開設日 2005年 1月 2日
最終更新日 2018年 1月22日

   

港のまち、炭鉱のまちとして栄え、湿原を間近にのぞむ 道東の拠点・釧路。
ここは、1982年よりこの地に店をかまえる 豊文堂書店のウェブサイトです (店舗案内は、こちら を どうぞ)。


お知らせ
1/22 (月)  本店の新規入荷欄
郷土誌、石炭、自然、民族、民俗、思想、文学、新書の分野  計8点を 登録しました。

1/22 (月)  北大通店 古書目録
芸術、文学、児童書の分野  計8点を 登録しました。
12/30午前 釧路市の久寿里橋から撮影した釧路川。(クリックすると 拡大します)
北大通店 2階 喫茶 ラルゴ Largo の 部屋 < 「喫茶ラルゴの新着情報」 >夜は口笛を吹くな
2/9 (金)  よしだ よしこ ソロ・ライブ 釧路公演 開催
4/15 (日)  「リクオ&ハシケン」 ツアー2018 釧路公演 開催
詳しくは 下段の 「ラルゴの部屋 入口」 から どうぞ。

北大通店の玄関を入って
すぐ右手の階段をお上がりください。
美味しいもの、あれこれご用意しています。
散歩の途中の骨休め、1階で古書をご覧になった後など、お気軽にどうぞ。


日替ランチメニュー、展覧会やライブ告知 の 情報は こちら から
喫茶 ラルゴ Largo の 部屋 入口

<豊文堂書店レコード部からのお知らせです>

 ただいま白金町の豊文堂書店 本店では、ジャズ・レコードが大量入荷中です。

 豊文堂書店 本店レコード部=北海道 釧路市 白金町 1番16号
 TEL/FAX  (0154) 22-4465           


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 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 を更新しました。

 アルバム 『対』 の歌詞分析の果てに響き渡る <運命の鐘>。 はたしてそれはピンク・フロイド版 <恩讐の彼方に> のドラマを祝福するのか否か。

 今夏刊行された 『ピンク・フロイド全記録』 も執筆の役に立っています。
 いよいよ次回は、ラスト・アルバム 『永遠 (TOWA )』 に突入します。

  ピンク・フロイド 『High Hopes/運命の鐘』 (You Tube より)

               (2017年12月5日更新)

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 豊文堂書店の常連さんが書き手にまわる連載コラム 「本を繋げて」 を更新しました。

 今回は特別編として、 根室市在住の福田光夫さんによる 「泉川駅史考」 (先行公開版) を掲載いたします (こちら からお読みください)。

 北海道東部のとある駅と町のかかわりを見つめた貴重な論考であるのは勿論のこと、 福田さんの少年期の幸福な思い出と結びついた、これだけは書き残しておきたいという使命のようなものがお分かりいただけるかと思います。

 また、本編がこの時期に発表される背景には、 JR北海道が北海道新幹線開通の裏で進める赤字路線の廃止検討策への懸念も見てとれるでしょう (福田さんは3月下旬に廃止される花咲駅の駅史を現在編纂中とのこと。 追記: 『花咲駅史 1921.8.5-2016.3.25』 は2016年10月初旬に刊行されました)。

                (2016年2月1日更新)

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  2018年1月15日 (月)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第12試合

  1. こないだ民謡の歌詞の本あるって言ってませんでしたっけ
  2. リキュールとかお酒の本
  3. 蘇東坡の詩集

 前日は臨時休業。 十勝方面に遠出をしていた。

 雄別炭砿鉄道の機関車をデザインした風景印の押印開始

 土日の大学入試センター試験を受けた帰りのような若者の姿がちらほらと。 合格して釧路の住民になりぜひ豊文堂の常連さんになってください!

 2が売れる。
 3打数1安打。打率 4割2分1厘0毛。


  2018年1月13日 (土)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第11試合

  1. 額縁
  2. 石田五郎 『天文台日記』
  3. 俳句の本
  4. ソロー 『市民としての反抗』
  5. 演劇論

 2、4、5が売れる。
 4は岩波文庫の新訳版 『市民の反抗』の方 。 5は 『井上ひさし全芝居 その二』。 演劇論ではなく戯曲集だけれど、安打にしたっていいじゃないか。
 5打数3安打。打率 4割2分8厘5毛。


  2018年1月12日 (金)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第10試合

  1. 書道の本 (「高野切」)
  2. 船山 馨

 2階の喫茶ラルゴが 開店12周年 を迎える。

 札幌から出張のたびに寄ってくれる営業マン氏、釧路の営業所が廃止されるかも、 これが道東にくる最後になるかもだって。 お別れは突然に。

 「書道技法講座」 と 「原色かな手本」 (ともに二玄社) の高野切の巻が売れる。
 由井りょう子による船山馨の評伝 『黄色い虫 船山馨と妻・春子の生涯』 も売れる
 2打数2安打。10試合を終えて、30打数12安打。打率 4割。


  2018年1月11日 (木)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第9試合

  1. 工学関係の辞書?
  2. 絵本
  3. 遠藤周作 『おバカさん』
  4. 丸谷才一 『女ざかり』
  5. 藤田省三 『天皇制国家の支配原理』

 札幌の岩村誠二さんから紙物詰め合わせセットをいただく。 レトロスペース坂会館 でおなじみの 坂ビスケットの新聞広告 など。

 釧路市立博物館「あの頃、道東は。 NHK番組上映会」 のスケジュールが決まる。 この日程ならば、うまくすると6作品すべて見ることができるかも。

 「工学関係の辞書」 はないよなァと思いながら念のために科学書の棚を見にいくと、 「あっ、こっちにありました」 と別の棚からお客さん。 「語学関係の辞書」 の聞き間違いだった。 ドイツ語の辞書が3冊売れる。

 他に2、4が売れる。
 5打数3安打。打率 3割5分7厘1毛。


  2018年1月10日 (水)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第8試合

  1. カセットでもいいけど民謡の入ったの(九州)
  2. 『鶴居村史』
  3. プーチンに関する本
  4. 犬の栞
  5. おすすめの本

 北大通4丁目に建設中の再開発ビルへのテナント募集案内が届く。
 午後、ご近所さんにダンボール2箱分を納品する。

 2階の喫茶ラルゴの常連のお姉さまが私の頭をまじまじと見つめて 「あらま、しばらく見ないうちに、おたくの頭また一段と……雪が降ったね」

 電話で訊かれた 『鶴居村史』、本店に昭和62年版の在庫あり。 おとりおきになる。
 犬の栞は常連さんから。店頭で無料の栞を配っているのだが、 探るとご所望の図案のものがあった。 2安打目。

