開設日 2005年 1月 2日
最終更新日 2018年 6月22日

   

港のまち、炭鉱のまちとして栄え、湿原を間近にのぞむ 道東の拠点・釧路。
ここは、1982年よりこの地に店をかまえる 豊文堂書店のウェブサイトです (店舗案内は、こちら を どうぞ)。


お知らせ
6/22 (金)  本店の新規入荷欄
捕鯨、鉄道、民族の分野  計7点を 登録しました。

6/22 (金)  北大通店 古書目録
郷土誌、民族、文学、絵本、文庫の分野  計8点を 登録しました。
根室本線 直別駅にて(クリックすると 拡大します)
北大通店 2階 喫茶 ラルゴ Largo の 部屋 < 「喫茶ラルゴの新着情報」 >夜は口笛を吹くな
7/7 (土)  立川こはる落語会・避暑の旅編」 釧路公演 開催
7/14 (土)  ナジャ (Vo,Gt) & オズバルド (Ba) & 永原 元 (Perc)ライブ」 釧路公演 開催
8/17 (金)  河村博司 (Vo,Gt) with 磯部舞子 (Vln) 『よろこびの歌』 発売記念全国ツアー2018 in 釧路 開催
8/26 (日)  桂 歌蔵 落語会」 釧路公演 開催
9/14 (金)  鈴木亜紀 ピアノ弾き語り ソロライブ」 釧路公演 開催
9/22 (土)  「ウルフルケイスケ MAGICAL CHAIN ひとり CARAVAN 2018」 釧路公演 開催
9/23 (日)  ギターパンダ ソロライブ」 釧路公演 開催
詳しくは 下の 「ラルゴの部屋 入口」 から どうぞ。

日替ランチメニュー、展覧会やライブ告知 の 情報は こちら から
喫茶 ラルゴ Largo の 部屋 入口

 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 を更新しました。

 今回は吉田拓郎が1966年につくったプロテストソングを取り上げていただきました。 現代の日本も政治的抗議や諷刺の歌を作るうえで題材選びに困らないのではないでしょうか。

  吉田拓郎 『土地に柵する馬鹿がいる』 (You Tube より)


               (2018年6月15日更新)

      ×       ×       ×


 豊文堂書店の常連さんが書き手にまわる連載コラム 「本を繋げて」 を更新しました。

 今回は特別編として、 根室市在住の福田光夫さんによる 「泉川駅史考」 (先行公開版) を掲載いたします (こちら からお読みください)。

 北海道東部のとある駅と町のかかわりを見つめた貴重な論考であるのは勿論のこと、 福田さんの少年期の幸福な思い出と結びついた、これだけは書き残しておきたいという使命のようなものがお分かりいただけるかと思います。

 また、本編がこの時期に発表される背景には、 JR北海道が北海道新幹線開通の裏で進める赤字路線の廃止検討策への懸念も見てとれるでしょう (福田さんは3月下旬に廃止される花咲駅の駅史を現在編纂中とのこと。 追記: 『花咲駅史 1921.8.5-2016.3.25』 は2016年10月初旬に刊行されました)。

                (2016年2月1日更新)

      ×       ×       ×

  2018年6月8日 (金)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第154試合

  1. 船山 馨 『石狩平野』
  2. 歳時記
  3. 与謝野晶子
  4. 新日本古典文学大系の 『中世和歌集』
  5. 新日本古典文学大系の 『古今和歌集』
  6. 新日本古典文学大系の 『新古今和歌集』
  7. 新日本古典文学大系の 『千載和歌集』
  8. 新日本古典文学大系の 『竹取物語』
  9. 『人間と音楽の歴史』
  10. 『アフリカ音楽の正体』

 午後から雨。 はなはだ不本意なことではあるけれど6月だというのにストーブをつけて営業する。

 1、3が売れる。
 10打数2安打。打率 2割3分7厘6毛。


  2018年6月7日 (木)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第153試合

  1. 田辺主さんの

    < ズリ山裏道の遠くへ行きたい >
 旅先のズリ山さんが北大通店めがけて送りつける、企みにみちた郵便物を逐一白日の下にさらす当欄である。

 この日到着したのは、花巻郵便局投函の 郵便書簡1通 だった。 おっかなびっくり封を切ると駅弁の包み紙がはらりと落ちた。

 これを最後に4日間にわたって北大通店を阿鼻叫喚の巷に陥れた ズリ山裏道氏の犯行はいったん収束をみたわけだが、 しかし奸智にたけた愉快犯のことである。 今ごろは次なる機会を伺い新たな計略をめぐらしているにちがいない。

 読者諸氏よ、油断しているとあなたの家庭や職場にも、前ぶれなく 黄色のハエたたき電車の吊り革 がむき出しのまま郵送されてくるやもしれぬ。 どうしてこのようなものを運ばなければならないのかという不可解な表情を浮かべた郵便配達員の手によって。

 今ある平穏はたまさかの僥倖にすぎないのだ。 神出鬼没の風景印の魔術師は人騒がせな悪戯心を内に秘め全国各地を渡り歩いている。 ゆめゆめ安心することなかれ。
                         〜つづく〜

 市内の小学校3年生による北大通のお店見学の日。 午前10時半開始だと聞いていたが待てど暮らせど児童がこない。 もしかして今年は中止かな。 終了間際になり3グループが相次ぎ駆込みでやってきた。

 ふふふ、ぜんぶで何冊あるんですかとか、いちばん古い本はどれですかとか、 定番の質問が繰り出されるのであろう。 任せとけ、来た球みんな打ち返したるわい!

 はやく次行こうとか、もう帰ろうとか、挙句の果てには気持ち悪いとか、散々な言われようだった……。

 北大通店で絶賛販売中の新刊画集 『CHIKARA TANABE HIS WORKS 午後の散歩』 が売れて、1をクリアする。
 1打数1安打。打率 2割3分8厘3毛。

 夜、2階の喫茶ラルゴで 「 岡大介 北海道ツアー2018 in 釧路」 が開かれる。 吉原 伸と霧の港のノスタルジアのおふたりも加わっての 歌と演奏の夕べ だった。


  2018年6月6日 (水)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第152試合

  1. 歌集で大塚陽子さんの 『遠花火』
  2. 子どもの本

 「高田馬場の雑誌図書館、閉館へ 「大宅文庫」 に次ぐ規模 「六月社」 10万冊処分の危機」

    < ズリ山裏道の遠くへ行きたい >
 旅先のズリ山さんが北大通店めがけて送りつける、企みにみちた郵便物を逐一白日の下にさらす当欄である。

 ズリ山じるしの 郵便書簡 が2通届く。 どちらも東北地方の風景印が押されていて、気仙沼郵便局の方には 釧網線べい の解説文が、一関郵便局の方にはチワワのカードが入っていた。
 2打数0安打。打率 2割3分6厘7毛。


  2018年6月5日 (火)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第151試合

  1. ルミナスのCD
  2. 『子連れ狼』
  3. カニグズバーグ『クローディアの秘密』
  4. 『驚異の小宇宙 人体II 脳と心』
  5. 落語のCD
  6. 渡辺京二
  7. 早坂 暁

 鶴居村の ツルイの小屋GALLERY で開催している田辺主さんの個展 「午後の散歩」。
 同展にあわせて画集 『CHIKARA TANABE HIS WORKS 午後の散歩』 が刊行されました。 お値段は1冊 1,200円。
 北大通店でもお取り扱いしています。
 7打数0安打。打率 2割3分7厘7毛。

    < ズリ山裏道の遠くへ行きたい >
 旅先のズリ山さんが北大通店めがけて送りつける、企みにみちた郵便物を逐一白日の下にさらす当欄である。

 ズリ山裏道の東北遠征シリーズ。 その2日目は 大船渡郵便局投函の郵便書簡 だった。 封を切ると、秋田特産いぶりがっこが出てきた。


  2018年6月4日 (月)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第150試合

  1. 宇野親美という国文学の先生が昔北海道新聞に連載していたコラムが本になっているかどうか
  2. 本の本

    < ズリ山裏道の遠くへ行きたい >
 旅先のズリ山さんが北大通店めがけて送りつける、企みにみちた郵便物を逐一白日の下にさらす当欄である。

  シーン1 豊文堂書店北大通店
 閉店後のレジカウンター。 中年男が鉛筆なめなめ帳面に書きつけている。
 「え〜っと、本日届いたものは、秋田の湯沢市投函のハエたたきがひとつ、と……」
 傍らには裸電球のもと 真新しい黄色のハエたたき が鎮座している。

 かくして今日も今日とてズリ山さんからけったいな代物が送られてきた。 無論、瀟洒な包装紙に包まれていたりなどしない。 郵便配達の人が首をひねりながら持ってきたのは、いつもどおりのむき出しのブツだった。 貼られた切手は 20円が6枚と82円が1枚

