とんがってる。 日本語は <つぶやく> のです。 ぶつぶつと…。
 ささやくには相手が要るが、つぶやくのは独りです。 日本語は、寂しい言葉かもしれない…。

 さて、A面の1曲目は、ドイツ語で歌われる 『夢を追って』。
 重苦しいイントロから、夢の儚さや危うさが、(行ったことないけど) ドイツの黒い森の中を歩くように、物憂げに歌われる。 (当時 「ロック小僧 (バカ)」 だった私は、この1曲目に非常な違和感を覚えたが、なぜか安らぎも感じたのだ。)
 そう、「ちょっと頭を冷やしなさいよ。あんた…」 という感じで、7つ上のお姉さんに諭されているように…。 (確かにこの頃、想い描いていた職場と現実のギャップにイラついて、3年経ったら辞めてやろうと考えていたのだ。) ドイツ語が冷静さを引き立てる。

 2曲目からはフランス語だ。 フランス語は、発音しない文字もあり、それが陰影を与えているように思う。 それと、フランスの詩の歴史が、独特のタイトルや歌詞の表現にも影響していて、日本語や英語にはない雰囲気をかもし出す。 ニュアンスというやつかな?

 A面で、重要な曲は、4曲目の 『もう森へなんか行かない』 だ。 「私の青春は行ってしまう/〜柳を切る人たちが/私の20才を刈り取る」と歌い出されて、 「私たちはもう森へなんか行かない/詩人の歌/安っぽいリフレイン/俗っぽい歌を/陽気な男の子に/夢見ながら歌っていた/ 私はその名前さえ忘れている…」 と続く。
 要するに、青春との別離なのだが、青春の象徴が森なのが印象的だ。 A面のテーマは <別離> のようで、次の 『さよならを教えて』 は、ツラい別れをさらっと軽く歌ったヒット曲だ。

 B面1曲目の 『ラヴィング・ユー』 は、唯一の英語曲だが、何だか英語が平面に聴こえる。 『蒼ざめた時間』 や 『水の中の環』 『驚かせてよ、ブノワ』 『指をはさまないように』 なんて、タイトルだけで素敵じゃないか! さすがフランスと言いたくなる。
 それぞれの歌詞に印象的なフレーズがある。 B面は <恋の不安> がテーマのようで、揺れ動く女心が変化をつけた曲調で歌われて飽きさせない。 アレンジャーやミキサーが冴えている。

 どうやら私は、時空を越えてアルディに恋したようだ。


                                        (2014年12月15日掲載)


 さまざまな音楽ジャンルを横断する平位公三郎さんの自伝コラム 「レコードの溝」。 今回はトム・ジョーンズの歌からロック・スピリットを抽出するの巻です。
 私がその名前を覚えたのは、高校生のころ熱心に聴いていたコサキンの深夜のラジオ番組だったっけ。 和製トム・ジョーンズといえば尾崎紀世彦のことでした。
 Tom Jones 『It's not unusual/よくあることさ』 (You Tube より)

 次回は12月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第9回 『ライヴ・イン・ラスヴェガス』〜トム・ジョーンズ
                         「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 これも姫路まで出掛けて手に入れたレコードだ。 ポータブル・レコード・プレーヤーで聴いていた4枚のLPのうちの1枚だが、なぜ20歳ぐらいの若造が、 ラスヴェガスで、セレブがお酒を飲みながら楽しむライヴアルバムを買ったのか?については後ほど説明する。

 1970年と歌詞カードに書いてあるので、私は大学2回生になり、寮を出て一人暮らしを始めた時だ。 (プレーヤーは実家に置いてあり、京都の下宿にはFMラジオとリール式のテープレコーダーを持っていた。)
 一人暮らしといっても、3畳の私の部屋?を通らないと奥の部屋に行けないという造りになっているから、個室ではない。 1畳1,000円の家賃で、食事も風呂も外だ。 奥の6畳には高校時代の友だちが住んでいたから、ここに決めたのだが、さすがに落ち着かない。
 それでも、下宿の高校生の一人息子と、もう一人の学生の4人でトランプをしたりして、楽しく遊んだ思い出がある。

 そして、70年安保のデモに友だちと出掛けたり、映画に行ったりして次第に学校に行かなくなり始めた頃だ。 鮮明に覚えているのは、三島由紀夫が割腹したニュースを、昼食を食べながら街の食堂のテレビで見て、 (別に三島ファンではなかったが) 金閣寺の前を悄然と歩いて下宿に帰った。

 こんな暮らしをしていた私と、レコードジャケットの付録ポスターに、太い葉巻を手にした30歳の男盛りで、 絶頂期のトム・ジョーンズがどこで繋がるのか?と思われる。
 それは、彼の生い立ちだろう。
 イギリスのウェールズで炭坑夫の父親の元に生まれた彼は、 <石炭でうがいをした> 声をもつと言われて、苦労してのし上がった。 ビートルズと似ているが、デビュー当時は迫力がありすぎて売れなかった!?

