会期 会期日数 会場 特徴
1 1950 2/18(土) 1 大通西7丁目 雪像6基、高校生・中学生が制作、観客5万人(1971年までの観客はカウントではなく、いわゆる主催者発表数)
2 1951 1/26(金)〜27(土) 2 大通西7〜8丁目 雪像5基、藤女子高も制作に参加
3 1952 2/9(土)〜10(日) 2 大通西4丁目 主会場が西4丁目となる、宮様スキー大会とは別に独自会期となる(1〜2回目は宮様スキー大会に合わせていた)
4 1953 2/7(土)〜8(日) 2 大通西5, 7丁目 伏見高作成「昇天」は高さ15m
5 1954 1/28(木)〜31(日) 4 大通西7〜8丁目 国体スケート競技会に会期を合わせる、28日夜半から30日まで暴風雪
6 1955 2/27(日)〜28(月) 2 大通西4〜6丁目 雪像作成に自衛隊が初参加、会期は全日本スキー選手権大会に合わせ大幅に遅らせた、雪像22基、暖冬異変で雪像やせ細る、雪像制作の高校生参加はこの年が最後、観客27日だけで10万人
7 1956 2/4(土)〜5(日) 2 大通西4〜6丁目, 荒井山 雪不足で雪像が21基から14基に減らされる、大会前日は最高気温+7度に上昇
8 1957 2/2(土)〜3(日) 2 大通西3〜6丁目 大通会場拡張、前年からの自衛隊による雪戦会はこの年限りで終了、観客20万人
9 1958 2/7(金)〜9(日) 3 大通西3〜8丁目 西1丁目にテレビ塔完成している、この年は夏期に北海道大博覧会開催、雪像42基、観客30万人
10 1959 2/6(金)〜8(日) 3 大通西3〜8丁目 自衛隊大雪像が3基となり、雪氷像64基、マスコミが全国に紹介、観客55万人
11 1960 2/5(金)〜7(日) 3 大通西3〜9丁目 暖気と雨が襲来、雪像80基、道外客1万人、観客70万人
12 1961 2/3(金)〜5(日) 3 大通西1〜8丁目 本州からの団体客が訪れるようになる、白い雪が不足、前夜祭は水びたし、観客80万人
13 1962 2/2(金)〜4(日) 3 大通西1〜8丁目 大雪像2基、雪氷像81基、暖気で細部が崩れる雪像あり
14 1963 2/1(金)〜3(日) 3 大通西2〜10丁目 大雪像3基、雪氷像78基、真駒内、すすきのにも雪像作られる、観客115万人、テレビ全国放送される
15 1964 1/31(金)〜2/2(日) 3 大通西2〜10丁目 東京オリンピック開催年、札幌市議会が第11回冬季オリンピック招致決定、氷雪像79基、観客186万人
16 1965 2/5(金)〜7(日) 3 大通西2〜10丁目, 真駒内 真駒内が正式に第2会場となる、氷雪像125基(内真駒内36基)、西9丁目が市民雪像会場となる、観客大通160万人、真駒内137万人、大通〜真駒内の道路はバス・マイカーで大渋滞
17 1966 2/3(木)〜6(日) 4 大通西1〜9丁目, 真駒内 会期が4日間となり、大通西8,9丁目が市民の広場となる、北海タイムス社が14ヵ国の大使・公使を招待、氷雪像は大通66基、真駒内34基、観客346万人、雪まつり見物帰りの乗客を乗せた全日空機が羽田沖に墜落
18 1967 2/2(木)〜5(日) 4 大通西1〜10丁目, 真駒内 1972年冬季オリンピック札幌大会開催決定、氷雪像は大通50基、真駒内18基、観客376万人、2月11日が建国記念日となる
19 1968 2/1(木)〜4(日) 4 大通西1〜10丁目, 真駒内 大通会場は札幌冬季五輪、大阪万博、北海道百年、札幌市創建百年コーナーが設けられる、氷雪像は大通132基、真駒内18基、観客390万人(海外から5千人)、AP通信が世界に配信、アメリカの週刊誌も特集を組む
20 1969 1/30(木)〜2/2(日) 4 大通西1〜10丁目, 真駒内 大雪像のテーマを公募し9件が採用される、氷雪像大通147基、真駒内18基、観客401万人
21 1970 1/29(木)〜2/1(日) 4 大通西1〜10丁目, 真駒内 テーマは札幌五輪と大阪万博、1/31は63cmのドカ雪、氷雪像大通142基、真駒内18基、観客318万人(内外国人推計1万人)
22 1971 1/28(木)〜1/31(日) 4 大通西4〜10丁目, 真駒内 2月プレオリンピック開催のため日程繰り上げ、市内は競技施設・地下鉄建設でいたる所が工事中で大通2,3丁目が使えず、氷雪像大通168基、真駒内18基、テーマは「札幌オリンピックを成功させよう」、観客405万人(内外国人推計1万人)