 少し前には 電車の吊り革 が (これまたむき出しで) 届きましたっけ。 それ以前は、灯油シュポシュポ、ピコピコハンマー、黒板消し、ミニフライパンなど。
 「世にも奇妙な物語」 の1編として映像化を希望する。

 この日は、他にも秋田県の北上、横手、湯沢前森町の各郵便局の風景印を押された 郵便書簡が3通 同時に届く。
 ズリ山裏道、絶好調というべきか。 先週、犯行予告をしていったとおりの鮮やかな手口であった。
 2打数0安打。150試合を終えて、464打数112安打。打率 2割4分1厘3毛。


  2018年6月3日 (日)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第149試合

 釧路市立美術館「チェブラーシカ展」 にひとしきりウハウハしてから午前11時より店を開ける。

 「暴力の哲学」 (本の題名) を 「耄碌の哲学」 に聞き間違える。

 夕方より、2階の喫茶ラルゴで クシロソーシャル大学 の講義が開かれる。 談論風発、ラルゴとは吹きぬけでつながっている古書部なので上の様子が手にとるように伝わる。 営業しながら聴くともなしに聴いている私は偽学生の心持ち。
 0打数0安打。打率 2割4分2厘4毛。


  2018年6月2日 (土)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第148試合

  1. チェブちゃん絵本
  2. 太宰 治 『人間失格』
  3. 茶道の本
  4. 西城秀樹
  5. マルクスとかの本

 『新編 社会科学辞典』 が売れる。
 5打数1安打。打率 2割4分2厘4毛。

 北大通店の めくりめくられ: スティングさんご夫婦、大阪のガス人間さん、高さん、校長先生、 喫茶部長、山陰の007さん、帯広のウォーボーイズさんなど、 まわりでファンクラブが作れそうなくらい熱い支持が広がっている東映の 『孤狼の血』

 くしろ寸劇みたい会 (くしろ演劇みたい会 に非ず) をひとり営む私も、もちろんその魅力にやられてしまったひとりである。 劇中の役所広司の台詞にならって 「古本屋じゃけぇ、何をしてもええんじゃ〜ッ!?」 と毎日店頭で錯乱している。

 同作はパンフレットも充実の内容だった。 それとは別に 「映画芸術」 最新号の白石和彌監督インタビューも、 こんな話が聞きたかったというオンパレードで密度が濃い。 たとえば次のような話。

 「とある若いプロデューサーは企画会議が毎週あって、 そんな企画会議が毎週あっても企画なんか出るわけないじゃん、どうしてんの?って聞いたら 「土日に漫画喫茶行くんです。 それで映画化されてない漫画を一巻ずつ読んでは、いけそうだったら二巻読んでダメだったらやめて、 っていうの毎週やってます」 って、お前死ね! そんなの企画でもなんでもねえわ!って。 それでできあがってるのが日本映画ですから

 呆れてものも言えない事態だが堪えるしかないのか。 『孤狼の血』 よ、邦画メジャーの製作風土に風穴を開けてくれ!


  2018年6月1日 (金)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第147試合

  1. 素数の本
  2. 暗号の本
  3. 深沢七郎 『ちょっと一服、冥土の道草』
  4. 前にあった昔の婦人雑誌

 紀州のドン・ファンの不審死を年齢が近い毎日さんが嘆いておられる。

 夜、出張買入れへ。 2年ほど前にもお邪魔したお宅へふたたび。
 4打数0安打。打率 2割4分2厘8毛。

 小田光雄氏の 「出版状況クロニクル」 が更新された。


  2018年5月31日 (木)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第146試合

  1. 釧路叢書の 『春採湖』

 釧路の地区会館にて釧路古書籍商組合総会と交換会が開かれる。 帯広、北見、釧路、中標津、根室と道東一円に広がる組合加盟店7店が1年ぶりに顔をあわせる。

 組合の集まりが滞りなく終わり、夕方4時すぎから店を開ける。
 1打数0安打。打率 2割4分5厘0毛。


  2018年5月30日 (水)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第145試合

 翌日の釧路古書籍商組合総会と交換会の準備に明け暮れる。
 0打数0安打。打率 2割4分5厘5毛。


  2018年5月29日 (火)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第144試合

  1. ホームページに載ってた岩手の県人会の本
  2. 他にこの人の (愛川 晶)
  3. 海外文学のミステリーでモース警部の
  4. 鉄道グッズ

 本店の社長が本の陰に隠れていたスズメバチに指を刺される。 大事をとって一時店を閉め病院へ行った。

 窓際でへばっているのを見つけたらいつも外に逃がしてあげていたのにと憤慨する、虫愛ずる社長。 『クライング・ゲーム』の サソリとカエルの話 を思い出す。

 愉快犯・ズリ山裏道さんがご来店に。 今週末から東北に行きますとのこと。 来週は、かの地の風景印が押された郵便物が連続して届くのだろう。 これはその犯行予告である。

 ホームページをご覧になった方から、釧路岩手の会の創立100周年記念誌の在庫を尋ねる電話あり。 本店で販売していることを伝える。
 少し前に 『金田一京助全集』 の9巻を探していたのも同じ方だった。 その後本店に同書が入荷していた。 お客さん、すぐに本店に駆けつけてどちらもお買い上げになる。 2安打。

 他に、コリン・デクスターのモース警部ものが3冊売れる。 お客さんはテレビドラマ版のファンだった。
 4打数3安打 (内1安打 5/11分)。打率 2割4分5厘5毛。

 北大通店の めくりめくられ: ゴメさんが 「カーサ ブルータス」 の最新号を貸してくれる。 猫村さんとほしよりこ特集号。


  2018年5月28日 (月)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第143試合

  1. 棟方志功
  2. 松浦武四郎
  3. 吉村 昭
  4. モディリアニ

 吉村 昭の文庫が売れる。
 4打数1安打。打率 2割4分1厘0毛。

 北大通店の めくりめくられ: ミーハーなので買い置きしていた 『世界といまを考える 是枝裕和対談集 2』 (PHP文庫) を読んでいる。


  2018年5月27日 (日)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第142試合

  1. フィリップ・ロスのコロンバス

 取材を受ける。 メインは本店。 夏に刊行される書籍に載せてもらえるそうな。
 1打数0安打。打率 2割4分0厘9毛。


  2018年5月26日 (土)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第141試合

  1. 良寛
  2. 尾崎放哉
  3. 『広辞苑』
  4. この間ここで買った釧路の歴史の戦後のあれば
  5. 岸本葉子

 鶴ヶ岱公園で チューリップフェア が開かれる。

 釧路新書の 『戦後史ノート』 の上巻、岸本葉子の文庫本が売れる。
 5打数2安打。打率 2割4分1厘5毛。


  2018年5月25日 (金)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第140試合

  1. 「特捜部Q」
  2. 和英辞典
  3. 北海道新聞社の 『謀略の海』
  4. 郷土誌関係
  5. 古地図

 「特捜部Q」 の4作目、『小樽運河史』 と 『北海道余聞』が売れる。
 他に、90代のお客さんが英語の勉強にと和英辞典をお求めに。 頭が下がる。

 閉店後、 喫茶ボロンジ で高さんと夜のパフェ会。
 5打数3安打。140試合を終えて、438打数105安打。打率 2割3分9厘7毛。


  2018年5月24日 (木)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第139試合

  1. 植物の図鑑
  2. 最近の小説
  3. マスターおすすめの
  4. 「カーサ ブルータス」
  5. チェブラーシカ

 鮫島惇一郎 『北海道の樹木』、 「カーサ ブルータス」 の163号 (「リノベの天才、DIYの達人 2013」 特集) が売れる。

 「マスターおすすめの、ありますか」 と訊かれて、泡坂妻夫の文庫をすすめる。 国内ミステリが好きなお客さんだったので。 マスターって呼ばれたのはじめてかもしれぬ。
 5打数3安打。打率 2割3分5厘5毛。


  2018年5月23日 (水)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第138試合

  1. 美術の本
  2. 岡 潔 『日本のこころ』
  3. 『夜と霧』

 1のお客さんには本店を紹介、あちらで図録をお求めいただく。
 岡 潔の 『日本のこころ』 をお探しなのは常連さんだった。 インターネットをしない方なので、代わりに 「日本の古本屋」 で注文する。 これは安打に含めない。

 1ヶ月前に訊かれて本店在庫を用意していた釧路の政治家・渡部五郎の追悼本は、 お客さんが取りにみえて無事もらわれていく。
 3打数2安打 (内1安打 4/20分)。打率 2割3分1厘3毛。

 大阪のガス人間さんから、朝の散歩をしていてできたという歌が6首メールで届く。

 朝の散歩(五月〜さつき)