 私の世代は、プレスリーには子ども過ぎて届かず、パット・ブーンはおとなし過ぎた。 クリフ・りチャードも印象が薄い。 まあ、アンディ・ウィリアムズかな? でも、物足りない。 シナトラの 『夜のストレンジャー』 は好きだった。
 そこで、トム・ジョーンズだっ! つまり、彼に <ロック・スピリット> を感じたということだ。 (これが私の絶対の価値観)。

 まず、シングル盤 『ラヴ・ミー・トゥナイト』 が気に入り、実家でテレビショウ 『ディス・イズ・トム・ジョーンズ』 を観て圧倒された。 低音がガラガラ声になるのがたまらない! それとひたすらパワフルなのだ!

 それは、このライヴでもビートルズの2曲を歌っているが、『ヘイ・ジュード』 は <ひとりビートルズ> の迫力で、 ジョンとポールとジョージの3人でも敵わない。 (ちなみに彼は、ジョンとリンゴと同じ年生まれ!)。
 もう1曲、『イエスタデイ』 を情感たっぷりに歌い上げるが、 私の十八番 (おはこ) のこの曲は、カラオケでは2分05秒で終了するが、 スローで誰かが歌ってた記憶がずうっと残ってたのが、今回やっと判明してスッとした。 (ちなみに、3分16秒だった。)

 さて、バンドの前奏とともに飛び出してきた彼は、いきなりのパワー全開。 A面ではヒット曲 『デライラ』 もいいが、私にはレイ・チャールズで名高い 『愛さずにいられない』 が最高だった。 「アイ・キャント・ストップ、、、」 と、いきなり絶叫で始まり、 中ほどでその絶叫 (アイ) が最高峰に上がり急降下 (キャント) する瞬間にゾクッとした。 これはライヴならではのスリルだ。

 B面には、ビートルズの2曲の他に、『ラヴ・ミー・トゥナイト』 と 『よくあることさ』 のヒット曲が歌われるが、 『よくあることさ』 (この邦訳は秀逸!) は、テレビショウのオープニング曲で、 「アイ・ウォナ・ダイ (死にたい) 」という歌詞に驚いたのを思い出す。

 それは、『アカシアの雨がやむとき』 の 「このまま死んでしまいたい」 のマイナー調とは全然違って、 アップテンポで <あっけらかん> とあっさり歌われるからだ。
 この表現の相違は、リズムに乗りやすい英語と、乗りにくい日本語というだけでなく、気質の相違も感じさせた。 と同時に、外国人も死にたくなることがあり、それも <よくある> んだと納得し安心もした。

 圧巻は、ラストの曲、『ツイスト・アンド・シャウト』 だ。 途中から 『ダンス天国』 が挟まれるが、その間の <語り> がスゴい! 歌詞カードにはご丁寧にもそれも載っていて、中高生でも解る内容だ。
 「ここへ来て3日目だ。分かるか?3日目だよ。いいか、オレは女が欲しい!家から離れて寂しいんだよ〜」 などど煽る。 当然男たちは置いてけぼり…。
 ちなみに彼は、16歳の時に彼女が妊娠して子持ちになっている。 さすがと言うか…。

 汗まみれで歌い終えて、誰かハンカチを貸してくれと言うと、ご婦人方がステージに殺到する。 まさにセックスシンボルだ。
 昔、プレスリーには下着が投げられたと聞くが、福田一郎センセーがジャケットの解説に書いていた通り、 高い料金を払わされた殿方たちは、どんな気分でこのショウを観ていたのだろうか?