23 1972 1/27(木)〜1/30(日) 4 大通西1〜10丁目, 真駒内, オリンピック会場 第11回冬季オリンピック開催、オリンピック会場に高さ25mの大雪像が作られる、地下鉄南北線が開通し大通〜真駒内の渋滞が解消、雪氷像大通195基、真駒内18基、オリンピック会場10基、この年から観客数は正確なカウント方式となり121万人
24 1973 2/1(木)〜5(月) 5 大通西1〜10丁目, 真駒内 会期が5日間となり日程を固定化、大雪像のアイディアを市内小中学生から公募、雪氷像大通242基、真駒内13基、市民雪像57基、吹雪のため大通会場での開会式中止で真駒内会場だけで開催、観客161万人
25 1974 2/1(金)〜5(火) 5 大通西1〜8丁目, 真駒内, 各区自主会場 オイルショックで雪輸送用の軽油が不足し雪像の芯にドラム缶などを使用、真駒内会場では自衛隊駐屯地内の雪を利用、初の国際雪像コンクールが大通西2丁目会場で開催、雪氷像大通178基、真駒内24基、観客174万人
26 1975 2/1(土)〜5(水) 5 大通西1〜10丁目, 真駒内, 各区自主会場 内地からの観光客向けの専用広場を開設、市民の広場は西8〜10丁目に拡大、毎年4月に選出していたミスさっぽろを前夜祭で「雪の女王」として選出、雪氷像大通210基、真駒内23基、観客181万人
27 1976 2/1(日)〜5(木) 5 大通西1〜10丁目, 真駒内, 各区自主会場 前年秋に香港に観光キャラバン隊を派遣し香港からの観光団が増加、雪氷像大通213基、真駒内25基、暖気で雪像の傷みが激しく会期中に8基が解体される、観客172万人
28 1977 2/1(火)〜6(日) 6 大通西1〜12丁目, 真駒内, 各区自主会場 会期が5日までだと日曜日が入らないため期間を6日に延長、会場が大通西12丁目まで延長、10年ぶりに中島リンクで氷上カーニバルが復活、この年からさっぽろモードショーが始まり北緯40度以北の8ヵ国が参加し大通会場に出演、開会式はこの年から真駒内に固定、雪氷像大通132基、真駒内25基、観客183万人
29 1978 2/1(水)〜5(日) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内, 各区自主会場 外国人観光客が5千人になり国際雪像コンクールの参加が12ヵ国となる、新潟県十日町雪まつりとの交流始まる、雪氷像大通171基、真駒内22基、観客162万人
30 1979 2/1(木)〜5(日) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内 岡本太郎に雪像デザインを依頼しご本人も来場して制作に加わる、雪氷像大通153基、真駒内22基、史上最悪の雪不足、30周年式典が真駒内アイスアリーナで開催される、観客187万人
31 1980 2/1(金)〜5(火) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内 輸送費削減の上に原油値上げで雪像制作中の暖房費カットの荒療治、雪氷像大通156基、真駒内25基、市民雪像は大通70基、真駒内13基、観客185万人
32 1981 2/4(水)〜8(日) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内 日程を「最終日が日曜」に変更、すすきの観光協会が初の「すすきのまつり」開催、雪氷像大通168基、真駒内22基、観客188万人、外国人観光客1万3千人
33 1982 2/3(水)〜7(日) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内 1万7千人と見込まれる外国人観光客向けに初の英文パフレット作成、雪氷像大通168基、真駒内22基、観客183万人、会期直前の2/1ドカ雪に続く雪模様
34 1983 2/2(水)〜6(日) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの 「すすきのまつり」が正式に第3会場の「すすきの氷の祭典」となる、雪氷像大通181基、真駒内22基、すすきの80基、50数年ぶりの雪不足、観客188万人、中島公園に期間中歩くスキーコース開設