  吹き抜ける風は五月 (さつき) の涼しさと
  少し湿気を含み梅雨へと

  寺の鯉どこか趣ある目付き
  静かに座り心通わす

  ヒメダカが庭の大きな鉢の中
  蓮の葉の下遊んでる寺

  丘の上静かな池に浮かぶ亀
  息を吸いつつヒラヒラ泳ぐ

  池のぞく大きな鯉が寄って来る
  静けさを裂く飛行機の音
  (朝7時から飛び立つ、伊丹空港の近くです。)

  鯉群れて亀こうら干し小鳥来る
  山の中腹静かなる池


  2018年5月22日 (火)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第137試合

 すずしい日がつづくせいで5月後半だというのに灯油が足りなくなり灯油屋さんに来てもらう。 よよよ、値段が上がってるよ。
 0打数0安打。打率 2割2分8厘2毛。


  2018年5月21日 (月)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第136試合

  1. 「婦人公論」
  2. 新書で出た 『斎宮』
  3. 入院患者が読むのにいいようなマンガ
  4. 拓郎とか中島みゆきの本
  5. 申込書
  6. 釧路の歴史を書いた本
  7. クリスティ
  8. 自伝 (外国の実業家の)
  9. 佐藤 優

 内記 章 『北の音楽戦士たち』 (中西出版) で4をクリア。 北海道出身のミュージシャンを扱った本で中島みゆきも入っている。

 外国の実業家の自伝を読みたいというリクエストあり。 適当な本がなく日本人を取り上げた時事通信社の 「一業一人伝」 シリーズを何冊か見繕う。 資生堂の松本 昇の巻がもらわれていく。 これも安打だ、俺が法律だ!

 他に、釧路新書の 『釧路歴史散歩』 上・下巻が売れる。
 9打数3安打。打率 2割2分8厘2毛。


  2018年5月20日 (日)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第135試合

  1. 原稿用紙
  2. 『数字は人格』
  3. 何か入りました? (書道の本)

 脇道さんから久々の電話。 熊谷守一とその妻を描いた映画 『モリのいる場所』 に強く心を打たれたとのこと。 儂も見たい。
 3打数0安打。打率 2割2分5厘9毛。


  2018年5月19日 (土)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第134試合

 朝、学校図書館に納品。 土曜日は開館時間が遅いことを失念していた。 40分くらいロビーで新聞を読んでボケ〜っと過ごす。
 0打数0安打。打率 2割2分7厘6毛。


  2018年5月18日 (金)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第133試合

  1. 宮本常一
  2. 宝くじのロトとかの攻略本

 開店前に出張買入。 ダンボール1箱分を引き取る。

 札幌の岩村誠二さんからメールをいただく。 北海道新聞 札幌圏版の紙面が添付してあり、 「私設博物館 坂会館 閉館は当面回避 明け渡しの訴えは却下」 という札幌地裁の記事だった。
 我らがレトロスペース、まだしばらく存続できるようだ。 改めて見に行かなきゃだわ。
 2打数0安打。打率 2割2分7厘6毛。

 北大通店の めくりめくられ: 2階ラルゴスタッフのフラカンさんに Q.B.B. (久住昌之・文/久住卓也・画) の新著 『古本屋台』 (集英社) を教えてもらい、手に入れる。

 屋台で古本を商う放浪者気質のオヤジと常連客たちとの淡い交歓を描いた連作マンガ。 数編齧っただけでは真価がわからない、 まとめて読むとじわじわとおもしろくなってくる。

 この屋台、1杯だけなら酒も出す。 ほろ酔い気分に中てられて、自分もちょいと引っかけたくなってきたら、 すでに作者コンビの術中にはまっている。 サンタクロースを信じる子どものように、古本屋台の実在を確信している。
 古書の薀蓄をうるさく語らず最小限にとどめたのがよかったかな。

 「まったくオヤジさん、何者ですかァ?」 「何者って…あんたと同じただの変わり者さ」


  2018年5月17日 (木)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第132試合

  1. 猟銃関係
  2. 山本周五郎 『ながい坂』
  3. 釧路新書

 釧路新書の 『釧路碑文手帳 I・II』 が売れる。 碑文といえば、日曜日に茶会が開かれた本店前の小公園にも 「鳥取県士族移住之地」 の記念碑があります。
 3打数1安打。打率 2割2分8厘7毛。


  2018年5月16日 (水)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第131試合

 植物部部長のタニさんがご来店に。 おうちで育てているたくさんの多肉植物たちは順調に育っているとか。 秘訣を聞くと、日当たりのよさはもちろんのこと、適度なすきま風も必要だという。
 思わず 「傷ついて すきま風 知るだろう」 と小声で呟くと、「あ、杉良太郎」 と拾ってもらった。

 閉店後、釧路未公開の 『15時17分、パリ行き』 のレイトショー21時20分の回を目ざして帯広へ。 出発前に本店で駄弁っていたら出かけるのが遅れ、 「19時05分、帯広行き」 になり危うく間に合わなくなるところだった。 釧路の知人が偶然同じ回を見に来ていた。
 0打数0安打。打率 2割2分7厘9毛。


  2018年5月15日 (火)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第130試合

  1. 書道関係
  2. 『新釧路市史』 など
  3. 「ケラン ケラン」 のバックナンバー
  4. 『坊っちゃん』
  5. フォークソングの歌本

 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 を更新しました。

 斉藤和義の釧路公演の日。 喫茶部長に教えてもらい当日券があったことを知る。 どこかの何かで早々に完売だと聞かされてそのつもりで諦めていたのだが、鵜呑みにしたら駄目ね。

 店内掲示チラシ を撮らせてくださいと声をかけてきた方が これからコンサートに行くんですというのを指をくわえて見送る。

 二玄社の 「書道技法講座」 が1冊売れる。
 5打数1安打。130試合を終えて、408打数93安打。打率 2割2分7厘9毛。


  2018年5月14日 (月)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第129試合

  1. 『青べか物語』
  2. 中野孝次
  3. 中野孝次の方丈記
  4. タンマくんの東海林なんとか
  5. 久坂部 羊
  6. 釧路の大きい地図

 朝、郊外に納品をしてから店を開ける。 正午に一旦閉めて社長と管内出張へ。 午後3時半に戻ってきて営業を再開する。

 新潮社の周五郎全集旧版の 『青べか物語』 が売れる。
 6打数1安打。打率 2割2分8厘2毛。


  2018年5月13日 (日)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第128試合

  1. 集合の本
  2. アリストテレス
  3. SF
  4. ローダン
  5. ディック
  6. 橋川文三
  7. 宮本久雄 『教父と愛智』
  8. 釧路とか道東に関する本

 白金町の本店に 「から揚げ屋さんですか」 と間違い電話あり。 揚げ物なんかしてたら店が全焼するよ! こちとら燃えやすいんだよ!!
 どこにかけようとしたのか、社長が電話番号を聞き返すと市外局番の数字が1字だけ違っていたそうだ。 ひょっとしたら社長がせっせと鶏肉を揚げているパラレルワールドの可能性も……。

 その古本屋兼から揚げ屋さんの向かいの小公園で、 今年も共栄大通商店街婦人部の皆さんによる茶会 「さくらの下で野点」 が開かれた。 もちろん公園には桜がきれいに咲いている。 ハァ、花見をしながらビール飲んで、から揚げ食いてェ。

 アリストテレスの 『二コマコス倫理学』、橋川文三の 『日本浪漫派批判序説』 が売れる。

 夜は、月末に開催される釧路組合の交換会の参加呼びかけの葉書の宛名書き。 およそ60枚。
 8打数2安打。打率 2割2分9厘2毛。


  2018年5月12日 (土)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第127試合

 「稚内と釧路でサクラ開花 観測地点で最も遅く」
 今年はじめて気温が20度をこえる。

 「質的な選書の概念をもたない書店」
 反面教師にしなければいけない言葉だ。
 0打数0安打。打率 2割2分8厘7毛。


  2018年5月11日 (金)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第126試合

  1. ガルブレイス
  2. レスター・サロー
  3. ピケティ
  4. 『わがマチの人物地図 第4集』
  5. 『お菓子のくに 帯広・十勝』
  6. イラストの本
  7. 『金田一京助全集』 の9巻
  8. 記念史で釧路の県人会
  9. 「なかよし」 の付録の国語辞典
  10. 株の本
  11. 日本画の本
  12. クリムトの画集

 2階ラルゴの園芸大臣の手により、今年も店前に花が飾られる。 今後も徐々に増えていく予定です。

 『ガルブレイス 世界を読む』 が売れる。
 北大通店の新規入荷品の4、5に指名が入る。
 12打数3安打。打率 2割2分8厘7毛。


  2018年5月10日 (木)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第125試合

 「これ、100円ショップで見つけた10色ボールペン。 1本でいろんな色が描けるの。 ガトリング銃みたいでいいだろ〜。 これから駅裏のあんたの社長ンとこ持っていってやるんだ。 うっしっし」 と画伯が現物を見せてくれる。
 そ、そんなイカスやつが出てるのかァ〜。 社長じゃなくて儂にちょうだい!