 日本が安保で揺れ、三島由紀夫が自決した1970年に、遠いラスヴェガスでは夜毎こんなショウが行われていたのだ…。


                                        (2014年11月15日掲載)


 さまざまな音楽ジャンルを横断するコラム 「レコードの溝」。 第8回はサイモンとガーファンクルのデビュー盤です。 平位さんがお気に入りの1枚の全曲レビューをしてくださいました。
 これまで月2回更新してきた当欄ですが、文章の増量を受けてこれからは月1回となります。
 次回は11月15日の更新予定です。

 レコードの溝  第8回 『水曜の朝、午前3時』〜サイモンとガーファンクル
                         「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 このLPは、ずっと高校時代に買ったと思っていたが、解説文や中の写真を見ると、 大学生の時に姫路まで帰省中に出掛けて手に入れたと思う。 (あやふやな) 私の記憶でも、ボブ・ディランの 『ナッシュヴィル・スカイライン』 とどちらにするか? 2枚手に取って迷い、結局初めから決めていたこちらにしたことは確かだ。

 それは、やはり映画 『卒業』 のテーマ曲が、「サウンド・オブ・サイレンス」 だったことが大きい。 『卒業』 も、1968年日本公開当時に、実家から列車で約2時間の姫路まで、高校の定期券を利用?しながら、 参考書を買ってくるという <口実> で、実は映画鑑賞をしていた。(この手は何度か使った。)

 1964年に発売された、彼らのこのデビューアルバムは、折からのビートルズを筆頭とするリヴァプール旋風に飲み込まれて話題にならず、 売れず、1966年にフォークロック調にされたシングル盤の 「サウンド・オブ・サイレンス」 が大ヒットする。 その時サイモンはイギリスにいて知らず、慌てて帰国したのは有名な話だ。

 この頃のLP は、分厚い見開きジャケットで、解説文も詳しく英語歌詞も付いているし、レコード盤も重い。 レコード会社が <S&G体験> というキャンペーンで売り出しているから、 彼らの最後のアルバム 『明日に架ける橋』 が出た頃の版かもしれない。(だから、1970年かな?)

 このデビューアルバムに収められた12曲のうち、ポール・サイモンの作品は5曲だけで、 それも 「サウンド・オブ・サイレンス」 以外は有名ではないので、あまり評価されていないようだ。 しかし、アコースティック・ギターと2人の歌声だけの <簡素な> サウンドは、一種の宗教的な清々しさで、新鮮な気持ちにさせてくれる。

 1曲目は、勢いのいいゴスペル・ナンバーで、「ユー・キャン・テル・ザ・ワールド」。 ひたすら主を讃える。 イスラエルという言葉も出てくる。 無神論者の私はたじろぐ。
 2曲目は、自分でも訳した反戦歌で、「きのう見た夢 (平和の誓い)」。 世界中が戦争をやめたという、<おかしな> 夢を見たという皮肉な内容で、この曲だけバンジョーが入っていて、歌いやすく親しみやすい。

 3曲目が、サイモンのオリジナルで、「霧のブリーカー街」。 この曲は 「サウンド・オブ・サイレンス」 よりも好きかもしれない。 繊細でイギリス的な深い <陰影> を感じるからだ。 それは、彼がイギリスに住んでいた影響もあるだろう。 アメリカのフォークソングにはない感覚なのだ。

 4曲目の 「すずめ」 は、訳詞を読んで、宮沢賢治の 「よだかの星」 と同じ内容に驚いた。 (実は、1990年に <完全限定盤> として出たCD 3枚組を持っていて、それには訳詞が付いている。 ――私は <限定盤> に弱いのです。)
 このサイモンの寓話的な作品は、小さなすずめが長い旅をしてきて羽を休めようとするが、 誰も相手をしてくれないという話で、最後に大地だけが受け入れる。 よだかは星になったが、すずめは大地に還った。

 5曲目の 「ベネディクタス」 は讃美歌で、2人のハーモニーが美しい。
 6曲目が 「サウンド・オブ・サイレンス」。 高校の学園祭で、友だちがギター1本で歌っていた。 原曲も素朴でいいし、詞の内容は今でも有効だ。

 7曲目からB面になる。 これもサイモンの作品で、「私の兄弟」。 公民権活動家だった友人が殺害された事件を、静かな怒りを込めて歌っている。
 8曲目の 「ペギー・オウ」 はトラディショナル・フォーク。
 9曲目の 「山の上で告げよ」 は、キリスト降誕を歌ったゴスペル・ソング。
 10曲目の 「太陽は燃えている」 は、静かな美しさの中に原爆の恐ろしさが歌い込まれている。
 11曲目の 「時代は変わる」 は、ディランの曲。