 「おすすめの本」 を尋ねてきたのは、はじめてのお客さん。 もちろんお好みの傾向はいっさいわからないので探りを入れる。

 1)角田光代と横山秀夫が好き、 2)ファンタジックではない小説が読みたい、 3)日本のものがよい、 4)文章は読みやすい方がよい、 5)あんまり昔のものは読みたくない、などなど。

 店の在庫と相談しつつ、 最後はええいままよとばかりに儂の好みに思いきり引きつけて堀江敏幸の短編集をお渡しする。
 5打数3安打。打率 3割0分4厘3毛。

 北大通店の めくりめくられ: 文庫化された町山智浩 『ブレードランナーの未来世紀 <映画の見方> がわかる本』 (新潮文庫) に手をつける。
 『ヴィデオドローム』、『グレムリン』、『ターミネーター』、『プラトーン』、エトセトラ。 80年代のハリウッドを席捲したこれら作品群が、 映画づくりの魔に魅入られた新鋭たちの強迫観念を母体としていたことを 当時のアメリカの世相と重ねながら探った好著。


  2018年1月9日 (火)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第7試合

  1. 占いの本 (高島暦)

 北大通店の めくりめくられ: 金子 遊 『ドキュメンタリー映画術』 (論創社) を読みはじめる。
 10人のドキュメンタリー映画の作り手へのインタビューとドキュメンタリー論の2部構成。 著者は、昨年手にとり蒙を啓かれた 『国境を超える現代ヨーロッパ映画250 移民・辺境・マイノリティ』 (河出書房新社) の編者のひとりである。

 のっけから岩波映画時代を振り返る羽仁進へのインタビューに引きこまれる。
 『教室の子供たち 学習指導への道』 をつくったときは、 子どもたちの自然な振る舞いを収めるため東京の下町の小学校へひと月くらい通いたいと主張し、 前例がないと突っぱねる文部省の担当者と大いに揉めた。

 理解者が現れて撮影できるようになってからも節を曲げない。 大人のいうことをよく聞く子役の起用、覗き穴を使った隠し撮りの提案、そのどちらも断り、 目論見どおり堂々と教室の中にアリフレックスのカメラを据えつけてみせた。 というのも彼には勝算があったからだ。

 「下町の子どもたちにとって、映画といえばチャンバラ劇や、歌手が出てきて歌う歌謡ものの イメージだったんでしょうが、僕の現場ではまったくそんなことは起きない (笑)。 子どもたちは三〇分くらいで撮影隊への興味を失」 い、 おかげで自然体の子どもたちを撮影できるようになったという。

 これが1954年の話。 ケン・ローチの 『ケス』 やキアロスタミの諸作などのはるかな先達のような演出法である。
 後につづく挿話もにんまりとさせられる。

 「小学校二年生の教室に、撮影のため通っているうちに、 僕のまわりに子どもたちが集まって、こういうようになりました。 「おじさんたちは映画を撮っているというけど、そんなことないじゃない。 おじさんたちはバカな人たちなんだ」 と。
 どういうことかというと、普通の大人は毎日働いているのに、 おじさんたちはバカだから働ける場所がない。 それで、もう一度小学校から勉強しなおそうとしているが、いくら何でもそれは恥ずかしい。 そこで撮影するふりをして、小学校に通っているのではないかというんですね (笑)


 「撮影するふりをして」 だって! 子どもの発想はおもしろいなァ。 そういえば、今期の 「冬休み 子ども科学電話相談」 も愉しませてもらいました。

 本書の序文には、デジタルビデオカメラの高性能化とパソコンによる簡便な編集実現のおかげで 低予算ドキュメンタリー製作に道がひらかれた一例として、 平取アイヌ文化保存会の活動が紹介されている。

 「これまでの民俗映像と変わらないようだが、 重要なのはその多くをアイヌの人たちが自らの手で記録したことだ。 撮影と編集に映像の専門家が関わっているが、 ネイティブの人たちが民族誌映像の被写体の地位から抜け出して、 コミュニティ再生の方途として映像制作を使うようになったことの意義は大きい

 1打数0安打。打率 2割2分2厘2毛。


  2018年1月8日 (月)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第6試合

  1. 野鳥図鑑
  2. 鈴村和成 『微分せよ、秒速で』
  3. 釧路の地図 (林道マップ)

 前の晩に作った書類が不出来でやり直し。
 3打数0安打。打率 2割3分5厘2毛。

 北大通店の めくりめくられ: 近藤聡乃の 『A子さんの恋人』 (ビームコミックス) がいかに素晴らしいか、 帰省中の生徒会長氏と意気投合す。 同志よ!
 とりわけ2巻巻末におかれた女子会もどきの抱腹絶倒なことといったら (悶絶)。


  2018年1月7日 (日)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第5試合

  1. 日めくり

 市内の地区図書館をはしごしてから店を開ける。

 札幌に進学した音楽少年が久々に顔を出してくれる。 この日行われた成人式に出席するため帰省したという。
 音楽家の大友 (良英) さんがディレクターの 札幌国際芸術祭 には行ったのかいと尋ねたら、「僕、イベントのひとつに自分の曲を提供したんですよ」 と返ってきた。