 30分位して駅裏本店の社長から電話がきたので画伯のことを尋ねたら 「いや、来てねェよ。ありゃ <はじめてのおつかい> でも 絶対おつかいしないでフラフラ他所に遊びに行っちゃうタイプだな」
 0打数0安打。打率 2割2分8厘1毛。 (K)
6月第四週の地図 検索の小部屋
釧路市内某所にうち捨てられていたもの(クリックすると 拡大します)
Google
WWW を検索
http://houbundou.com/ を検索
音楽コラム 「レコードの溝」 第49回 吉田拓郎 その4  平位公三郎・文
 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 の最新回をお届けします。
 吉田拓郎が1966年につくったプロテストソングを取り上げていただきました。 現代の日本も政治的抗議や諷刺の歌を作るうえで題材選びに困らないのではないでしょうか。

  吉田拓郎 『土地に柵する馬鹿がいる』 (You Tube より)


               ×                 ×                 ×


 レコードの溝  第49回 
 吉田拓郎 その4 (『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』 『青春の詩』 『たくろうオンステージ第2集』 前編)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 〜プロテストについて〜

 浜口庫之助の 「バラが咲いた」 を初めて聴いた時、えっ!?この曲をあのハマクラが作ったのか。 歌謡曲じゃないしな。と思って、これがフォークソングかい?えらいあっさりしてるなぁ〜と思った。 それまで聴いてきた歌謡曲とは一線を画する曲だと思った。

 例えば、村田英雄の 「王将」 なんかの <濃さ> とは対極みたいに思ったのです。 それから、荒木一郎の 「空に星があるように」 や森山良子の 「この広い野原いっぱい」 が流行ると、 フォーク系歌謡曲みたいなジャンルができる。
 グループサウンズでは、サベージの 「いつまでもいつまでも」 が好きで、 ワイルド・ワンズの 「想い出の渚」 は決定的だった。

 そして、1960年代の終わり頃にフォーク・クルセダースが出てきて衝撃を与える。 私は、はしたのりひこの作る楽曲が好きだった。 五つの赤い風船の 「遠い世界に」 は何度も歌った名曲だ。
 でも、加川良と泉谷しげると遠藤賢司、それに高田渡はそれまでのフォークソングとは違うと思う。 それは、プロテストソングを作ったからだ。

 加川良の 「教訓 1」、泉谷しげるの 「黒いカバン」、遠藤賢司の 「カレーライス」、 それに高田渡の 「自衛隊に入ろう」 は、<広い意味> でのプロテストソングだと思っている。 「黒いカバン」 は、岡本おさみの作詞で、この歌もK先輩が面白い歌があるぞ!と私に教えてくれた。

 これは、警察権力に対するプロテストだ。
 プロテストソングは、直接的に抵抗するだけでなく相手を皮肉る面もある。 権力や権威に対する皮肉や揶揄は、権力や権威と無縁な私たち一般庶民の唯一の <特権> なのです。

 なのに、日本ではそういう歌が少ないというよりも、 ある時期から皆無に近いのは、権力や権威に対する遠慮というよりも、 恋愛にしかスリルや冒険を求めないからだと思う。 謂わば <恋愛至上主義> に毒されているのです。 恋愛なんていう、何人かの小さな世界に憧れるのは、日常のマスコミの恋愛スキャンダル報道を見れば明らかだ。

 私小説ソングが日本人は好きだ。 そこへ自分を投影して自分を慰めているのです。 政治だけでなく、社会問題なんて無数にあるのにそちらへ目を向けないのです。 恋愛を通して社会を見るという視点もあるのにね。

 「カレーライス」 が、何でプロテストソングかと言うと、 『三島由紀夫の腹切りを歌にできるのはフォークソングだけだ』 と、以前加川良の回に書いた。 三島が腹切りした時に、五木寛之が三島はロックを聴かないから腹を切ったとか、 週刊紙のアンケートに応えていたが、三島は音楽が嫌いだったらしい。

 私の三島のイメージでは、ワーグナーでも大音量でかけながら小説を書いてたと思ったが、 彼曰く音楽好きはマゾヒストなんだって? いや、あんたが、いや、あんたのやったことが究極のマゾヒストなんじゃないのかな?

 だから、腹切りというタブーを歌にすること自体が腹切りに対するプロテストなのです。 (当時の三島にしたら、日本が左翼に乗っ取られる危険性を感じて、それに対してプロテストしたのかもしれない。 しかし、デモに参加した私の感覚では、 当時の日本がそんなに変わるようにはとてもとても思えなかったのですけどね。)

 私は、拓郎はプロテストソングを作らないだろうと思っていたら、強烈な作品があったので驚いた。 これは後で書きます。

  ★

 女性歌手では、森山良子の 「今日の日はさようなら」 はよく歌ったが、声が澄みすぎて近寄り難い気がした。 例えば、讃美歌の感じですね。 トワ・エ・モワの白鳥英美子もそうだ。 本田路津子や赤い鳥の新井 (山本) 潤子もその系統だ。 それよりは、リリィやカルメン・マキがいい。

 五輪真弓の 「少女」 や 「煙草のけむり」 は好きだった。 中島みゆきは歌詞が男にはキツい。 中島みゆきの歌には、浪曲の粘っこさと怨みつらみを感じる。 松任谷由実は苦手だ。 ユーミンはふわふわしてる。 それが心地好い人にはよいのだろうが。

 山崎ハコの暗い声がよい。 いや、山崎ハコは暗いと思っていたら彼女の歌声は暗いのではなくて、澄み切っているのですよ。 その澄み方は森山良子には無い苦味がある。 澄んだ苦い水ですね。 そして水底まで見られそうで怖い! 心の奥まで見透かされそうな恐怖ですね。
 山崎ハコの歌は、わらべ歌の怖さに似ている。 (山崎ハコの 「織江の唄」 がパチンコ屋で流れると途端に出玉が止まり、ギターくんとよく文句を言ってた。)

 でも、その口直しと言ったら山崎ハコには失礼かもしれませんが、西田佐知子がよいのです。 さらっとした色気なんて、この歳になって初めて分かりました。
 浅川マキは別格です。 浅川マキは夜に聴く。

 ちあきなおみもいいなぁ〜。 「円舞曲 (わるつ)」 がよい。 友川かずきがちあきなおみに作った 「夜へ急ぐ人」 は怖い。
 そういえば、友川かずきの 「泥棒猫夜走る」 は、子どもに聞かせてはダメだよとギターくんに注意したのに、 彼の孫が聞いておかしくなったこともあったな。 トラウマになる歌もあるのです。 (因みに、ギターくんのベスト女性歌手は渚ゆう子だそうです。)

  ★

 そういえば、思い出した。 私にもトラウマになった曲がありました。

 大学の木造の寮に入った時には、仏教系の大学なので朝7時から勤行 (ごんぎょう) といって、 みんなで仏壇のある教室へ集まりお経をあげるのです。
 そんなこと聞いてなかったので私は反発した。 でも、隣の先輩が毎朝起こしに来るので仕方なく起きてお経をあげる振りをしていたのです。 実は半分寝ていた。 (私は、無神論者だが宗教そのものは否定しません。 でも、お経をあげるとか神社で手を合わせるとかの形式化が嫌いなのです。 祈るなら心の中でそっと祈ればよいと思っていますから。)

 その、隣の先輩は私たちが3人なのに2人部屋で1人は嫌われていた。 私たちは1階で、K先輩は2階に居た。 Fくんも2階で、岸和田くんは北側の平屋の部屋だった。 木造の寮の半分は壊されて鉄筋校舎になっていた。 その仕切りのベニヤ板には解体反対とか書いてあった。 汚い部屋のベニヤ板も落書きだらけで私もそこにひとつ付け加えた。 どうせ壊すんだからね。

 そんな6畳の部屋で、福井から来た子と二十歳過ぎの白いお兄さんとで夜話したり、 取っ組み合いをしたり枕投げをしたりして、まるで修学旅行の夜みたいにそれなりに楽しく過ごしていた。 退屈な田舎を早く出たかった私には、総てが新鮮だったのだ。

 問題は、毎朝の勤行だ。 朝7時前に、隣の先輩の部屋からテープレコーダーで由紀さおりの 「夜明けのスキャット」 が流れて来るのだ。 何度も何度も…。
 それは、起床の合図みたいに3ヶ月くらい続いたから、すっかりトラウマになってしまいましたよ。 (今でもダメですね。〜由紀さおりや作詞作曲者や制作者に怨みはないのですがね。〜)