 そして、ラストの12曲目が、アルバムタイトルの 「水曜の朝、午前3時」 だ。
 最初は爽やかなラヴソングかと思ったら、徐々に雲行きが怪しくなり、そばで寝ている女の子に別れを告げるのだが、問題はその理由だ。 何と!酒屋に押し入り、強盗をして、もうすぐ朝が来るという内容にひっくり返った。
 この曲は、2枚目のアルバムで、ロック調の「どこにもいないよ」に書き換えられる。 つまり逃げ出すのだ。(何という歌なのだ!サイモンの作品は、一筋縄ではいかない。)

 というように、中々バラエティーに富んだ内容で、私にとっては、名作 『明日に架ける橋』 よりもたくさん聴いたレコードだ。
 ちょうど、50年前のアルバムだが、宗教的な曲を3曲も入れた、ユダヤ人である彼らの作品を聴き直しながら、 今のイスラエルとパレスチナとの関係を考えると複雑な気分になった。
 とにかく、平和を願う!


                                        (2014年10月15日掲載)


 さまざまな音楽ジャンルを横断するコラム 「レコードの溝」。 第7回は、映画 『時計じかけのオレンジ』 のサウンドトラックとなりました。 キューブリックの映画も、バージェスの原作小説も、それぞれファンが多いですね。
 今回から平位さんが自身に課した字数制限をはずしたため、分量が大幅に増えています。 ぜひお楽しみください。
 次回の更新は10月15日の予定です。

 レコードの溝  第7回 『時計じかけのオレンジ』〜オリジナル・サウンドトラック
                         「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 この映画は、1972年公開当時に観て、<もう観たくない作品> になっていたが、サントラのLPを見付けてDVDを観てしまった。 しかも立て続けに2回も…。
 好きでもない作品のサントラを何故買ったのかといえば、シンセサイザーのサウンドに近未来を感じたからだと思う。 (近未来とは何時のことだっ!?)
 <オリジナル> といっても、内容はクラシックの名曲が殆どだ。 それをシンセサイザーでアレンジすると、見慣れた街もライトの当て方を変えると近未来に見えるように、時代感覚が狂う。

 映画 『時計じかけのオレンジ』 は、暴力を煽ってると喧伝され、キューブリック監督自らイギリスでは長年上映禁止にしてきた。 私も、その暴力場面がトラウマになって忌避してたと思う。
 しかし、今回見直してみて、40年前はチンピラグループのリーダーのアレックスの年令に近かったのが、 最初に襲われるホームレスの年令に近くなった今。 当然のことながら、作品の見方も変わってくる。

 まず音楽でいうと、暴力場面での曲の使い方が <オリジナル> だったことだ。 美しい曲がひどい場面に流れる <ミスマッチ> が、意外な効果をあげ、私には優雅なクラシックがまるでパンクロックに聴こえたのだ。
 それと、べートヴェンの第9とジーン・ケリーの 『雨に唄えば』 だ。 アレックスのセリフじゃないが、どちらの曲も、何でこんな使われ方をするんだっ!という訳だ。 作った人に罪はない。
 第9の <歓喜> は <苦痛> にもなり得るという音楽の魔力。 これを最大限に <悪用> したのは、あのナチスだと思う。

 これは聞きかじりだが、ナチスは、人々が仕事を終えて疲れた夕暮れに、 その人たちを集会場にすし詰めにし、さらに低周波を流して気分を悪くし、 それが極点に達した時に、真っ暗なステージにヒトラーが強烈なスポットライトを浴びて登場し、 ワーグナーが大音量で流れるという演出をした。 まるで神の出現のように…。
 そして、ヒトラーの熱狂的なオーバーアクションの演説が始まる。 思考力をマヒさせる手段としてはあり得ると思う。

 今回気付いたことは、所々にユーモアも入っていることだ。 例えば担任教師も変わっているが、口髭の看守長はまるでチャップリンのヒトラーで、やたら喚き立てる姿が滑稽だ。
 しかし、やはり国家権力は強大で狡猾だから、世間を騒がせた悪党とはいえ、 チンピラのアレックスを利用し、元の仲間を警官に雇う。 そして犯罪をも管理しようとする。

 アレックスが、矯正に成功した <ショー> の場面で、その矯正の非人間性を批判したのは、 アンチ・キリストのアレックスが利用した、人の好い神父だけだったのも皮肉だ。
 これは、単純なテーマの作品ではなかった。 (アレックスの本名は、キリスト以前のアレキサンダー大王に因んでいるように思う。つまり、アナキストだ。) いうなら、一人パンクロックだ!