 高校時代よく通ってくれた気安さから仮に音楽少年と記してみたが、 これからはひとりの音楽家として扱わなきゃ失礼だな。
 1打数0安打。打率 2割8分5厘7毛。

  2018年1月6日 (土)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第4試合

  1. Chinese Book
  2. ボールペン
  3. 『自然の終焉』
  4. リンドバーグ夫人 『海からの贈り物』
  5. 『野生のうたが聞こえる』
  6. 高橋和巳 『邪宗門』

 寒いときは窓拭きで身体を動かすに限るな。

 3、5が売れる。
 閉店後、そこここに溢れていたポケミスを1ヶ所にまとめる。
 6打数2安打。打率 3割0分7厘6毛。


  2018年1月5日 (金)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第3試合

  1. 合気道の本
  2. 『レ・ミゼラブル』

 午後、短時間店を閉めて某所に書類を受け取りに行く。

 2階の喫茶ラルゴの営業がはじまる。 まずはドリンクのみ。 次週火曜日から通常営業にもどる。
 2打数0安打。打率 2割8分5厘7毛。


  2018年1月4日 (木)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第2試合

  1. 講談社の 『続日本後紀』 の全現代語訳
  2. 井上さん、関さん、土田さん、青木さんが編集した 『日本思想大系 律令』

 泥縄式に年賀状書き。
 2打数0安打。打率 4割。

 北大通店の めくりめくられ: 年始の休みに読んだ本では、津原泰水の 『エスカルゴ兄弟』 (KADOKAWA) にもっとも心を奪われた。

 作家が持てる技量のすべてを注ぎこんだかのような贅を凝らした老練な読み物。 料理が主題の小説だからいうけれど、どの具材にも旨みがたっぷりと染みこんでいる (たとえばタクシーの運転手が再登場するくだりにはビリー・ワイルダー成分)。 なのに書きぶりは若々しくどこまでも軽みを保つ。
 文庫化で 『歌うエスカルゴ』 と改題されたが、 読み終えるとやはり 『エスカルゴ兄弟』 の方が看板にふさわしい。 とまれ、1年のはじまりに本書に出会えた幸せを噛みしめる。

 他には旧年中に読みきれなかった本をいくつか片付けた。


  2018年1月3日 (水)
 北大通店 本日の在庫お問い合わせ 第1試合

  1. 森巣 博 『無境界家族』
  2. 日めくり
  3. マンガ

 あけましておめでとうございます。 本年も豊文堂書店のサイトをどうぞよろしくお願いいたします。

 2018年最初のお仕事は、本店と北大通店の店まわりの軽い雪かき。

 1のリクエストにピンときてお客さんに尋ねてみたら、案の定NHKラジオ第一の 『すっぴん!』 年末の放送を聴いていらした。 高橋源一郎の 「源ちゃんのゲンダイ国語」 のコーナーで同書が取り上げられていたのだ。 それ、儂も聴いていたんですよ。

 東南アジアからの旅行者にジャンプ・コミックス版の 『シティーハンター』 が売れる。 ジャッキー・チェンが冴羽リョウに扮した実写映画を見たのは、もう25年も昔のことか……。 札幌日劇の2本立てで 『ラスト・オブ・モヒカン』 の添え物だった。
 3打数2安打。打率 6割6分6厘6毛。

 小田光雄氏の 「出版状況クロニクル」 が更新されている。
 「雑誌をベースとして構築された再販委託制による出版流通システムは、 崩壊どころか、解体の渦中へと向かっていきつつある」 (K)
12月第四週のレトロスペース坂会館 検索の小部屋
札幌の岩村誠二さん撮影。レトロスペース坂会館にて。(クリックすると 拡大します)
Google
WWW を検索
http://houbundou.com/ を検索
音楽コラム 「レコードの溝」 第44回 ピンク・フロイド その26  平位公三郎・文
 平位公三郎さんの自伝的音楽コラム 「レコードの溝」 の最新回です。 今夏刊行された 『ピンク・フロイド全記録』 も執筆の役に立っています。
 アルバム 『対』 の歌詞分析の果てに響き渡る <運命の鐘>。 はたしてそれはピンク・フロイド版 <恩讐の彼方に> のドラマを祝福するのか否か。
 いよいよ次回は、ラスト・アルバム 『永遠 (TOWA )』 に突入します。

  ピンク・フロイド 『High Hopes/運命の鐘』 (You Tube より)

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 レコードの溝  第44回 『原子心母』 から 『永遠 (TOWA )』 へ
  〜ピンク・フロイド (その26・『対 (TSUI )』 後編 その2)

                               「大阪のガス人間」 こと 平位公三郎 ・ 文


 まさか、1994年に買ってそのまま20数年間放っておいたアルバムが、 こんなに価値のある内容だとは思いもしませんでした。 (この言い方はフロイドにはとても失礼かと思いますけれどね。)
 でも、時を経て (自分にとって) とても価値があることに気付く作品はありますよね。 それは、時の流れが自分を変えた (成長とは言いませんよ) のかもしれませんね。 作品自体はそのまんまですからね。

 例えば、少し前に豊文堂北大通店長 Kさんとナスターシャ・キンスキーの映画 『パリ、テキサス』 でずい分盛り上がりまして、メールのやり取りをしました。 この作品は1984年のヴィム・ヴェンダース監督のロードムービーで出世作ですね。

 で、当時は評判を聞いてレンタルビデオで観ましたが、やたらに長くてお目当てのキンスキーは出て来ないしで、 「なんじゃ、こりゃあ!」 と叫んだものです。 (前半のホームムービーの場面には少し登場してましたが…)
 記憶に残っているのは、冒頭の砂漠をさ迷い歩くおじさんのシーンとラストシーンだけでした。 キンスキーはどこだ? 金返せ!

 そして、それ以来2016年4月14日、あの熊本地震の日BSで放映されたのを DVDに録画して30数年振りに観ると、なんと素晴らしい作品ではないですか! (当夜は21時26分熊本地震で、冒頭の途中から緊急ニュースに切り替わり、 別の日に放映されたのを再録画したから記憶に残っているのです。 〜地震で被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。)

 映画のテーマは、アイデンティティの不在とコミュニケーション不足の問題提起かな?と、 これも当時に買って聴いてなかったライ・クーダーのサントラ盤を引っ張り出して来て聴きましたよ。
 これも、60歳越えると味わえる醍醐味かもしれませんね。 (たまには後ろを振り返るものです。)

  ★

 と、いうことでここから流れが変わる第二部です。
 第一部の穏やかさから少し内容が厳しくなります。

 5曲目 「壁が崩壊した日」 は、どうしても 『ザ・ウォール』 を思い起こさせるが、 原題は 「ア・グレート・デイ・フォー・フリーダム」 で、「自由にとっての素晴らしい日」 となるのだろうか? 壁が崩壊した喜びよりも、戦争が終結した喜びや独裁からの解放の喜びに聴こえる。

 「壁が崩壊した日/人々は錠を外して地面に投げ捨てた/ 僕たちは杯を高く掲げ 自由の到来を声の限りに叫び合った」 と歌うが、如何せんありきたりの表現だ。
 それよりも、壁や国境を男女関係に喩えているような感じがする。 これも共作者のサムソンの影響かな? 因みにサムソンは小説家です。