 「夜明けのスキャット」 が終われば先輩が起こしに来るのですよ。 ところがそのうち、その勤行にハマる奴が二人出て来て導師といって、 勤行の時に前で率先してお経をあげるのです。
 ひとりは良く通る低い声で、朝だけならまだしも夜の9時頃からお経をあげるのですよ。 寝られへんやないか! それも同じ部屋の二人で合掌しながら合唱?ですよ! もう勘弁してくれよ!と、いうことを思い出しました。
 このお二人は、新しい寮でも仲良く合唱してました。 (背の高いのと低いのとで、同じような黒ぶちメガネをかけて兄弟みたいでしたね。)

  ★

 この木造の取り壊し寸前の廃屋みたいな寮には、 4月から7月初旬まで居たが実にいろんな面白い <事件> ?があった。 私の部屋で揉めて救急車が来たこともあったし、 隣の先輩の部屋から、ヤアッ!という気合いもろとも突然木刀がベニヤ板の壁を突き破って飛び出して、 そこの壁にもたれていた福井の子の顔の横をかすめたのには驚いた。 当然、嫌われていた方の先輩が謝りに来ましたけどね。

 救急車が来たのは、私の部屋で二十歳過ぎのお兄さんと警察官の息子のIくんが、 天皇制について論争?になり、右寄りのIくんが興奮して殺したる!と叫んで取っ組み合いになり、 Iくんが泡を吹いて痙攣を起こしたのだ。
 その時私は別の部屋に居たので、慌てて自分の部屋に戻ると、福井の子は怯えて隅で固まってるし、 Iくんは痙攣していた。 それで隣の先輩が救急車を呼んだのだ。 いやぁ〜驚いた。 (福井の子は災難続きだ。)

 実は、Iくんとは、夜中に金閣寺の広場に木刀を持って素振りに行った仲だし、 (今なら職務質問ものだ。) その後、彼から自転車を買うことになるのだが、 その時も私に会いに部屋に来てトラブったようだ。

 それに、こんなこともあった。 前期の試験中3人で勉強しているのに、(入学仕立てなので、まだウブで真面目だった。) 真上の2階で騒いでる音がうるさいので、堪らず私が注意しに行くと10人ほど集まり酒盛りしてた。 一瞬びびったが、入口近くに居たK先輩がゴメンなと謝った。 Fくんも居た。
 その2階からは下の空き地にラーメンの汁とかオシッコやゴミが落ちて、 いや落として来てたので頭に来てましたからねぇー。 そんな日常だった。 (私が注意しに行った時、他の先輩がアイツ生意気だから殴ろうと言ったけど、 K先輩が止めたと後で本人から聞いたけど、本当かなぁ〜?)

 そういえば、夜9時頃か、いきなり全員廊下に正座せい!と先輩たちの呼び出しがあり、 寝る姿のまま廊下の両側に並んだ1回生の中をお前ら生意気だ! とか訳の分からん説教を始めたので可笑しかったが、 同室の二十歳過ぎは平気だったが福井の子はどつかれるとびびっていた。
 これは、寮の伝統だとこの前K先輩から聞いた。 理不尽な行いは、応援団だけにして欲しいものだ。 〜トイレの前でお手拭きを持って立ってる応援団の1回生を何度か見たことがあるからね。

 こんな、男ばかりのむさ苦しい所にも時々可愛いお姉さんが来ていた。 クリーニング屋のおばさんが娘を連れて来ていたのだ。 狙いは明らかだ。 クリーニングに出すようなお洒落な?奴がいるとは思わなかったが、梅雨時にフトン乾燥を頼んだ。

 あれは、6月の梅雨の頃か?近くのR大学の過激派がこの寮を占拠するために襲撃して来るという噂が広まり、 大騒ぎになった。 先輩たちは緊急に集まって相談していたし、 Fくんは、布団袋に布団を入れて2階から落としてその上に飛び降りることを考えたと言っていた。
 私は、そんなことあるかいな?と思っていたが、やっぱり先輩たちのイタズラだったが、 そういう噂を信じるほど世の中は騒然としていたのだ。

 このイタズラの元をK先輩に訊いたが、「そういう時代やったやろ?」 で終わりだった。 確かに、そういう時代だったが、うちの大学は立て看板も無く静かだった。 賑やかだったのはうちの寮の中だけだった。
 Fくんなんて、過激派がもう千本北大路まで来てる!と聞いて相当焦ったと言っていたから、 罪深いですよ先輩たち。 (因みに、私は向かいの部屋の弓道部の袴の似合う子に、弓道部が並んで弓に矢をつがえて射ったらええやん、 とかほざいていたのです。 実は、入学式のクラブ勧誘で弓道部に誘われて矢を放つと、 的を越えて飛んだので慌てて逃げた因縁があったのですよ。)

 岸和田くんは、うちの汚い寮の向かいに建つ鉄筋の寮に対して怒っていた。 そこは、同じだけの寮費を払ってるのに、トイレは水洗だし風呂も食堂もあったからだ。 朝晩の食事はそこの食堂へ行って食べていたし、洗濯機も借りに行ったから差別を感じたからだ。 岸和田くんは未だに怒っている。 でも、そこではうちの寮のような騒ぎは起こらなかっただろうと思う。

 この寮でのバカげた経験は、<青春の石けり遊び> とでも呼びたい遊び時間だったと思う。 (「青春の記憶」 は、削除できないSNSの個人情報のように、いつまでも消えないのです。)
 二十歳前後の中途半端な年代は可能性を秘めながらも不安定だ。 自分が何者なのか?何者になるのか?さっぱり分からないからさ迷うのだ。 問題はその <さ迷い方> で将来が決まる。 ということを青春は知らない。

 青春はバカヤローだが、青春をバカにしてはいけない! 青春とは真面目につき合わないといけない! 時にはふざけてもいいけどね。 青春をいい加減にすると、後で手痛いしっぺ返しが必ず来る。

 〜そういえば、この1回生の1年間は詩を書かなかった。 いや、詩を書く <すき間> が無いほど、 毎日が激しい変化に富んでいて面白くて書けなかったというのが本当だ。 あんな日々は二度と来ない。

 廃屋に近い寮の最後と新寮の最初を体験したのは、私たちだけだ。 新しい寮では、部屋の入り口が二重で、部屋の行き来がしにくくなり、 それぞれのプライバシーは守られたが、気楽な往来はなくなったのだ。 もちろん壁はコンクリートで、もう木刀は歯が立たない。

  ★

 このことからを振り返ると、廃屋に近い木造の寮は江戸時代の長屋に近くて、 狭くて汚いが近所のコミュニケーションは濃い。 鉄筋になれば、清潔で設備も整いプライバシーも守れるが、人間関係は希薄になるということだ。
 それは、「みんな貧しければ助け合うが、豊かになればバラバラになる。」 ということに近いと思う。 個々人の資質もあるが、みんなが同じように豊かにはなれない。

 私の学生時代の4年間は、1年毎に社会の空気が変わるのを感じた。 それは、社会全体のことを考えるよりも、個人の生活優先風潮になった気がしたのだ。 1年毎に空気が固くなって来た。

 まるで、拓郎の歌う斎藤哲夫の 「されど私の人生」 のように、「変わってそれでおしましさ」 だ。 インフラが整備され、市電のような採算の合わない、時代のスピードにそれこそ乗り遅れた乗り物は消えて行く。 それとともに人情もおおらかさも消える。 (確かに、道路の真ん中の狭い停留場は怖かったけどね。何せ両方を車が走り抜けるのですから。)

 街が整備され清潔になるのと、管理社会になるのとは平行して進むようだ。 今や、何処へ行っても監視カメラに見張られている。 でも、人はやはりごちゃごちゃした狭い所が安心できるから、私の街の狭い小さな駅前商店街は健在だ。
 混乱は不安定だが、活力もある。 緩い管理で、活力のある社会は実現できないのだろうか?と、 あの騒乱の1969年の1年間を新旧2つの寮で過ごした私は考えるのです。

  ★

 そういえば、同じ学科の (超) 真面目なMくんと、 京大の近くで機動隊と過激派が激突した次の日見物に行くと、催涙弾の名残りで涙が止まらなかった。
 このMくんは、写真同好会で彼のおかげで私の写真が残っているし、授業ノートのコピーでもお世話になりました。 無事に卒業できたのも彼のおかげですね。 でも、写真同好会の起こした <偽幽霊写真事件> もあったな。

 その頃には、図太くなった私は先輩が起こしに来ると、 後で行きますと言って二度寝して勤行をサボり出したのです。 そして、他所の部屋へ行き、そこで飼ってた子猫と遊んでた。 そして、みんなが勤行から帰って来ると外から見えるその部屋で、子猫をお腹の上に乗せて寝たふりをしていた。 そんな私を勤行帰りの友だちが笑っていた。 でも、不思議と先輩たちからの注意はなかった。