 <まとも> になったアレックスが我が家に帰ると、見知らぬ若い男がまるで家族のように両親と暮らしていて、そこに彼の居場所はない。 元々両親はアレックスを理解しようともせず、構ってもいない。 派手で軽い母親と気弱な父親に存在感はない。
 アレックスの部屋は金庫のようにダイアルを回して出入りする。 彼の友だちはニシキヘビだけだ。 家族も崩壊している。

 <まとも> な人間とは何か?人間性とは何か?というのがこの作品のテーマではないかと今回気付いた。 この作品を観るとパワーが出ると、ある漫画家が言っていたが、私もそれを感じてしまった。
 それは、冒頭とラストのアレックスの傲岸不遜で凶暴な表情が物語っている。
 つまり、去勢されると人間は生きる活力をも失ってしまうのであって、暴力性や性欲はその活力源にもなっているということだ。 もちろん、この2つをコントロールできなければ、犯罪者となってしまうが…。

 思うに、1969年は私にとっては世紀末だったのかもしれず、1972年は近未来だったのだ! では今現在は一体何なんだ?来世か?
 (アレックス風に) 『どうりでフワフワしてるゼ!』


                                        (2014年9月30日掲載)


 音楽コラム 「レコードの溝」 の6回目は、『中の島ブルース』 競作の聴き比べからはじまり、 昨年亡くなった女性歌手の思い出へと横すべりしていきます。
 「藤圭子 その歌声が掘り起こす 記憶の底の70年代」 (平位公三郎)
 次回の更新は9月30日の予定です。

 レコードの溝  第6回 『中の島ブルース』〜秋庭豊とアローナイツ
                         「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 このシングル盤は、豊文堂本店で手に入れた。 買う前に調べると、実は、「内山田洋とクールファイブ」 のオリジナル曲ではなかったことを知り、少し驚いた。
 アローナイツは、歌志内炭坑のアマチュアバンドで、プロになり1973年に初のオリジナル曲として自主制作したのだ。 そして、1975年にクールファイブとの競作になった。

 初めてこちらを聴いてみて、イントロがオルガンから入るのが新鮮で、 ボーカルは 『なみだの操』 の宮路オサムに少し似ていて、演歌調でコブシが効いていた。
 前川清も粘っこい歌い方だなと、ずっと思っていたが、比較してみると前川 (節) はあっさりしていて、彼のポップス好きがよく分かった。

 それに、「散った街」 のところを、前川は 「ちったぁ〜まち」 と伸ばすが、アローナイツは伸ばさない。 こういう微妙なところは結構気になるものだ。
 クールファイブが、ラジオで2番と3番のメロディーが丸っきり違うテスト盤を流すのを聴いた記憶は、「空耳」 だったのだろうか? 面白い試みだなと思ったけれど…。

 クールファイブは、私の学生時代にはしょっちゅうテレビに出ていて、まちの食堂でよく見たものだ。 (もちろん自分のテレビなんて持ってない。)
 1970年当時、人気絶頂の藤圭子と前川清が歌番組の司会をしていて、私と同い年の藤圭子が妬ましかった。

 しかし、演出されていたとしても、彼女の暗さを感じたから、私の妬ましさはその暗さに <相殺>されて、 『果たして、この子は幸せになれるのだろうか?』 と思いつつ、メシを食べて下宿に帰った19の頃。
 初めてタバコを喫 (す) った。


                                        (2014年9月15日掲載)


 音楽コラム 「レコードの溝」 の第5回目は、私も愛聴するジョン・マクラフリン & マハビシュヌ・オーケストラです。 平位さんは同時代で聴いていらしたよう。 「5人が音の塊をぶつけてくるのだ」 の1行に頷きます。
 店でかけるには少々ためらってしまいますが、営業終了後にこっそりと、けれども大音量で流すこともしばしばです。 今も1stアルバムの 『The Inner Mounting Flame/内に秘めた炎』 を聴きながら、この文章を入力しているところ。
 次回の更新は9月15日の予定です。

 レコードの溝  第5回 『火の鳥』〜ジョン・マクラフリン & マハビシュヌ・オーケストラ
                         「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 最初のジャズのレコードを何にするか、ずい分迷った。 それは、やはりジャズに対するリスペクトなのか、私自身のこだわりなのか分からないが、 <ジャズとロックの間に、どちらにも裾野を広げながら、どちらにも片寄らずに 「屹立」 するという>、希有なこのレコードにした。

 実は、このレコードは何年か前に豊文堂さんに売ってしまったので、今回はCD を買って改めて聴いてみた。 それで、前述のような感想になったのだ。 正直驚嘆した。 A面しか聴いてない場合も多かったからだ。