 思うに、あの 『ザ・ウォール』 は、あまりにもウォーターズの <個人的ストーリー> 過ぎて、 他の誰も立ち入る隙がなかった。 ギルモアさえも弾かれてしまった。 その事への返答とも受け取れるのだが、ギルモアらしく鋭さではなくて叙情的に謳い上げる。

 しかし、私としては次の6曲目ライト作曲で作詞は他の人だが 「ウェアリング・ジ・インサイド・アウト」 が問題作だと思う。 <ウェアリング> は、「疲れさせる」 で <インサイド・アウト> は 「引っくり返して」 だから、 「引っくり返して、疲れさせる」 という意味で、 つまりはライトがウォーターズに滅茶苦茶にされたことを歌っているのだ。 つまり <うらみごと> ですね。

 そりゃあ、オリジナルメンバーであるのに、ウォーターズに酷い扱いをされ解雇されたりしたライトには、 はらわたが煮え繰り返るくらいの恨みがあるでしょう。 そんなライトの長年の気持ちが、ゆったりしたリズムと穏やかな歌声で綿々と流れて来るが内容は強烈で辛辣だ。 気だるいサックスも効果的だし、間奏のオルガンがとてもライトらしいのだ。

 「朝から晩まで僕はこの身を隠していた/知らなかった まさか自分が/ 生きることさえ苦しくなろうとは 僕は生き続けることさえ難しい/すっかり…擦り減って」 と始まり延々と <うらみごと> が続き、自分の内面の想いに呼応してウォーターズへの怒りが流れる。
 「やつは街角に消えて行ったが/まだスクリーンの映像は続いている」 は、映画 『ザ・ウォール』 のことだろう。

 そして、「僕は這いつくばって生命を取り戻そうとする/僕の神経組織はすべて歪み/何もかもが混乱している」 と苦しむのだ。 訳者は 「アイム・ウェアリング・ジ・インサイド・アウト」 を 「何もかもが混乱している」 と和訳している。

 苦しんだ挙げ句、やがて「やつを見てみろ/あんなに顔色が悪くなって/それでもこっちに向かってる/ もうすぐ窒息しそうだ」 とウォーターズを攻撃するのだ。
 そして自分は、「言葉を得て 僕は見えるようになった/僕を覆っていた厚い雲の向こう側にはっきりと/ 少し時間をくれ そうすれば僕は名前を言うから/僕たちは再び自分の声が聞こえるようになったんだ」 と再生/復活するのだ。

 ウォーターズに対しては、まだしつこく攻撃する。
 「彼は戸口に立っている/凄まじい怒りに包まれて/(中略)……彼はバラバラに引き裂かれたが/ まだスクリーンの映像は続いてる/フレームが壊れるのを待ちながら」 で終わる。
 作詞は、ライトではなくても彼の思惑や想いがかなり入っているのは明らかだ。

 ライトもこの作品で少しは気が晴れたのかな?と思ったし、もっと気になるのは、 2008年に65歳でガンで亡くなったライトとウォーターズが果たして和解したのか?ということだ。
 『ピンク・フロイド全記録』 によると、『ザ・ウォール』 の時期がライトとウォーターズの関係が最悪で、 ギルモアは3曲でこの作品に貢献しているが、ライトは全く貢献していないにも関わらず4分の1クレジットされると 思っていることに怒ったということもあるようだ。

 つまりは、ライトが自分にも著作権があると思い込んでいることに対して ウォーターズが怒り解雇にまで至ったということですね。 それはそうかもね。 当時ライトは離婚の痛手もあり、働か (け?) なかったようだ。 ギルモアもライトには作品に貢献していない不満を伝えている。

 この時期、フロイドは任せていた財務顧問会社が投資の失敗などで潰れ、 その上巨額の所得税の請求にも直面していたから、経済的にも苦しかったのだ。 ウォーターズはバンドの窮地を救うために 『ザ・ウォール』 プロジェクトを立ち上げた経緯もある。
 〜〜初めて 『全記録』 が役に立った! ハハハ〜〜。 (第二部は 『ザ・ウォール』 つながりの 『ザ・ウォール』 の影引き摺りですね。)

 だから、夫婦喧嘩みたいにどちらにも言い分があるでしょうね。 ウォーターズの苛立ちも今は分かる気がするよ、ライトさん。(ご苦労様でした、安らかにお眠りください。)

  ★

 7、8、9曲目は第三部と考えました。
 7曲目は、「テイク・イット・バック」 で環境問題を扱った楽曲らしいのですが、 (以前にも書いたかもしれませんが、ずっと2015年発行の河出書房新社 『ピンク・フロイド 増補新版』 を参考にしています。) 歌詞は、ギルモアとサムソンとあと1人の3人でした。
 「極 (きわみ)」 と同じメンバーで作っているのですが、短い歌詞の割には内容が複雑なのですよ。 この3人で苦労したように思います。 だから、解釈するのも苦労しますね。

 アップテンポで、爽快なこの曲は、「涼しい風のように心地良く 彼女の愛が僕に降りかかる/ 海の波のように彼女の呼吸が聞こえてくる」とラヴソングのように始まるが、次から様子が変わる。
 「怒りと欲望に燃えながら 僕は彼女のすべてについて考えていた/ 僕たちは暗闇に引きずりこまれ 地球が燃えていた」 といきなり 「地球が燃えていた」 と続くのに戸惑ってしまった。 そして、「彼女は自分を取り戻すこともできたんだ いつかそうするのかもしれない」 と続く。
 このフレーズは少し形を変えて後で繰り返される。 「テイク・イット・バック (取り戻す)」 ですね。

 「彼女」 が地球を表しているのは理解できても、どうしても彼女=ポリー・サムソンのイメージが強い、 いや強すぎるのです。
 歌詞作りが苦手なギルモアは、ずい分前にウォーターズに助けを求めて拒絶!された経験をもっているので、 サムソンの助けがとても嬉しくて彼女に任せた部分が多いのではないか?と推測するのですよ。 だから、「彼女」 の登場回数が多い!