 いや、私なんかよりも、もっとヤバい1回生が居たからなぁ〜。 2階に居たNくんは、酒を飲むと目が座り相手構わず食ってかかった。 岸和田くんは、部屋の子と取っ組み合いのケンカをするし、私は先輩が居ても注意しに行くし…と。 個性的には、私たちの方が濃かったから先輩たちも注意できなかったと思う。
 このように、古い寮の思い出は、新しい寮に比べて圧倒的に多いのです。

 私が、推薦入学試験を受けに国鉄京都駅から千本北大路の大学まで、 父親とタクシーで向かったのが1969年の1月19日だ。小さな大学で驚いた。 それは、東大安田講堂陥落の次の日なので、世の中が騒然としていたのが想像できると思います。 今では考えられない状況でした。 (就職してからの友だちは、例のR大学出身で 『二十歳の原点』 で自死した高野悦子を知ってると言っていた。 彼によると、学生運動は1968年に終わっていて俺たちは <尻拭い> をさせられたと言っていた。 〈もっと汚い言葉だったが〉)
 〜その通りかもしれない。 70年安保は <祭りのあと> だった。あとの祭りかも。

  ★

 そういう世の中の雰囲気の中で制作されたのが、『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』 ですね。

 その前に、ライヴ盤 『ともだち』 についてもう少し言及しておきたい。 正直言って、この時点での拓郎の作詞作曲能力は、 「マークU」 や 「今日までそして明日から」 や 「イメージの詩」 など知られた曲はあるものの、 斎藤哲夫の 「されど私の人生」 1曲には敵わないと思う。
 それは、拓郎3曲のエッセンス総てを斎藤哲夫の 「されど私の人生」 が包括しているからだ。 この1曲には、「マークU」 の切なさと 「今日まで〜」 の自意識と 「イメージの詩」 の疑問点と焦燥感が含まれている。 そのことを拓郎自身が分かっていたからこそ、この曲を歌ったと思うのです。

 当時の私にとっては、友だちとの別れはつらかったけれど、それはいつか訪れるし、 結局 <自分の人生は自分で決めなければいけないのだ!> という現実を強烈に突き付けられたのは、 この 「されど私の人生」 だった。 もしかしたら、拓郎も同じ気持ちで歌ったのかもしれない。
 この拓郎の歌い方は、斎藤哲夫のオリジナルよりも迫力がある。 当時の拓郎の心情とぴったり合致したと思う。

 この曲には、当時の私の焦燥感と不安感とやけくそに近い開き直りの感情が表現されていて、 「かててこの世を去ることの」 と聴こえて 「かといって死ぬこともできない」 と解釈してたけれど、 本当は 「果ててこの世を去ることのみ」 で 「疲れて死ぬだけ」 という意味で深い絶望感だったのだ! この一節には鳥肌が立つ。
 極端に言えば、(私にとっては) このアルバムには 「されど私の人生」 と 「ともだち」 の2曲があれば充分なのです。 それは、詩集の中に一編の気に入った詩があればいいというのに似ています。

 青春とはカオス (混沌) ですが、いつまでもその中に漬かってる訳にはいかない。 〈けり〉をつけなければいけない時は来る。 拓郎が、この曲に対抗できるのは 「人生を語らず」 ではないかと思う。 そして、「人生を語らず」 は 「されど私の人生」 のアンサーソングになっていると思う。

 拓郎の特徴は、MC (しゃべり) ですね。 拓郎は、お祖母さんからお前はしゃべり過ぎると小さい頃から言われくらいのおしゃべりだった。
 だけど、そのしゃべりはさだまさしとは違うと思う。 さだまさしのしゃべりは、それだけで落語の芸みたいに言われるが、拓郎はもっと自然だ。 だから、脈絡がなくなったり突然神経質になったりする。 南こうせつのしゃべりも温かくて優しいが、拓郎の迫力には欠ける。 こうせつはお寺だからなぁ〜。

 特に、このライヴの時にはナイーブになっていたように思う。 だから、自分の気持ちをコントロールできない場面もあったのだ。 なにせ、当時もう24歳だから将来のことも心配になる。

 当時は、高度経済成長時代だから、今のようにニートやフリーターなんて少なかった。 そういう人も居ただろうが、肩身の狭い思いをしていたから、拓郎はお母さんの応援があったにしろ、 24歳なら何らかの職業に就くのが当たり前だったのだ。 だから、そういう焦りや苛立ちもあっただろう。

 そういう意味でも、ミニバンドの2人とたった3人のコンサートは、 緊迫感と遊びと開き直りのごちゃ混ぜな気分を感じるのです。 カオスですね。 このカオスがマグマとなり大爆発するのです。 (失礼しました。拓郎さんは一応エレックの社員でしたね。)

  ★

 騒然とした1960年代の終わりから、70年代80年代と日本は高度経済成長を遂げ、 やがてバブルの90年代へと突入する。 それとともに、高度管理社会になってゆくのだ。
 例えば、喫煙を取り上げてみると、私も1994年に新築マンションを購入するまでは、 あちこちで遠慮なくぶかぶかタバコを吸っていた。 それまでに何度か禁煙を試みたが、悉く失敗していた。 でも、新築の部屋の白い壁紙を汚すのが気になったのと、 1995年の阪神大震災のショックで自然に止められたのだ。

 その後、喫煙に対する風当たりは物凄く風圧を増した。 いざ、タバコを止めると如何に周りに迷惑をかけていたか痛感したが、 そこまで犯罪行為みたいに言うこともないんじゃないの?と思うこともしばしばあった。

 その後、2000年代になるとSNSの普及で特定の個人や団体を匿名で攻撃する行為が一般化する。 これは、集団いじめだ。 一対一のケンカならまだしも自分は匿名での攻撃は卑怯で卑劣な行為だ。 それに、こうした行為は相互監視社会の始まりではないか?とも思う。 自分で自分の首を絞めている。 憂さ晴らしは、人を傷付けない方法でやりなさい!

 でも、自分の人生が社会のせいで上手く行かないと考える人はヘイトスピーチに走るように思う。 具体的に当たるところの無いどうしょうもない怒りは、より弱い人たちに向かうのだ。 それは、その人たちが自分たちに立ち向かって来ないことが分かっているからだ。 それは、匿名の攻撃と同じ構造をもつ行為だ。 哀しいね。…

 私は、自分が強いから、精神的に強靭な心をもっているからこんなことを言っている訳ではありません。 自分の弱さは知っている積もりだし、他人を攻撃したこともあります。
 でも、他人を攻撃しても気持ちは晴れませんでした。 むしろ落ち込みましたよ。 自分が情けなくなりました。

 何故かと言うと、自分の弱さと対峙する勇気の無い自分に気付いたからですね。 ヘイトスピーチ同様に、他人のせいにしていたからです。 自分と対峙するのはしんどいのです。 鏡をじっと見ていられますか?

 それと、自分を確立し心を強くするには、余計な情報に惑わせられないことですね。 情報をシャットアウトして本でも読むのが一番です。 心が静かになりますよ。 心が静かになると、世の中が違って見えて来ます。

 パソコンやスマホなどで、無数の情報を手に入れて自由になったように思うけれど、 それは逆にこちらの情報も知られるので、より不自由な監視社会になっている危険性に気付くべきだ。 それに、SNSで自分の情報をさらしておいて、個人情報保護を訴えるのは矛盾ではないかと思う。
 もっと危険なことは、ニセ情報に踊らされることです。 情報過多社会は、付和雷同に陥りやすい。 だから、情報の断捨離が必要だと思います。 頭の中の断捨離ですね。

  ★

 話が逸れたように思うが、私としてはこの硬直したような2010年代後半を生きていて、 実はちっとも面白くないのです。 何だか、社会全体が整理され過ぎたように思うのですよ。 それは、汚れた物や都合の悪いものを隠して表面だけ綺麗にしてるみたいです。
 つまり、再開発して綺麗になったが、詰まらない街になった感じですね。 それは、欲望だらけの醜い体を見映えの良い服で隠した感じだ。

 人間という動物はアナログなのです。 レコードの溝のようにつながっているのです。
 デジタルみたいに飛び飛びの数字でできている訳ではありません。 デジタルは、上手く利用すればいいけど、利用されてはいけないし、デジタルに飲み込まれては尚いけない。

 私が言いたいのは、騒乱の1960年代と2018年の現在もつながっているので、 「未来は過去の中にある」 と思うのです。 そして、あの過去の <熱気> も蘇らせたい!と願いつつこのシリーズを書いている次第です。
 <昔は熱気があった。> ではなく、いや今でもみなさんの中に <熱気> はあるのです。 人間である限りは。 …眠ってるだけです。