 コルトレーンの 『至上の愛』 と同時ぐらいに、1973年に買った。(1972年の作品)。 当時、職場の4つ年上の、学生時代にコルトレーンのライヴを観た人に聴かせると、複雑な表情をしていた。 私は、ロックからジャズに入ったので、ロック側から接近できたが、ジャズからロックに行く人はあまりいないのかも知れない。 (だから、マイルスファンは戸惑った。)

 ジョン・マクラフリンの名は、1969年あたりから知っていた。 マイルスのセッションで名前が出てたし、この後サンタナと一緒にやる。 (この2人は、宗教的な繋がりがある。)
 この頃のマイルスの作品で、演奏者全員がオーケストラのように纏まって音を出すことはあまりないが、 マハビシュヌ (このインドの法名がポイント) ・オーケストラはすごい! 5人が音の塊をぶつけてくるのだ。

 ダブル・ネック・ギターとバイオリン!とシンセが絡み、ビリー・コブハムの厳しい?ドラムがマシンのように正確に打ち続ける。 これは、フュージョンとかで括れるサウンドではない。 もちろんヘビメタでもないが、その要素はある。
 これは、今だに、何処でもない宇宙で鳴り響いているサウンドだ。


                                        (2014年8月31日掲載)


 音楽コラム 「レコードの溝」 の第4回をお届けします。
 平位さんが昨日のことのように思い出す 『あなたへの愛』 のシングル盤入手のころ、私はまだこの世に影も形もありませんでした。 それから40年……。 昨年末のオリジナル・メンバーによるザ・タイガース再結成は、ファンにどのような感慨をもたらしたでしょう。
 ちなみに、私は今のジュリーの風貌もアリです。 ホッとしますね。
 次回の更新は8月31日の予定です。

 レコードの溝  第4回 『あなたへの愛』〜沢田研二
                       「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 この曲は、ザ・タイガースのジュリーを卒業した沢田研二の5枚目のシングル盤で、そこそこヒットしたが、 次のロック調の 『危険なふたり』 で再ブレイクするまで結構時間がかかったと思う。

 グループから独立して成功するのは難しい。 何度も失敗例を見て来た。 特にグループ・サウンド (GS) のボーカルはイメチェンが難しいと思っていた。
 さすがのジュリーも駄目かなと思って買った思い出がある。 この曲は、この後に続く大ヒット曲よりも地味だが、しみじみとしたバラードで、1973年のことも思い出すのだ。(1973年1月1日発売)

 この年の4月に就職し、夏のボーナスで念願のステレオセットを買った。 それからは、食費を削ってレコードを買い漁り今に至る…。 ジャズやロックが中心だったが、歌謡曲などのシングル盤も買っていた。
 一番好きなGS は、ザ・ゴールデン・カップスで、ザ・タイガースでは、加橋かつみが歌う、『廃虚の鳩』 が好きだ。

 『モナリザの微笑』 には、思い出がある。
 高2のバス遠足で、担任がマイクで 『網走番外地』 を歌ったので、それに反発して歌ったら拍手はパラパラだった。 (もちろんカラオケなんてないからアカペラで。) 何で、囚人の歌なんだ!と思ったけど、多分健さんに憧れてたんだろうと、今なら分かる。

 『あなたへの愛』 は、ジャケットが凝っていて、真っ黒の中に沢田研二のハーフシャドウの顔が浮かび上がる。 今の彼の姿と見比べるのはよそう。
 ――私だって、『時の過ぎゆくままに』 だからね…。


                                  (2014年8月15日掲載)


 音楽コラム 「レコードの溝」 の第3回は、ザ・フォーク・クルセダーズです。
 フォークルの活動は60年代後半のごく短い期間。 それは平位さんの高校時代とも重なり、特別な輝きを放つことになりました。
 「あのころ俺も帰って来たヨッパライを真似して、テープに声を録って回転数変えて遊んだよ」 と打ち明けるのは、平位さんよりも少し年長の社長の豊川です。
 次回の更新は8月15日の予定です。

 レコードの溝  第3回 『はれんちりさいたる』〜ザ・フォーク・クルセダーズ
                       「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 高校生になって、やっとポータブル・レコード・プレーヤーを買ってもらえて、とても嬉しかった。 これで、家具屋の友だちに頼らなくてもいい。

 最初に買ったドーナツ盤は忘れたが、初めて買ったLPは、『サウンド・オブ・ミュージック』 のサントラ盤だった。 1967年、学校の映画鑑賞で、ジュリー・アンドリュースのファンになって、大枚はたいて手に入れ、歌詞を覚えるくらい必死に聴いたものだ。
 ビートルズは、シングル盤で聴くものと考えていたと思う。