 第2節では、「僕は彼女を見張り 嘘をつき 無理な約束を平気でした/ やがて彼女の笑い声が聞こえてきた まるで深い場所から沸き起こるように/ 僕は彼女に僕への愛を証明させる 手に入る物ならすべて僕は欲しいから/ 彼女がつぶれてしまうのか確かめたくて限界まで追い詰める」 と、まるで環境破壊の資源開発みたいに思える。

 第3節では、「警告の呼び声が四方から上がるのを僕は聞く/ だが無視するのはたやすいこと 僕の努力など誰も知らないのだから/ 誘惑が僕の信仰を嘘に変えたんだ/迫り来る危険さえまるで僕には見えない 聞こえない」 と、環境破壊を止められない諦め?と読めるが、 「彼女は自分を取り戻せる いつか元通りにするだろう」 と繰り返される。

 どうにも環境問題に思えなくて苦労するなぁ〜。 もしかしたら、環境問題を男女関係に喩えたくて失敗したのではないか?とさえ考えました。 解釈に疲れた作品です。

 それに比べて、次の8曲目の 「転生」 は分かりやすい。
 これは作詞作曲ともギルモアで、 前半はギルモアの先妻への怨み言で後半はサムソンへの想いが軽やかなギターメロディで突き抜ける。 ギルモアのサムソンへの熱い想いには、ちょっと嫉妬する。 調べると、サムソンさんは美人ですね。
 原題は、「カミング・バック・トゥ・ライフ」 で、「本来の生き方」 という意味。

 まず、「僕が焼かれ倒れた時 君はどこにいたんだ/ 人生が無為に過ぎて行く様を 僕は窓から眺めていたのに」 と、先妻をなじる。 そして、第2節になると軽やかにドラマが入る。
 「危険だが抗うことのできない気晴らしに耽っている間に/僕は僕たちの静寂に至福を感じた」とは、 不倫のことか? 最後は、「そして真っ直ぐに…輝く太陽へと向かって行った」 とさ。 ハッピーエンドですね。
 因みに、ギルモアとサムソンは再婚同士ですので、不倫状態があったのかもしれません。

  ★

 9曲目は、ホーキング博士の合成音声を入れた 「キープ・トーキング」 で、 これとラストの 「運命の鐘」 は20年後の 『永遠 (TOWA ) 』 と直接つながっている。
 「キープ・トーキング」 は、ホーキング博士の 「数百万年の間 人類は他の獣と変わる所無く生きてきた/ その想像力を解き放つ出来事が起きるまでは/ある時 人は話すことを覚えたのだ」 で始まる。 タイトルのまま、内容は話し続けることの重要性を述べている。 実にシンプルなメッセージである。
 「今のままである必要などない/我々に必要なのは ただ話し続けることだ」 ということですね。

 そうですね。 言葉をもち、言葉を操り飾り嘘もつくけれど、自分の気持ちを伝える手段をもっているのは人類だけなんですが、 その言葉の使い方がひどくなってると痛感するのは私だけではないと思いますし、 民主主義の基本は話し合いだけれども、その話し合いを避けてる権力者を見るにつけ、 人類の退化?を感じてしまう。
 つまり、人類の <幼児化> が始まってるのではないでしょうかね。 (赤ちゃんは自分のことしか考え <られ> ない。 それは生存本能なのですが、彼ら権力者たちも自分のことしか考えられないのです。)

 それと、話すと聞くは <対> なのです。 ヘイトスピーチなんかは、聞く耳をもたない!ということですよね。 それはルール違反ではないでしょうか? あれは抗議ではありません、一方的な攻撃ですね。 イヤイヤ言ってる幼児と同じです。 子どもはアナーキーですからね。
 この曲は、シンプルなメッセージであるだけに、心に響いて来ますね。

 第三部は、7、8曲目はポリー・サムソンの影響が強くて9曲目はライトとギルモアが作曲をしている。 穏やかな流れを感じます。

  ★

 さて、最後の第四部の2曲ですが、10曲目の 「ロスト・フォー・ワーズ」 は 「言葉を失う」 という意味の、 ギルモアからウォーターズに対する辛辣で強烈なメッセージです。
 そして、11曲目ラストの 「運命の鐘」 は感動的な作品ですね。

 「ロスト・フォー・ワーズ」 は、不穏な雰囲気で足音のSEから始まりドアが乱暴にバタンと閉まる。 これは、聞く耳をもたない!というギルモアのメッセージか? それとも、「そこへ座って、俺の話を聞け!」 かな?
 曲調はアコースティック・ギターで軽やかなフォークロックですね。 でも、ライトの楽曲同様に歌詞の内容は辛辣です。 しかし、「言葉を失う」 という割には饒舌ですね。 (皮肉ですよ。)

 歌詞は、ギルモアとサムソンの共作で、5節から出来ていて、 ギルモアとウォーターズの気持ちや状況が交互に歌われる。
 まず、「僕はただふさぎ込んで暮らしていた/憎しみの泥沼に浸かっていた/ 自分が虐げられ麻痺したような気がしていた」 とは、まるっきりライトと同じだ!

 そして、第2節でウォーターズの様子が歌われる。
 「敵に立ち向かい、無為な時を過ごすうちに/お前は憎しみという熱に浮かされ/ 夜の闇が訪れるように/狭い視野の外側で 現実は音も無く崩れた」 とは アルバム 『ファイナル・カット』 のことか? 確かに、あのアルバムは敵に立ち向かっていた。

 そして、第四節では、「お前の人生を照らしているのが暗闇だということが分からないのか/ お前が拳を床に叩きつけているという話は本当なのか (ここが最も強烈だ!〜私の感想です。)/ 孤独な世界に閉じ込められ/厚いツタだけがその扉を覆っていく」。
 どうです、強烈でしょう? 最後の第5節では、ギルモアは和解を持ち掛けるんですけれど拒絶されるんですね。
 因みに、ブックレットには古びたボクシンググローブが歌詞の横に写っています。

 「そこで僕は敵に扉を開放し/すべてを水に流そうと持ちかける/ だがやつらの答えは/「ふざけるな/お前のいいようにはさせないからな」」 で、終わりです。 これでは仲直りできないよなぁ〜。
 これが、1994年のギルモアとライトのウォーターズに対する感情なのですが、メイスンは少し違うのですね。 それが、後の2005年の4人の再会のステージにつながるのですよ。 良かった良かった! ライトとウォーターズも和解したと思いましょう、ライトが亡くなる前に。

  ★

 そして、いよいよ最後の大曲 (という雰囲気なのですよ)、「運命の鐘」 です。 でも、原題は 「ハイ・ホープス (大きな望み)」 なのですよ。
 これは、前の曲がフェイドアウトしながら続きでイントロに入って来る。 遠くで鳴る鐘の音で始まり蜂の羽音が入る。 そして、印象的なピアノのメロディから歌に入るが、何だか重苦しいというか荘厳な空気が広がる。