 私の学生時代の4年間は、熱気の <るつぼ> の中に投げ込まれた感じがした。 しかし、本来は私たち一般人一人ひとりの <怒り> や <願い> や <優しさ> が熱気となり、 社会を変えてゆくのが私の理想であり夢ですね。 それが、本当の <革命> ではないかと思います。

 革命の基盤には人に対するリスペクトが必要だ。 それがないと直ぐに潰れる。 潰される。 それは、もちろん政治の力だけではありません。
 いや、むしろ政治力の劣化と鈍化と愚鈍を痛感するこの頃です。 人に対するリスペクトが無い。情けない…。

 しかし、民主主義とはお金と時間がかかるものですねぇ〜。 イラつくこともある。 税金だけはむしり取りやがる! 腹立つ。

 ★

 そこで、拓郎のプロテストソングです。 いや、驚きましたよ。拓郎がストレートなプロテストソングを作るとは思わなかったからだ。
 拓郎が大学の時に作った 「土地に柵する馬鹿がいる」 は、このタイトルだけで充分プロテストしている。 これは、成田空港三里塚闘争に触発されて作ったけれど、沖縄の基地問題ともリンクする力を今ももっている。


   土地に柵する馬鹿がいる

  土地に柵する馬鹿がいる
  つながる大地のその上に
  杭打ちつける馬鹿者は
  いったい何をする気だろう
  たったひとつの柵のため
  むこうとこちらに分けられて
  あいさつでさえ許されず
  近づくだけで殺される
  土地に柵する馬鹿がいる
  通って行けばそのままに
  何てこともなかろうに
  そこに柵をするなんて


 この歌詞には、何の解説も要らないと思う。 しかし、こういうストレートなプロテストソングよりも、 後年の 「いつも見ていた広島」 のような楽曲の方がイメージの広がりがある。
 でも、そのイメージの広がりの <核> にはやはり <怒り> があると思う。 まず、「土地に柵する馬鹿がいる」 の怒りがあり、次に 「アジアの片隅で」 の現状分析があり、 「いつも見ていた広島」 へと昇華するのです。

 それは、壺井栄の 『石うすの歌』 が、原爆の悲惨な状況を直接訴えるよりも、 より深く静かにその怒りや悲しさや、そして希望を伝えるのに似ている。 (この作品は、当時GHQの検閲を受けて今のような形になり、 反戦反核のメッセージを暗喩にしたらしいのですが、 結果的にはそれがよりイメージを広めメッセージを深めたように思う。 皮肉にも検閲のお陰ですね。 もちろん検閲は認めませんが、作家たちは検閲をくぐるために必死な努力工夫をしたのです。 これもプロテストです。)

 誰しも、反抗期があります。 まず保護者に対して、次が周囲の大人や学校という組織に対してプロテストする。 それは、理不尽や不条理に対してだったり、ただ単に <理由なき反抗> だったりする。 (そのプロテストの表現方法は、髪を染めたり服装に表れたりする場合もあれば、 私のように <頭の中の反乱→妄想へ逃げる> の場合もある。)

 しかし、問題はそれがただの反抗に終わるか、そこからイメージを広げるか?なのです。 そして、プロテストするということは、 自分の中に自分なりの <正しい姿形= (イコールに近い) 正義> が形成されること。 つまり、アイデンティティの成立過程なんですね。
 この過程を大切にしないと、単に社会に反抗する犯罪者になってしまう危険性を孕んでいます。 この、アイデンティティの成立過程が <青春のバカヤロー> なのですよ。

 この拓郎ライヴ 『ともだち』 は、まさに <青春のバカヤロー> です! そして、拓郎にはこういう <メッセージソング> の分野もあるのです。 本当に音楽の幅の広い人ですね。

 あらぁ、すみません。と、いうことで、今回はプロテスト及びプロテストソングの話になってしまいましたよ。 またまたアルバムに行けませんでしたね。 次回をお楽しみに。


                                  (2018年6月15日掲載)

                               これまでの 「レコードの溝」は こちら です。
常連さんのリレー連載 「本を繋げて」 第41回 特別編  福田光夫 「泉川駅史稿」 (先行公開版)
 豊文堂書店の常連さんが書き手にまわる 「本を繋げて」 という連載コラムを設けました。
 本に魅入られ、ときに格闘しながら、歩みをともにしてきた方々が、とっておきの話を持ち寄ってくださいます。 いずれも広い意味での 「発見」 にまつわる物語になるでしょう。
 本を繋げて人を繋いで、読書の愉しみ、探書の悦びが少しでも身近になりますように。

               ×                 ×                 ×


 「本を繋げて」 の特別編として、根室市在住の福田光夫さんによる 「泉川駅史考」 (先行公開版) を掲載いたします。

 北海道東部のとある駅と町のかかわりを見つめた貴重な論考であるのは勿論のこと、 福田さんの少年期の幸福な思い出と結びついた、これだけは書き残しておきたいという使命のようなものがお分かりいただけるかと思います。
 また、本編がこの時期に発表される背景には、 JR北海道が北海道新幹線開通の裏で進める赤字路線の廃止検討策への懸念も見てとれるでしょう (福田さんは3月下旬に廃止される花咲駅の駅史を現在編纂中とのこと。 追記: 『花咲駅史 1921.8.5-2016.3.25』 は2016年10月初旬に刊行されました)。

 今回発表分は先行公開版だということですが、追加情報を加えた完全版の執筆も構想しておられます。
 長文のため、中盤以降は別ページにリンクを貼ってお読みいただけるようにしました。 画像はクリックすると拡大できます。 ぜひ最後までお付き合いください。



 第41回 特別編 「泉川駅史稿 (先行公開版 2015.1.6 現在)
                                              福田光夫 ・ 文


  ■はじめに

 平成元 (1989) 年4月29日、根釧台地の発展を支えてきた標津線が廃止された。 人々の夢や希望、あるいは絶望を運び続けた標津線の全貌は、個々の記憶や映像類、 同年に発行された 「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 等をもって、今も語り継がれてきている。
 そんな標津線の駅のひとつに 「泉川駅」 がある。 正真正銘、本物の僻地にあった駅である。 この駅に愛着を感じている人たちは、当時、住んでいた人たちか、秘境駅として訪れたことのある特定の鉄道マニアしかいないだろう。

平成元年4月29日の泉川駅。(クリックすると 拡大します)

 「泉川駅」 のあった市街地は戦後、急速に発展し、急速に萎んでいった特異な歴史を持つ。 今は、市街地部分は消失し、点在する酪農家が泉川を支えている。
 まだ市街地が少し残っていた昭和40年代に、父親の転勤の都合で、 小学校2年から6年生までの5年間、駅の近くに住んでいた者が駅史をまとめてみた。

 私は、昭和49 (1974) 年3月に廃校となった泉川小学校、最後の卒業生8人のなかの一人であったことを先に書いておく。
 泉川小学校の校歌は 「根室広野の樹木 (きぎ) あおく…」 で始まる。
 「泉川駅」 とは、そんな場所に、ポツリと出現し、ひっそり消えていった。 戦後70年のなかで辿った 寂しい駅の物語である。


  ■標津線の全線開通

 「泉川駅」 を語る前に、標津線全体のことを簡単に解説する。
 標津線は 「標茶駅」 と 「根室標津駅」 を結ぶ横の線 (69.4km 全線開通前は標茶-中標津間を標茶線と呼称) と、 「中標津駅」 と 「厚床駅」 を結ぶ縦の線 (47.5km) がT字状になっていた。 根釧台地に入植した人々の動脈路として、生活や産業を支えてきた。

「中標津西別間鉄道開通記念ゑはがき」袋の表紙。(クリックすると 拡大します)

 昭和9 (1934) 年10月発行の祝標津線開通記念 「新根室41号」 によると、 大正10 (1921) 年に根室本線が根室駅まで開通するや、直ちに本格的な標津線の建設運動が始まった。 翌大正11 (1922) 年4月法律第37号鉄道敷設法中に 「根室厚床附近より標津を経て北見国斜里に至る鉄道」、 即ち根室原野縦断鉄道が予定されるに至った。

 最初に開通したのが、「厚床駅」 と 「西別駅」 間で、昭和8 (1933) 年12月1日に開通した。 次いで 「西別駅」 と 「中標津駅」 間が、昭和9 (1934) 年10月1日に開通し、縦の線ができた。 もともとは、「厚床駅」 から 「根室標津駅」 までが標津線の名称だった。 「標茶駅」 と 「中標津駅」 間の路線は、後で追加され、奥地の拓殖事業の推進に対応したものだった。
 次に 「標茶駅」 と 「計根別駅」 間が昭和11 (1936) 年10月29日に開通し、 「根室標津駅」 までの全線開通は、昭和12 (1937) 年10月30日のことだった。