 次に買ったのが、1968年のコンサートを収めたフォークルのLPだった。 当時、『帰って来たヨッパライ』 で、大ブレイクしていて、テレビ番組ももっていたと思う。
 記憶にあるのは、ビートルズをどう思うかという問いに、 スタジオの若者たちが、神様とか、それに準じる回答をしてたのに対して、 フォークルの誰かが、「ひとつの資料」 と応えてたのが、とても印象的だったことだ。

 このLPのメインタイトルは、『当世今様民謡温習会』 で、まさにこの通りのお笑いや手品ありの 「温習」 = (芸事の) おさらい。 復習。= 「会」だ。 とても素人っぽいが、今聴くと、加藤和彦の繊細な歌声に、「あの事」 を思い出してしまう。

 彼のボーカルでは、ジャックスの 『からっぽの世界』 が良かった。 静かな反戦の歌が多いのは、ベトナム戦争の影響だと思う。 北山修は、お笑い担当みたいに活躍するが、当時オリジナル曲が少なかったので、北山の訳詞の歌が多い。 (立派な台本が付いている。もちろん歌詞も。)
 私は、端田宣彦が好きだった。

 フォークルは、私たち当時の高校生にとって、ビートルズのように自由闊達にメディアを荒らし、あっという間に駆け抜けて行った。
 ラストの 『悲しくてやりきれない』 が切ない。 久し振りに、ターンテーブルにLPを乗せると、シングル盤用のプレーヤーからはみ出したLPが不安だったのを思い出した。


                                        (2014年7月31日掲載)


 音楽コラム 「レコードの溝」 の2回目をお送りします。 64年のビートルズからいきなり60年の西田佐知子に遡りました。 ヴォネガット風にいうなら、「けいれん的時間旅行」 のはじまりです。 平位さんの音楽遍歴はこれからもジャンルと時間を自在に飛び越えてつづきます。
 次回の更新は7月31日の予定です。

 レコードの溝  第2回 『アカシアの雨がやむとき』〜西田佐知子
                       「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


  「アカシアの雨にうたれて このまま死んでしまいたい」 という歌詞にショックを受けたのは9歳の時だった。
 60年安保の年。 小学4年生だった私たちは、アンポハンタイ!とスクラムを組んで遊んでて先生に怒られた。

 この年、橋幸夫の 『潮来笠』 が大ヒットして、A君が幼稚園の掃除当番中に、ホウキをマイクスタンドに見立てて、 首を微妙に左右に振りながら、「いたこのい〜たろ〜う」 と物真似してて先生に怒られた。
 他にも、『誰よりも君を愛す』、『潮来花嫁さん』、『月の法善寺横丁』、『達者でナ』 などがヒットし、 小林旭は、『ダンチョネ節』、『ズンドコ節』、『さすらい』 と絶好調で、守屋浩の 『有難や節』 もヒットした。 (『有難や節』 には、やけくそ気分も含まれるが…。)

 そんなノー天気な歌も流行ってた中での、「死んでしまいたい」 だから、こんな詞 (ことば) を使っていいのか?と疑問に思ったのだ。 それが大ヒットしたので驚いてしまった。

 そして、私の中では、次の年に流行った、仲宗根美樹の 『川は流れる』 の 「病葉 (わくらば) をきょうも浮かべて」 の虚無感に繋がるのだ。 4年生の時に、私は入院を経験したから、神経が過敏になってたのかも知れない。


                                        (2014年7月15日掲載)


 音楽コラム 「レコードの溝」 の正式な第1回をお送りします。 書き手は大阪在住のご常連、平位公三郎さん。 ジャンルを固めず広く音楽を愛する方ですが、 当サイト 「本を繋げて」 内の連載 <私の青春再読> でビートルズ本を選んでおられるように、 こちらの初回でも20世紀を代表するグループの曲が取り上げられました。
 毎回難産だという <私の青春再読> の読書感想文とちがって、音楽に関しては書きたいことが次々に浮かんでくるそうな。 書き上げたコラムはすでに何本も待機中。 次回の更新は7月15日の予定です。


 レコードの溝  第1回 『抱きしめたい』〜ビートルズ
                       「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 第1回目は、やはりビートルズですよね。