 それは、行ったことはないが、アイルランドの荒野を歩いているような感じだ。 歌詞も、W・B・イェイツみたいに神秘的で夢幻泡影。 ギルモアの幼少期の思い出を綴った内省的な曲らしいが、象徴詩みたいだ。 (象徴詩の説明はご勘弁を。私もよく分かっておりませんからね。ニュアンスです。)

 「若い頃 俺たちは地平線の向こうに住んでいた/俺たちを魅きつけてやまぬ奇跡の世界で/ 自由気ままに思いを巡らせていた/だがその時に 俺たちを引き裂く運命の鐘が鳴り始めた」 から始まる。
 「運命の鐘」 とは何か? 成長を意味するのか? いや、<大きな望み> とは何か?

 この曲は、ここまでの楽曲の、相手をなじるような文言との大きな差異に戸惑うのと同時に、 1994年までにギルモアが個人で作詞した作品で故郷を表現したもの、 例えば 『ウマグマ』 の 「ナロウ・ウェイ」 や 『原子心母』 の 「デブでよろよろの太陽」 に比べて 格段に文学的なのに驚くのですよ。
 それはもちろんサムソンの力だと思いますけどね。 (ポリー・サムソンの力恐るべし!ただ彼女が参加することでチーム内に問題も生じたようだ。 どんな問題かは分かりませんけどね。…)

 例えば、地平線の向こうの 「奇跡の世界」 を子ども時代のユートピアや <妄想の世界> とすると、 やがて大人に成るための合図の鐘が鳴る。 それは、学校生活かもしれないし家庭の問題かもしれない。 とにかくそのままでは居られなくなるのだ。
 そして、「“長い道” の “土手” の下/残された者たちは今でも “切り通し” で会っているのだろうか」 とは、故郷の思い出のことか?

 「薄汚れた一団が俺たちの足跡を追っていた/時が夢を奪い去ってしまわないよう 俺たちは走った/ 俺たちに足枷をはめ土地に縛りつけて/緩やかに腐って行くだけの人生を押しつけようとする/ 無数の小さな生き物から逃れ」 と続く。
 <薄汚れた一団> とか <無数の小さな生き物> とは、田舎の慣習とか風習かな? それとも、田舎の噂か? 確かにこれらに縛られ自由気ままな生活は田舎では難しい。
 でも、「草原の緑は濃く/光は輝いていた/友人たちに囲まれ/夜は不思議に満ちていた」 のですよ。

 そして、「渡った橋を焼き払い その残り火がはじける向こうに/かつては緑が茂っていた場所の姿を垣間見た/ 少しは歩いて近づいてみたのだけれど 夢遊病者のようにいつしか逆戻りしていた/ 得体の知れない内なる力に引きずられて」 と続く。
 ここは、自分の子ども時代に戻ろうとするが果たせない様子を表しているように思う。 だって 「渡った橋を焼き払う」 と、もう戻れないではないか。…

 「旗が翻っていない山に登り/夢でしかあり得ないような 目も眩む高地まで俺たちはやって来た」 とは、 フロイドのことか? 誰も作ったことのないサウンドを作り、大きな成功を得たことを言ってるのだろうか?
 でも、 「人の欲望と野望に妨げられ/満たされることのない飢えが今も続いている/ 俺たちの疲れた目は今でも地平線のあたりを追い求める/もう何度もこの道を降りてみたというのに」 ――「満たされることのない飢え」 とは何か? 「大きな望み」 が達成されるとその飢えは消えるのか? それは、<ピュアな世界> のことか?

 フロイドのように、ロックの世界で大きな成功を得てもまだ満たされない <もの> があるというのだろうか? その <もの> とはもちろん物質的なものではないだろう。 ジョージ・ハリスンが求めた、インドの精神文化のようなものかも知れない。

 そして、「草原の緑は濃く/光は輝いていた/口にする物は甘く/夜は不思議に満ちていた/ 友人たちに囲まれ/朝もやが立ちこめていた/水は流れた/どこまでも続く川を/いつまでもいつまでも」 ――この 「どこまでも続く川」 が、「エンドレス・リバー」 (『永遠 (TOWA ) 』) の原題となるのだ。 スコットランドの湖沼の風景を思い浮かべる。

 この、「運命の鐘」 は謎と余韻を残して終わる。 ――(おまけに、曲が終わってしばらくしてからギルモアが子どもに電話して切られる音声が入っている。) ――この謎と余韻が、如何にもイギリスらしいのだ。 霧の中に消えてゆく感じかな?

  ★

 しかし、このアルバムは凄い内容ですねぇ〜。
 「うらみごと」 関係が5曲あるが、前を向いている曲も3曲ある。 インスト曲が2曲。 そして、それらの総てを 「運命の鐘」 が包んでいるのですよ。
 これで、ギルモアとライトはウォーターズとのいさかいにけりをつけたと思います。 この <いさかい> の意味は、相手とのことではなく自分の中の <こだわり> とのたたかいですね。

 つまり、ギルモア・ライト・メイスンの3人は、 「ディヴィジョン・ベル」=判決の鐘を鳴らしてフロイドにもけりをつけたのです。

 と、いうことで見事な?落ちがつきましたね。 (これで、1994年のライヴビデオでのギルモアの自信に溢れた姿の裏付けが取れて納得しました。)
 この作品の20年後に発表された 『永遠 (TOWA ) 』 は、 この作品の <残り香> であり <おみやげ> でしたね。 残り香に本体は無く、おみやげは期待外れが多いのですよ。

 では、これで 『対 (TSUI ) 』 を終わります。

                              (その27につづく)



                                  (2017年12月5日掲載)

                               これまでの 「レコードの溝」は こちら です。
常連さんのリレー連載 「本を繋げて」 第41回 特別編  福田光夫 「泉川駅史稿」 (先行公開版)
 豊文堂書店の常連さんが書き手にまわる 「本を繋げて」 という連載コラムを設けました。
 本に魅入られ、ときに格闘しながら、歩みをともにしてきた方々が、とっておきの話を持ち寄ってくださいます。 いずれも広い意味での 「発見」 にまつわる物語になるでしょう。
 本を繋げて人を繋いで、読書の愉しみ、探書の悦びが少しでも身近になりますように。