 当時の標津村が発行した 「中標津西別間鉄道開通記念ゑはがき」 が手元にあるので、 袋の表紙と、封入されていた4枚の絵葉書を掲載した。 袋の表紙にある地図を見ると、標茶−標津間が開通していない。 標津線と関係のない写真もあるが、中標津地域の 「ご自慢」 が何であったのか、分かるので掲載した。 なお、鉄道マニアにとってバイブルの 「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 には、いずれも未収録の資料である。

中標津駅。(クリックすると 拡大します) 標津市街全景。(クリックすると 拡大します) 養老牛温泉。(クリックすると 拡大します) 農事試験場根室支場。(クリックすると 拡大します)

 全線が開通した際には、鉄道省北海道建設事務所が 「標津線標茶線全通記念絵葉書」 を発行している。 袋の裏面が建設要覧になっており、線路平面図1葉や絵葉書4枚が封入されていた。 こちらは 「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 にも白黒写真で掲載されているが、ここでは、袋の両面と絵葉書4枚を掲載した。

「標津線標茶線全通記念絵葉書」袋の表面。(クリックすると 拡大します)

 袋の表側の絵は、国後島に向かっていくようなSLの後ろ姿が旅愁を誘う。 まさか、その8年後、ソ連に不法占拠されてしまうとは、誰も予想はしていなかっただろう。 今見ると、何か苦難を暗示しているかのような図柄だ。 裏の建設要覧は、標津線の建設事情を知るための第1級資料である。

「標津線標茶線全通記念絵葉書」袋の裏面・建設要覧。(クリックすると 拡大します)

 (建設要覧は、標津線と標茶線に分かれている。なぜ、標津線に統一されたのか調査中)

 なお、私の手元にあるのは、線路平面図が欠落している。 地図を見たい方は、「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 を参照願いたい。 その代わり、この駅史のおまけとして、バイブルの方には未収録の 「尾岱沼の蝦取船」 絵葉書を掲載した。 「尾袋沼」 と誤植がある。 直接、標津線とは関係ないので、掲載しなかったのだろう。

根室標津停車場。(クリックすると 拡大します) 標津線第二標津川橋梁。(クリックすると 拡大します) 標茶線十六粁附近直線路。(クリックすると 拡大します) 尾岱沼の蝦取船。(クリックすると 拡大します)

  ■泉川の地域史と駅の誕生

 別海町と厚岸町及び標茶町の境界線近くあった 「泉川駅」 は、「標茶駅」 の東隣の駅となるが、 間には 「多和乗降場」 (標茶駅から2.6km) があった。 「泉川」 の東隣の駅は、昭和42 (1967) 年4月1日に、地域の請願によって開設された 「光進駅」 で、終始、駅員無配置だった駅である。
 「泉川駅」 は、標津線の全線開通から7年後の昭和19 (1944) 年5月1日、 まずは仮信号所として開設され、同27 (1952) 年3月25日、一般駅に昇格した。

                            クリックすると つづきをお読みいただけます


                                            (2016年2月1日掲載)
随筆再録 第12回 「近未来の釧路市北大通繁盛記」 豊文堂書店 店主 豊川俊英 ・ 文
  近未来の釧路市北大通繁盛記   一古書店主の夢想
                                    豊文堂書店 店主 豊川俊英 ・ 文


 ――賑わっている。
 釧路駅から幣舞橋、それに橋向こうの南大通りの3軒をいれると、 この地区には何と25軒の古本屋が出来てさらに出店予定が4軒、 また全国チェーンの大型新古書店も進出を窺っているとの噂だった。
 北大通周辺はホテル街と古本屋街、それに従来よりの銀行・金融機関、各種公共施設、民間企業、個人商店がうまく絡み合って、 今や 「北の神田」 「北海道古本特区」 と呼ばれ、日本中より本好きを集めていた。

 JRや航空各社も競ってツアー商品を企画している。
 HACの 「函館・旭川・釧路、古本・温泉満喫の旅」、JALとANAも 「知床・釧路湿原・阿寒観光、古本探索ツアー」、 JRはお得意の3輌のSLを使って、根室―網走迄の特別列車 「SL古本号」 だ。 書棚のついた特別車輌を連結して車内販売もしております。
 来春には東京〜釧路間のフェリーも復活が決まった。 首都圏から自転車やバイク、乗用車で沢山の人が来るだろう。

 北大通商店街は確実に昔々の賑わいを取り戻しつつある。
 空き店舗に手頃になった家賃の魅力で若い人がここ7、8年の間にどんどん開業して増殖したのだ。
 古本のインターネット全盛時代は一服し、商売はやはり対面販売でという社会の変化と、 小さくても個性のある品揃えの店に再びお客さんが戻って来たのである。 オタク的な店主もいるが、その 「オタク」 を専門にしてしまったのである。

 高齢者や障害のある方にも配慮して手すりをつけ段差がなく、 店内を自由に見れる店も3軒あり各店ごとにトイレや休憩所も整備中である。 観光案内、荷物の一時預り、みやげ物販売、古本屋案内も兼ねた 「道の駅」 もあり好評である。 アジア各国からのお客様にも対応出来るようだ。

 駐車場のスペースが確保出来ない等の理由で、出店が遅れていたコンビニ業界も、今は各社が進出し競っている。 新刊書店の大手 「トーチャンゴー」 も40歳以上のお客様に的を絞った新店を現在十字街に建設中である。
 かつて中心街を運行していたあの懐かしの 「くるりん」 も 「こしょりん」 と名前を変えて元気に走っている。 現在は3台が稼動中であり、大切な足となっている。
 古本好きは地味ではあるが確実な滞在型であり1泊・2泊して地域の経済に大いに貢献してくれています。

 高速道路も整備されて出入口の阿寒は、重要な第2の古本屋地帯になろうとしている。 自然の中の樹々に囲まれた静かな地域に、主に美術関係を扱う店が数軒出来て、 一緒に進出して来た骨董店、レストランとミックスして軽井沢のような地域になってきた。 温泉もあり何といっても釧路空港に近いのが、最大の利点であるようだ。

 一方、阿寒湖畔の各ホテルもこの釧路・阿寒の動きを黙って見逃すはずはなかった。 温泉街にも古本屋が出来て、老舗のあるホテルは2つある宴会場の1つをつぶし、ホテル内にちょっとした古書店街を作った。 神田の古本屋もテナントとして頑張っている。

 都心部の栄町にはさらに古書会館が出来て、内外から業者が集まり週に2日はセリ・交換会が行われている。 会館の2、3階は釧公大、釧教大、釧路短大、釧路高専のゼミの学外教室となり、交代でうまく使って交流を深めていた。 若い人もどんどんこの北大通周辺を闊歩するようになって、街が息を吹き返してゆくのが手に取るように分かった。
 周辺では急ピッチで若者向けのアパート・マンション、そして対照的ではあるが高齢者向けのマンションも建設中である。

 ここで古本屋街の各店を紹介してみよう。
 釧路駅前には鉄道・交通専門店の 「SL釧路」、少し行くと文学・郷土誌専門の 「サビタ書房」 と 「豊文堂書店」、 1本裏通りに写真・美術専門の 「キャパ書院」、SF・コミック・サブカルチャー専門の 「ウルトラアトム」、 十字街には絶版文庫専門の 「久寿里文庫」、MOOの中には自然関係、 特に鳥類が専門の 「鶴屋書房」と、鯨や魚類専門の 「鯨書房」・・・。

 ほかの映画館も紹介しよう。 小さいながら3館あります。
 名作と古いアニメ専門の 「釧路名画座」、「北8シネマ」 は古本・中古レコード・ビデオ・CD・DVDも販売し、洋画も上映しています。 「大人の映画館」 はそのまま、昔の日活映画を中心にちょっと色っぽい映画を上映、何とかやっています。
 ――いい時代になりました。

 (「釧路新聞」 平成17年 (2005年) 11月14日 (月) 付紙面より再録。 掲載にあたり、適宜段落空けを増やし句読点などを加えています)


  <現在の執筆者より>
 「俺が書いたやつで最高ケッサクだ!!」 「SFだって言ってんのに、真に受けてどこにそんなにたくさん古本屋があるんですかって訊いてきた、そそっかしいのがいたな」



                                          (2013年11月24日掲載)

                               過去の 「随筆再録」は こちら です。
店舗案内 と ご注文方法 と リンク.
                                                   
●本店●                                             ●北大通店●
〒085-0034                                             〒085-0015                     
北海道釧路市白金町1番16号                              北海道釧路市北大通8丁目1番地  
TEL/FAX (0154)22-4465                       TEL/FAX (0154)31-4880         
営業時間10:30〜18:00                       営業時間10:00〜19:00          
月曜定休日                               不定休                        

店舗地図 (駐車場あります)
メールは こちら     ご注文方法     リンクページは こちら


全国古書籍商組合連合会加盟   釧路古書籍商組合加盟店  古物商許可証番号  釧古 第134015700036号