35 1984 2/1(火)〜5(日) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの 50日間に渡って第2回雪まつり芸術劇場が開かれる、雪氷像大通180基、真駒内23基、すすきの100基、観客176万人
36 1985 2/7(木)〜11(月) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの 国際雪像コンクールに過去最高の13チームが参加、雪氷像大通178基、真駒内23基、すすきの100基、10日に小型台風並みのダブル低気圧来週し国鉄運休127本、観客185万
37 1986 2/5(水)〜9(日) 5 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの 雪氷像大通177基、真駒内26基、すすきの100基、第25回依頼の真駒内会場のシャンシャン馬車が暴走しけが人が出て翌年から中止、観客190万人
38 1987 2/5(木)〜11(水) 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの 会期が7日間となる、最終日は11日または日曜日、雪氷像大通181基、真駒内25基、すすきの100基、会期中は暖気が襲来し国際雪像コンクールのカナダの作品が全壊など、好天のため観客203万人となりカウント制になって初の200万人越え
39 1988 2/5(金)〜11(木) 7 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの 真冬日が連続し後半は雪像の雪払いに苦労、雪氷像大通164基、真駒内21基、すすきの100基、市民雪像に365チームの申込が殺到し大通81基、真駒内13基を割り当てる、観客205万人
40 1989 2/6(月)〜12(日) 7 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの 40回記念で真駒内会場を夜間解放、雪氷像大通202基、真駒内8基、すすきの100基、国際雪像コンクール参加17チーム、元号が平成となり天候の影響もあって観客196万人に留まる
41 1990 2/6(火)〜12(月) 7 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの, 中島公園 中島公園が市民参加の第4会場となり市民雪像は中島公園分46基を加えて計154基に増加、大通公園付近の露店が完全排除なる、この年から真駒内会場の会期前日の福祉解放が始まる、雪氷像大通194基、真駒内8基、すすきの100基、中島公園46基、観客211万人
42 1991 2/5(火)〜11(月) 7 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの, 中島公園 会期直前の2/1から「環太平洋観光サミット」が札幌で開催され2日に総仕上げ中の会場を視察、暖冬で雪像が一部溶けるが好天で観客236万人、雪氷像大通173基、真駒内8基、すすきの100基、中島公園80基
43 1992 2/5(水)〜11(火) 7 大通西1〜11丁目, 真駒内, すすきの, 中島公園 前年と同様2/2から「環太平洋観光サミット」が札幌で開催された、雪氷像大通177基、真駒内8基、すすきの100基、中島公園81基、観客227万人
44 1993 2/5(金)〜11(木) 7 大通西1〜12丁目, 真駒内, すすきの 市民雪像は大通会場の希望が多く観客増に寄与しないため中島公園会場が廃止となり大通西12丁目増設、雪氷像大通232基、真駒内8基、すすきの100基、吹雪の日もあったが観客205万人
45 1994 2/5(土)〜11(金) 7 大通西1〜12丁目, 真駒内, すすきの 開幕直前の3日間が大雪で4日朝は64cmの24年振りのドカ雪、国際雪像コンクールは20チームが参加、市民雪像は150基の枠に4.6倍の申込があった、雪氷像大通217基、真駒内9基、すすきの100基、真駒内最終日の花火に人出1万人、観客195万人
46 1995 2/6(月)〜12(日) 7 大通西1〜12丁目, 真駒内, すすきの 1/17に阪神淡路大震災発生し会場で義援金を募り「祝」の文字を自粛し花火を伴う「さよなら真駒内」が中止となる、雪氷像大通221基、真駒内9基、すすきの100基、国際雪像コンクールは20チームが参加、関西からのツアー客が減少したものの観客191万人