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 「本を繋げて」 の特別編として、根室市在住の福田光夫さんによる 「泉川駅史考」 (先行公開版) を掲載いたします。

 北海道東部のとある駅と町のかかわりを見つめた貴重な論考であるのは勿論のこと、 福田さんの少年期の幸福な思い出と結びついた、これだけは書き残しておきたいという使命のようなものがお分かりいただけるかと思います。
 また、本編がこの時期に発表される背景には、 JR北海道が北海道新幹線開通の裏で進める赤字路線の廃止検討策への懸念も見てとれるでしょう (福田さんは3月下旬に廃止される花咲駅の駅史を現在編纂中とのこと。 追記: 『花咲駅史 1921.8.5-2016.3.25』 は2016年10月初旬に刊行されました)。

 今回発表分は先行公開版だということですが、追加情報を加えた完全版の執筆も構想しておられます。
 長文のため、中盤以降は別ページにリンクを貼ってお読みいただけるようにしました。 画像はクリックすると拡大できます。 ぜひ最後までお付き合いください。



 第41回 特別編 「泉川駅史稿 (先行公開版 2015.1.6 現在)
                                              福田光夫 ・ 文


  ■はじめに

 平成元 (1989) 年4月29日、根釧台地の発展を支えてきた標津線が廃止された。 人々の夢や希望、あるいは絶望を運び続けた標津線の全貌は、個々の記憶や映像類、 同年に発行された 「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 等をもって、今も語り継がれてきている。
 そんな標津線の駅のひとつに 「泉川駅」 がある。 正真正銘、本物の僻地にあった駅である。 この駅に愛着を感じている人たちは、当時、住んでいた人たちか、秘境駅として訪れたことのある特定の鉄道マニアしかいないだろう。

平成元年4月29日の泉川駅。(クリックすると 拡大します)

 「泉川駅」 のあった市街地は戦後、急速に発展し、急速に萎んでいった特異な歴史を持つ。 今は、市街地部分は消失し、点在する酪農家が泉川を支えている。
 まだ市街地が少し残っていた昭和40年代に、父親の転勤の都合で、 小学校2年から6年生までの5年間、駅の近くに住んでいた者が駅史をまとめてみた。

 私は、昭和49 (1974) 年3月に廃校となった泉川小学校、最後の卒業生8人のなかの一人であったことを先に書いておく。
 泉川小学校の校歌は 「根室広野の樹木 (きぎ) あおく…」 で始まる。
 「泉川駅」 とは、そんな場所に、ポツリと出現し、ひっそり消えていった。 戦後70年のなかで辿った 寂しい駅の物語である。


  ■標津線の全線開通

 「泉川駅」 を語る前に、標津線全体のことを簡単に解説する。
 標津線は 「標茶駅」 と 「根室標津駅」 を結ぶ横の線 (69.4km 全線開通前は標茶-中標津間を標茶線と呼称) と、 「中標津駅」 と 「厚床駅」 を結ぶ縦の線 (47.5km) がT字状になっていた。 根釧台地に入植した人々の動脈路として、生活や産業を支えてきた。

「中標津西別間鉄道開通記念ゑはがき」袋の表紙。(クリックすると 拡大します)

 昭和9 (1934) 年10月発行の祝標津線開通記念 「新根室41号」 によると、 大正10 (1921) 年に根室本線が根室駅まで開通するや、直ちに本格的な標津線の建設運動が始まった。 翌大正11 (1922) 年4月法律第37号鉄道敷設法中に 「根室厚床附近より標津を経て北見国斜里に至る鉄道」、 即ち根室原野縦断鉄道が予定されるに至った。

 最初に開通したのが、「厚床駅」 と 「西別駅」 間で、昭和8 (1933) 年12月1日に開通した。 次いで 「西別駅」 と 「中標津駅」 間が、昭和9 (1934) 年10月1日に開通し、縦の線ができた。 もともとは、「厚床駅」 から 「根室標津駅」 までが標津線の名称だった。 「標茶駅」 と 「中標津駅」 間の路線は、後で追加され、奥地の拓殖事業の推進に対応したものだった。
 次に 「標茶駅」 と 「計根別駅」 間が昭和11 (1936) 年10月29日に開通し、 「根室標津駅」 までの全線開通は、昭和12 (1937) 年10月30日のことだった。

 当時の標津村が発行した 「中標津西別間鉄道開通記念ゑはがき」 が手元にあるので、 袋の表紙と、封入されていた4枚の絵葉書を掲載した。 袋の表紙にある地図を見ると、標茶−標津間が開通していない。 標津線と関係のない写真もあるが、中標津地域の 「ご自慢」 が何であったのか、分かるので掲載した。 なお、鉄道マニアにとってバイブルの 「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 には、いずれも未収録の資料である。

中標津駅。(クリックすると 拡大します) 標津市街全景。(クリックすると 拡大します) 養老牛温泉。(クリックすると 拡大します) 農事試験場根室支場。(クリックすると 拡大します)

 全線が開通した際には、鉄道省北海道建設事務所が 「標津線標茶線全通記念絵葉書」 を発行している。 袋の裏面が建設要覧になっており、線路平面図1葉や絵葉書4枚が封入されていた。 こちらは 「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 にも白黒写真で掲載されているが、ここでは、袋の両面と絵葉書4枚を掲載した。

「標津線標茶線全通記念絵葉書」袋の表面。(クリックすると 拡大します)

 袋の表側の絵は、国後島に向かっていくようなSLの後ろ姿が旅愁を誘う。 まさか、その8年後、ソ連に不法占拠されてしまうとは、誰も予想はしていなかっただろう。 今見ると、何か苦難を暗示しているかのような図柄だ。 裏の建設要覧は、標津線の建設事情を知るための第1級資料である。

「標津線標茶線全通記念絵葉書」袋の裏面・建設要覧。(クリックすると 拡大します)

 (建設要覧は、標津線と標茶線に分かれている。なぜ、標津線に統一されたのか調査中)

 なお、私の手元にあるのは、線路平面図が欠落している。 地図を見たい方は、「彩雲鉄道 標津線56年の歩み」 を参照願いたい。 その代わり、この駅史のおまけとして、バイブルの方には未収録の 「尾岱沼の蝦取船」 絵葉書を掲載した。 「尾袋沼」 と誤植がある。 直接、標津線とは関係ないので、掲載しなかったのだろう。