 中2の1964年に初めて聴いたけれど、レコードを買ってもらえる家庭環境ではなくて、ラジオ番組で聴き衝撃を受けた。 中学で初めて英語を習ったから、「アイ・ウォン・トゥ」 を縮めて 「アイ・ウォナ」 と表現するんだとか、 「手を握りたい」 なのになんで 「抱きしめたい」 なんだ?と、熱狂しながら結構冷静な部分もあった。

 当時の中学生は丸刈りだし、服装をかまうゆとりもなかったけれど、髪を伸ばすのはお金はかからないのに、 長髪でなぜ不良なのと、大人たちの過剰反応にビックリしたが、自分たちの価値観がひっくり返されることに対する <防衛> だったのだろう。

 さて、ラジオしかない我が家で、この先ステレオなど購入してくれる可能性がないと判断した私は、 友だちの家具屋の息子のステレオに狙いを定め、ドーナツ盤を買わせ、度々彼の家に勝手に入り込む <権利?> を得た。

 私にビートルズを教えてくれたのは、同級生の女の子だった。 廊下に呼び出されて、新聞記事の切り抜きを見せてくれた。 本人は、この世に居ないので、何でと訊けない。

 それまで、そこそこだった成績は、ビートルズで下がりだし、公立高校も危うくなった。(と、一応彼らのせいにしとこう。) 大人たちの言う通りに、「頭の中」 が不良になったのだ。


                                        (2014年6月30日掲載)


 当サイトのコラム 「本を繋げて」 欄で健筆をふるう平位公三郎さん。 連載中の 「私の青春再読」 の番外編としてお書きいただいた <私の音楽遍歴> が小気味よかったので、 新たに単独の音楽コラム執筆をお願いすることになりました。 表題は 「レコードの溝」。 まず前口上として <私の音楽遍歴> を掲載いたします。 更新は月に2回ほどを予定。 ご期待ください。

 レコードの溝  前口上 私の音楽遍歴
                       「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 最初に歌った記憶は、3歳で『お富さん』だった。 「おしゃかさまでも」 が 「おしゃかまさでも」 としか歌えず、家族に笑われ、それが嬉しくて何度も歌ってた。便所でも ――。

 6年生の時に、ビリー・ボーン楽団の 『峠の幌馬車』 を聴いて以来、洋楽のとりこになった。 以後、ビートルズとリアルタイムで成長し、苦痛も一緒に味わった。
 ロックは、田舎少年の心を解放してくれた。 強烈なストーンズ体験は、1966年夏の 『黒くぬれ』 だ。 汗をかきながらイントロで戦慄した。

 イーグルスが、『ホテル・カリフォルニア』 で歌ったように、1969年でロック・スピリットは終わったと思う。 後は巨大な音楽産業だ。 それを壊すためにパンクが誕生したが、皮肉にも破壊がロックを再生させた (または、延命させた)。
 でも、80年代はロックは最低だった。
 それ以後、ロックは (私の中では)、ニルヴァーナで終わった。 後は、遺産で食べている。

 最初に買ったジャズのレコードは、コルトレーンの 『至上の愛』 だ。 いきなり大名盤から入ったが、ジミヘンやクリームを聴いてたからさほど違和感はなかったが、本を買って “勉強” した。
 ジャズはクラシック同様取っ付きにくかったのだが、そうしたのは日本の音楽評論家たちかも知れない。 元々総ての音楽はダンスミュージックじゃないか! 日本人は楽しむ前にウンチクが必要らしい。
 で、モダンジャズのルーツを辿ると、チャーリー・パーカーが屹立していた。 本人は生活破綻者で、酒と麻薬と女があれば満足な厄介者だ。 この破滅型は好きなタイプだ。 キチッとしたマイルスとは違う。

 セロニアス・モンクが、クルクル回りながら楽しそうに笑ってる姿がとても好きだ。 時々ガイコツがピアノを弾いてる音がする。
 ピアノトリオにもハマったが、リズム陣で好きなのは、ポール・チェンバースの柔らかいべースと、軽やかなフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムだ。
 ジャズは、音の深みと形式の多様さを教えてくれた。 それは人間社会と似ている。

 学生時代、吉田拓郎を聴いてギターを弾き出した。 歌を取り戻した気分だった。
 今、心に沁みる歌は、三橋美智也の 『古城』 だ。 あの寂寞 (「じゃくまく」 または 「せきばく」) と、哀切はたまらない。 私の田舎の城跡が、全国的に有名になり、個人的なたくさんの思い出が、全く知らない人たちに踏みにじられてる気がして、 子ども時代とは異なる歌に聴こえるのだ…。

                                 (2014年6月15日掲載)


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