根室標津停車場。(クリックすると 拡大します) 標津線第二標津川橋梁。(クリックすると 拡大します) 標茶線十六粁附近直線路。(クリックすると 拡大します) 尾岱沼の蝦取船。(クリックすると 拡大します)

  ■泉川の地域史と駅の誕生

 別海町と厚岸町及び標茶町の境界線近くあった 「泉川駅」 は、「標茶駅」 の東隣の駅となるが、 間には 「多和乗降場」 (標茶駅から2.6km) があった。 「泉川」 の東隣の駅は、昭和42 (1967) 年4月1日に、地域の請願によって開設された 「光進駅」 で、終始、駅員無配置だった駅である。
 「泉川駅」 は、標津線の全線開通から7年後の昭和19 (1944) 年5月1日、 まずは仮信号所として開設され、同27 (1952) 年3月25日、一般駅に昇格した。

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                                            (2016年2月1日掲載)
随筆再録 第12回 「近未来の釧路市北大通繁盛記」 豊文堂書店 店主 豊川俊英 ・ 文
  近未来の釧路市北大通繁盛記   一古書店主の夢想
                                    豊文堂書店 店主 豊川俊英 ・ 文


 ――賑わっている。
 釧路駅から幣舞橋、それに橋向こうの南大通りの3軒をいれると、 この地区には何と25軒の古本屋が出来てさらに出店予定が4軒、 また全国チェーンの大型新古書店も進出を窺っているとの噂だった。
 北大通周辺はホテル街と古本屋街、それに従来よりの銀行・金融機関、各種公共施設、民間企業、個人商店がうまく絡み合って、 今や 「北の神田」 「北海道古本特区」 と呼ばれ、日本中より本好きを集めていた。

 JRや航空各社も競ってツアー商品を企画している。
 HACの 「函館・旭川・釧路、古本・温泉満喫の旅」、JALとANAも 「知床・釧路湿原・阿寒観光、古本探索ツアー」、 JRはお得意の3輌のSLを使って、根室―網走迄の特別列車 「SL古本号」 だ。 書棚のついた特別車輌を連結して車内販売もしております。
 来春には東京〜釧路間のフェリーも復活が決まった。 首都圏から自転車やバイク、乗用車で沢山の人が来るだろう。

 北大通商店街は確実に昔々の賑わいを取り戻しつつある。
 空き店舗に手頃になった家賃の魅力で若い人がここ7、8年の間にどんどん開業して増殖したのだ。
 古本のインターネット全盛時代は一服し、商売はやはり対面販売でという社会の変化と、 小さくても個性のある品揃えの店に再びお客さんが戻って来たのである。 オタク的な店主もいるが、その 「オタク」 を専門にしてしまったのである。

 高齢者や障害のある方にも配慮して手すりをつけ段差がなく、 店内を自由に見れる店も3軒あり各店ごとにトイレや休憩所も整備中である。 観光案内、荷物の一時預り、みやげ物販売、古本屋案内も兼ねた 「道の駅」 もあり好評である。 アジア各国からのお客様にも対応出来るようだ。

 駐車場のスペースが確保出来ない等の理由で、出店が遅れていたコンビニ業界も、今は各社が進出し競っている。 新刊書店の大手 「トーチャンゴー」 も40歳以上のお客様に的を絞った新店を現在十字街に建設中である。
 かつて中心街を運行していたあの懐かしの 「くるりん」 も 「こしょりん」 と名前を変えて元気に走っている。 現在は3台が稼動中であり、大切な足となっている。
 古本好きは地味ではあるが確実な滞在型であり1泊・2泊して地域の経済に大いに貢献してくれています。

 高速道路も整備されて出入口の阿寒は、重要な第2の古本屋地帯になろうとしている。 自然の中の樹々に囲まれた静かな地域に、主に美術関係を扱う店が数軒出来て、 一緒に進出して来た骨董店、レストランとミックスして軽井沢のような地域になってきた。 温泉もあり何といっても釧路空港に近いのが、最大の利点であるようだ。

 一方、阿寒湖畔の各ホテルもこの釧路・阿寒の動きを黙って見逃すはずはなかった。 温泉街にも古本屋が出来て、老舗のあるホテルは2つある宴会場の1つをつぶし、ホテル内にちょっとした古書店街を作った。 神田の古本屋もテナントとして頑張っている。

 都心部の栄町にはさらに古書会館が出来て、内外から業者が集まり週に2日はセリ・交換会が行われている。 会館の2、3階は釧公大、釧教大、釧路短大、釧路高専のゼミの学外教室となり、交代でうまく使って交流を深めていた。 若い人もどんどんこの北大通周辺を闊歩するようになって、街が息を吹き返してゆくのが手に取るように分かった。
 周辺では急ピッチで若者向けのアパート・マンション、そして対照的ではあるが高齢者向けのマンションも建設中である。

 ここで古本屋街の各店を紹介してみよう。
 釧路駅前には鉄道・交通専門店の 「SL釧路」、少し行くと文学・郷土誌専門の 「サビタ書房」 と 「豊文堂書店」、 1本裏通りに写真・美術専門の 「キャパ書院」、SF・コミック・サブカルチャー専門の 「ウルトラアトム」、 十字街には絶版文庫専門の 「久寿里文庫」、MOOの中には自然関係、 特に鳥類が専門の 「鶴屋書房」と、鯨や魚類専門の 「鯨書房」・・・。

 ほかの映画館も紹介しよう。 小さいながら3館あります。
 名作と古いアニメ専門の 「釧路名画座」、「北8シネマ」 は古本・中古レコード・ビデオ・CD・DVDも販売し、洋画も上映しています。 「大人の映画館」 はそのまま、昔の日活映画を中心にちょっと色っぽい映画を上映、何とかやっています。
 ――いい時代になりました。

 (「釧路新聞」 平成17年 (2005年) 11月14日 (月) 付紙面より再録。 掲載にあたり、適宜段落空けを増やし句読点などを加えています)


  <現在の執筆者より>
 「俺が書いたやつで最高ケッサクだ!!」 「SFだって言ってんのに、真に受けてどこにそんなにたくさん古本屋があるんですかって訊いてきた、そそっかしいのがいたな」



                                          (2013年11月24日掲載)

                               過去の 「随筆再録」は こちら です。
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